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 狙いうち 

「………!!!」


何の気無しに目の前のドアを開けた天之橋は、中の光景を見て硬直した。

「うーん。やっぱりちょっとゆるいかなあ?」
「ヒップハングだから、ゆるかったら危ないよね。わりと動くし」
「うん。なつみん、悪いけどもうちょっとだけツメてくれない?」
「オッケー。まってて……アレ?」

入口近くの机に駆け寄ってくる奈津実が、彼に気づいて声を上げる。
一瞬で我に返り、天之橋は目を逸らしながらあたふたと狼狽えた。

「す!す、すまない、そ、の、着替え中だとは……」

しどろもどろに汗を噴き出させている彼を見て、奈津実は何かに気づいたようににんまりと笑った。

「え〜?着替えって?……ああ!
 心配ないですよ、理事長。あれ、衣装ですから
「い!????」

思惑通りの反応に、ますます笑みが浮かぶ。
奈津実は偉そうに腕を組んで、わざとらしく肩をすくめた。

「かなりの出来でしょ、高校の学園演劇とは思えない衣装ですよね!
 ……あれ?どうかしましたかぁ〜?」

にやにやと笑われるのに気づく余裕もなく、天之橋は呆然と彼女を見つめた。

「い……衣装……?」

遠目にでもとても見ていられないのを、無理してもう一度確かめる。

アラビア風のそれはデザインも縫製もしっかりしていて、確かに出来という点ではかなりのもの。
だがその露出度は、ほとんど下着と同様で。
胸が半分しか隠れないトップ。
それ以外はアクセサリーしか着けていない、上半身。
飾り程度の布きれが下まで続き、下半身はあられもない所まで下げられた腰布が心細そうに巻かれているだけで。
もちろん、細い腰や可愛らしいおへそは白日の下に晒されている。
それを見て、照れるというよりもむしろ、目の前が暗くなった。

悲愴な顔をした彼をおかしそうな目で見てから、奈津実は裁縫箱を取り上げて少女の傍まで戻った。

「アタシ裁縫苦手だから、仮留めだけしとくよ。あとで誰かに縫ってもらって」
「うん、私がやっとく。詰め丈だけ分かるようにしといて?」

後ろに回り込んで腰布をたぐり寄せる親友に、振り向いて指示していた彼女が、ふと目を上げる。

「あ。天之橋さん?」

こそこそと部屋から出ようとしていた天之橋は、咎められたようにビクリと体を震わせて。
しばらく逡巡した後、おずおずといった感じで振り返った。

「……………や、あ」
「見に来てくださったんですか?」

少女の様子は、普段とさほど変わることはない。
それに違和感を感じながら、仕方なく少しだけ近づく。

「あ、ああ、その、学園祭が近いのに準備が進まないと言っていたから……どうなったかと思って……その……」
「そうなんです、衣装も仮縫いで止まってたからどうしようと思ってたんですけど、なんとか間に合いました。
 これ、どうですか?似合います?」

  

  

  

恥ずかしそうにしながらも、腰布を広げて平然と尋ねる彼女に、返す言葉が浮かばない。
教室には、大道具を作っていたり衣装を縫っていたり、かなりの人数の生徒が居て。
中には当然、男子生徒の姿も見える。

そんな中、こんな格好で、何故平然としていられるんだ!?

暗澹たる気持ちで思わず眉を顰め、目を逸らした彼に、少女は困惑した表情で自分の衣装を見下ろした。

「あの……。えっと、あの、……似合いませんか?」
「………い、いや」

眉を顰めたまま、言葉を探す。
似合っていないことはない。確かにそれは、小柄だけれども着やせする質の彼女に合わせたデザインで、花椿などが見れば絶賛するかもしれない。
けれどこの場合、問題はそんなところにあるのではなくて。

「……いや、よく似合っていると思うよ。けれど……」
「本当ですか!?」

重々しく続けようとした天之橋を、少女の嬉しそうな言葉が遮った。

「そう言ってもらえて嬉しいです!ありがとうございます〜!」
「……………。」

無邪気な笑顔に一瞬へこみそうになる気持ちを、無理矢理に奮い立たせる。

「けれど。少しだけ、その……」
「?」
「……大勢の前に立つには……露出が多くないかね?」

あられもない、と表現したいのを抑えて言い換えると、少女はきょとんと彼を見上げた。

「え?だってこれ、舞台衣装ですし。水着とかとそんなに変わらないでしょ?」

いや、違う!激しく違うぞ!!

無邪気に返される返答に思わず心の中で絶叫しながら、天之橋は冷静な(つもりで)言葉を継ぐ。

「し、しかしその、舞台に立つのだから……もう少し……その、肌を隠した方がいいのではないかな」
「そう…ですか?」
「私も、その、舞台に立ったことがあるから分かるが、舞台は……そう!ライトの光がかなり強く当たるからね。
 長いお芝居なら、体調にも影響する。余計に気を付けなければならないよ」
「そうなんですか。……でもこれ、気に入ってるんですよね。作り直してる時間もないし……」

必死で説得する天之橋の言葉に、困ったような少女。
ついに、溜息をついた天之橋の視線が、隣でにやにやと笑っている奈津実に向けられた。


瞳でする取引は一瞬だけ。


「みゆう〜?やっぱさ、舞台って緊張するじゃん?
 もし気分悪くなったらぶちこわしだから、ここは理事長のアドバイス聞いといた方がいいよ」

そう言いながら、奈津実は衣装箱にあった大振りのショールを彼女の胸に当てた。

「両肩の所からこう、交差させてさ。腰で留めれば直さなくて済むじゃない?」
「あ、そっか!そしたらライトに直接当たらないね!」

感心したような少女を尻目に、こっそりと理事長にウインクを投げて、奈津実は裁縫箱を片づけるために離れていった。
それで満足な訳ではもちろん無いけれど、先ほどよりはましになった衣装に幾分ほっとして。
周りに人がいないのを確認し、すばやく彼女の傍まで行く。

「天之橋さん、アドバイスありがとうございます」
「いや……」

生返事を返しながら、天之橋は少女の持っているショールを受け取り、肩からすっぽりと被せた。
  

  

  
「………?」

不思議そうな彼女に、思わずまた目を逸らして。

「………必要のない時は、何か羽織っていなさい」
「? 別に寒くないですよ?部屋の中ですし」
「いいから!衣装合わせ以外は、練習の時もこうしていること。いいね?」
「え、……ええ」

異常に力の入った真剣なまなざしに、少女は思わずこくりと頷いた。

「必ず守るんだよ。……これが原因で風邪を引いたりしたら、しばらくどこにも連れて行かないからね」
「えぇ!?」

大人げない脅しの言葉に、少女は目を丸くして彼を見て。
数回まばたきすると、慌ててこくこくと首を振る。

「いい子だ」

少しだけ安心して、けれどしきれない表情で、天之橋は深い深い息をついた。

FIN.

あとがき