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 花を贈ろう 

この人はほんとうに、元からこういう人なんだろうか?



「わー!」

学園に着き、とりあえず駐車場に近い場所から彼女を案内しはじめた天之橋は、突然あがった歓声に半ば本気で驚いた。
それに気づかず、少女はだっと薔薇園に向かって走り出す。

「わー、わー、すごい!すごーい!」
「……………」

天之橋にとっては見慣れた花たちを興奮して眺め渡す姿に、一瞬遅れて苦笑した彼は、勢い余って花壇に駆け込みそうな彼女に少し焦りながら足を速めた。
見慣れてはいても、視線を奪われないはずもない美しい花の群に目を細めてから、まだ声をあげつつ花の間をうろうろしている彼女を見る。

「そんなに喜ぶとは思わなかったな」

若干の感嘆をこめてそう言うと、少女は他に人がいたことを今思い出したかのようにびくりと身を震わせた。

「……あ、あっ……ご、ごめんなさ……!」
「いや、咎めた訳ではないよ。大丈夫」

さっと蒼白になり、慌てて非礼を詫びようとする彼女に、笑う。

「それほど喜んでもらえたら、薔薇たちも嬉しいだろう。私も世話のしがいがある」
「……世話?」

首を縮めて恐縮する彼女が、ふと怪訝そうに問い返したので、天之橋は側の一輪を手折りながら答えた。

「ここは私が造園した薔薇園だからね。薔薇の世話は私の趣味なんだ」
「えぇ!?だ、旦那様が!??」
「意外かね?」

こくこくと懸命に頷く彼女に、もう一度苦笑する。
一体、伯母からどんなことを聞いているのか。もしくは何も聞かずに言っているのか。
けれど、部屋で畏まっていた時よりは余程年齢相応な態度に、少しだけ胸をなでおろした。
長く勤めている者ならともかく、今日来たばかりの……しかも自分で働いて家族を養っていくことを突然要求された少女に恭順されたいとは、彼は思わなかったから。

「……でも……本当に、すごいです」

まだ興奮が収まらない様子で、落ち着かなく周りを見渡しながら少女は言う。

「私、花ってぜんぜん縁がなくって……こんなにたくさんの花を見るのも、実は初めてで」
「ほう?」
「あ、あ、嫌いなわけではないです!でもなんか……あんまり、現実味がないっていうか」
「現実味、ね……」

呟きながら、手の中にある薔薇の棘を取り払って、天之橋はそれを差し出した。

「え?」

きょとんと見返してくる彼女に、目線を合わせる。

「では、少し勉強しないといけないね。うちにはここよりも大きな薔薇園があるし、手伝いを頼むこともあると思うから。
 慣れてもらうために、毎日君に花を贈ろうか」
え?」
「これは、その最初の一輪だよ。帰ったら書斎の図鑑で調べてごらん。きっと楽しいから」

穏やかな笑みを浮かべて平然とそんなことを言う彼に、少女は三瞬ほど呆気に取られたあと、思わず赤面した。

そもそも、部屋で対面していたときから、違和感は感じていた。
物腰が優雅で、口調にも品がある。それは『すごいお金持ちだからなあ』と納得できたのだが、それだけではない。
雇われるためにここにいる自分に対して、謙るような態度。丁寧な立ち居振舞い。優しすぎる言葉。
それらが自分の境遇に対する過剰な同情にしか思えなくて、少女は着替えるために戻った部屋で伯母に話してみた。
返ってきた答えは

『そういう人なのよ。今によく分かると思うわ』

そういうってどういうことなのか、一体何がわかるのか、とさっきは訝しく思ったが、もしかしたら今、その片鱗が覗いているのかもしれない。
彼女を物の分からない子供として扱う親戚連中や、望みもしないのに自己満足で保護者になろうとするお節介な人間たちとは違うのだ、と、彼女は判断した。
その判断が間違っているかどうかは、いずれ分かるだろう。

「……ありがとうございます」

礼を言って花を受け取り、少女は初めて、照れたような微笑みを浮かべた。
それに呼応するように、天之橋の笑みが深くなる。

「ようやく笑ったね。うん、やっぱり君は笑っている方が魅力的だよ」
「み!?……旦那様!」
「ああ、校内でその呼び名はよくないかもしれないね。公私混同だと思われてしまうから」
「え……」
「学校では理事長と呼びなさい。まあ、できれば名前で呼んでくれた方が嬉しいけれどね。
 さあ、では次の場所に行こうか?」
「……名前……」

ふ、と紹介されたときに聞きかじった名前を思い出して、少女は何気なく呟いた。

「天之橋、さん……?」
「えっ?」

途端に彼は、歩き出そうとした足を大げさなほど急停止させて、体ごと振り向いて。
そしてまた笑顔になると、少女の頭をさらりとなでた。


「うん。いい子だね、水結」


こういう人なのだ。

更に続く?

あとがき