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 Lady Generation/M.V. 2 

その夜、ジムの館の広い庭で歓迎パーティが催された。
イギリス滞在時代の友人を残らず招いたパーティ。内緒にされていた花椿と天之橋は、面食らいながらもすっかり昔に戻って悪友と肩を叩き合う。

『イチがいなくなって、この娘は大変だったんだよ。“いつ帰って来るんだ”ってしばらくそれしか言わなかった…誰だか分かるかい?』

おかしそうにそう言ったジムの横に並んだのは、淡い薔薇色のドレスの女の子。
深く屈んで礼をして、はにかみながら天之橋を見つめる。

『………マリィ?マリィだね!?』

嬉しそうに頷く女の子を、彼はいきなり抱き上げた。

『マリィ!はははっ、見違えたよ。すっかり大きくなった…』
『十年ぶりですもの、もう立派なレディよ。』
『あぁ、そうか…そうだね、もう16だ。』

すとんと女の子を芝生に降ろし、腰を折りその手に口づけて笑う。

『…失礼しました、レディマリィ。ご無沙汰しております…お元気でしたか?』
『えぇ、ありがとう。イチはちっとも変わらないのね。』

くすくす笑いながら話す会話の内容は、支度に手間取って少し遅れた少女に聞こえる筈もなかった。
庭に出てすぐ彼を探した瞳に映ったのは、彼が綺麗な女性の手にキスをしている姿。
そして、そのまま抱きつくように腕の中にもたれかかる彼女を、困惑もせず軽く抱きしめて微笑む。

ここはイギリスなんだもの。親しいひとにする挨拶だから…

そう思いながらも、大理石の床から芝生に降りることが出来ない。
ヒアリングは多少出来ても、話すのはうまくできない、とか。
知らずに失礼なことを言ってしまったらどうしよう、とか。
昔の仲間ばかりが集まったパーティで、少女は一人きりだった。

「…三優?ゴメンね。ちょっと一緒に来てくれる〜?」
「…あ…花椿せんせい…」

遠巻きに様子を見ていた花椿が、それを知られないように突然を装って、明るい声で腕を引いた。
返されるのは、心からホッとしたような笑顔。

「もうねぇ、あの娘は誰だ、紹介しろ、お前のカノジョか、俺にくれ…ってウルサイのなんの!だから三優、悪いケドちょお〜っとだけあの馬鹿どもに笑ってやってくれるかしらァ?」
「えっ…えっと…」

輪の中に引っ張り込まれた少女は、横にいる花椿に励まされて一生懸命に英語で自己紹介し、ぺこりと頭を下げた。
上手く言えただろうか、と不安な内心を隠して言われた通りにニッコリ笑うと、顔を見合わせた彼らが我先にと挨拶に群がる。
両手を別々の紳士に取られ、ヒアリングも難しいくらいに次々と話しかけられて目を白黒させている彼女を、花椿が横から奪い返した。

「ハーイハイハイ!そこまでよっ、勝手に触らないでチョーダイ!…可愛い?当たり前じゃナイの!いいから気安く触らないでヨ、まったく!…嫁に?行くわけナイでしょ!?」

わらわらと名残惜しそうに集まってくる彼らを振り切って、ずんずんと歩いていく。
それに引っぱられながら、少女は小さく笑みをこぼした。

「お友達の方、ホントに“花椿先生のお友達〜”って感じですねー」
「ヤァね、アタシはまだ嫁に困ったりしてないワ。」
「ふふ、なんか雰囲気がそっくりです」

ライトアップされた噴水まで来ると、キラキラと跳ねる水に少女が歓声を上げた。
ぱしゃぱしゃと水に触れ、笑う少女に安心して、途中でテーブルから失敬してきたシャンパンのグラスを渡す。


ここにいたのか。随分探したんだよ…どこかで迷子になっているんじゃないかと思ってね。」

突然後ろから掛けられた声に、少女がびっくりしたように振り返った。
瞳に一瞬の、困惑と落胆の色。
横で見ていた花椿が額を押さえたことなど気付かず、天之橋は少女に笑いかけた。

「この娘はマリィといってね、ジムの姪なんだ。私がイギリスにいた頃は6歳だったんだよ、月日が経つのは早いね。」
『……こんにちは。MIYOU・OZAWAです、三優って呼んでくださいね。』

少女がもう何度も言った言葉を繰り返すと、マリィは天之橋の腕に手を絡ませたままニッコリと笑った。
そして、紹介する為に少女を引き寄せようとする彼の手を引いてその頬に口づけ、ぴょんと彼女の腕に飛びついた。

「え………」
『イチ、私ミユウが気に入っちゃった。すごく可愛らしいんですもの!だからイチには貸してあげないわ。…ね、私たち仲良しになれるわよねー?』
「え……あの……」
『ハハ、マリィは昔から欲しいものは自分のもの、だ。変わってないね…仕方ない、ではお姫様がたに美味しいものでも取ってこようか?』
『ケーキがいい!私が焼いたのよ、朝からがんばったの。ミユウが好きだといいんだけど。』
『承知致しました、マイレディ』
「………………。」

あちゃー…マズいわね…

放ったらかしにしていた悪友達に引きずられて行きながら、花椿は一見和やかなそれを憂いげに見つめた。


ねぇ。ミユウって、イチの何?』

二人きりになるのを待ちかまえていたように、突然マリィが呟いた。
彼と一緒にいた先程とは明らかに違う声音。
一瞬、何を言っているのか分からなくて、答えに迷う。

『はるばるニッポンから、何をしにイチにくっついて来たの?』

その問いかけに、口唇を噛む。
“一緒に行こう”と言われたけど。
“君と行きたい”と言ってくれた、けれど。
どう考えても、自分が一緒に来てよかったようには思えない。
むしろ居ない方が、彼も気兼ねなく友達と旧交を暖められたのではないだろうか。
答えられない少女に、マリィが声を荒げた。

『どうして何も喋らないの!ニッポンの女の子はお人形サンなの!?…つまらない人ね!!』

それだけ言い置いて、マリィはドレスを翻した。
テーブルの方まで走り、ケーキの皿を持った彼の腕に抱きついて。
嬉しそうに、見上げる。
少し慌てた彼の顔にも、すぐに優しい笑顔。
二人を離れたところから見ていると、まるで別の世界にいるような気がした。

それから少女は、パーティが終わるまで彼とマリィのことをまともに見られなかった。
彼の穏やかな微笑み。優しい声。頭を撫でる手。
それらがすべて、彼女に向けられていることに、刺すような胸の痛み。疑問符。
溢れそうな想いを抱えていても、何処へも逃げられない。
誰にも……言えない。

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