MANA's ROOM〜トップへ戻る
Total    Today    Yesterday   拍手メールサイトマップ
更新記録リンク掲示板日記
ときメモGS別館 アンジェ・遙時別館 ジブリ別館 ごちゃまぜ別館
 
 

  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・その他 >

 届かない言葉を君に 1 

コンコン。

少しだけ躊躇った末、少女は遠慮がちにドアをノックした。

「……おかぁさん?お茶でも淹れようか?」

メイクアップアーティストの母が部屋に閉じこもっているときは、一心不乱にイメージ画を書いているか、心ここにあらずの表情で資料を見ているとき。
そんな時は部屋に入らないのが暗黙の約束。一度うっかりドアを開けて、すごい目で睨まれたこともあるから。
けれど、昨夜からそんな調子で飲まず食わずの母親を心配して、少女はあえて部屋の外から声を掛けてみた。

バタン!

「きゃあ!」
答える声の代わりに、ドアがいきなり開けられる。
二階に上がってすぐの母親の書斎は、階段の前。びっくりして後ずさりし、少女は勢い余って転げ落ちそうになった。
「あ、あ、危ないじゃない!」
「あら。いたの?」
「いたのじゃないよ、ノックしたじゃない!……もー。お茶飲む?」
水月は娘の抗議には耳を貸さず、にっこりと笑って頷いた。
「ありがとー ミルクティーにしてね、思いっきり甘いやつで。あああもう、疲れた!」
「あれ……お仕事終わった?じゃ、ゴハンの方がいい?」
階段を降りかけた少女がその言葉に反応すると、彼女は伸びをしながら首を振った。
「んーん、とりあえずお茶でいいわ。……そうそう!」
こきこきと肩を鳴らしながら、思い出したように言う。
「今学期終わったら、フランス行くからねー」
「フランス?仕事で?」
「うん、パリコレのチーフだって。大仕事はめんどくさいんだけど、サンローランの専属モデル、好きにしていいっていうから。
 ちょっと面白いでしょ?」
あっけらかんとした母親に、少女は半ば呆れ顔でため息をついた。
「好きにって……あのねぇ、それ、そんなレベルの話じゃ………ううん。いい。
 じゃあ、おかぁさんは夏中、あっちなの?」
訊きながら、『夏』という単語で昼間の出来事を思い出し、少女は思わず頬を弛ませた。


その日の放課後、いつもの理事長室でのお茶会。
やわらかいクラシックが流れる中、話の合間に、ふと彼が尋ねた。
水結。夏休みは、どこかへ出掛けるのかい?」
「え?」
優しい笑顔の彼と差し向かいに座っていられる事に倖せを感じて、ふわふわした心持ちでいた少女は、その言葉で少し居住まいを正した。
「えっと、特に予定はないです。ウチの母親、夏休みになるといっつも仕事で……
 あ、仕事って言っても、あのひとにとっては遊びに行くついでに仕事、って感じなんですけど。
 それについてってもいいんですけど、あまり面白くないし。弟は多分、友達と遊ぶのに忙しいし」
「ふむ。それなら……」
天之橋は少し考えこむ様に顎に手をやり、首を傾げる少女を見て目を細めた。
「では、アフロディーテ号に招待しようか。八月に臨海公園で花火大会があるだろう?
 海辺で見る花火も綺麗だけれど、海に浮かんで見るのもきっと素敵だと思うよ」
「えっ……」
瞳を見開いて、驚く少女。天之橋は組んだ足に手を掛け、窺うように覗き込んだ。
「おや。もしかして、他に約束があるのかな」
我に返り、少女は急いで首を振った。
「ご、ごめんなさい。びっくりして……すごく、嬉しいです」
その言葉にほんの少しだけ安心した顔をして、微笑む。
「私も驚いたよ?ごめんなさい、なんて言われたから。断られるのかと思った」
戯けて言う天之橋の言葉に、少女はまた首を振った。
「あっ、ごめんなさ……じゃなくて。あの、行きます!絶対行きますから!」
勢い込んで拳を握る姿に、思わず微笑み以上のものが漏れる。
くっくっと笑い始める天之橋を見て、少女はぷっと脹れて頬を染めた。
「もう!天之橋さんの、いじわる!」
「はは、すまない」
謝って組んでいた脚を解き、天之橋は少し身を乗り出した。
表情を戻して、テーブルの向かいにいる彼女の髪を梳き、小指を目の高さに合わせる。
「では、今年の花火大会での君のお相手という名誉は私がもらったよ。確かに約束、してくれるかな」
少女はますます顔を赤らめ、それでもそっと指を絡ませてちいさく振った。
彼に聞こえないように、毎年でも、と呟きながら。

前へ     次へ