![]() |
![]() |
||||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
||||
![]() |
![]() |
![]() |
|||||
![]() |
MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・キングシリーズ >
はじめてのきもち
「………今、なんと言った? すまないが……もう一度……言ってくれ」 ずれた眼鏡を直すことも忘れて、私は目の前の少女を凝視した。 聞こえた台詞が聞き違いであるようにと、信じてもいない神に祈りながら。 しかし、神はやはり、信じる者の味方だったようだ。 「えっと。私、結婚しますので、式に出て頂きたいのですが」 彼女は薄く頬を染めながら、倖せそうな顔で白い角封筒を差し出した。 「………………………」 咄嗟に手が出ず、沈黙してそれを見る。 ここは、放課後の廊下で。 目の前の少女は、自分が密かに想いを寄せている、担任するクラスの生徒。 もちろん私とて、女子が16歳以上で結婚できるという法律を知らないわけではない。 だが。 高校生が結婚するということが、特異な出来事であることに違いはない。 しかも……よりによって?彼女が?結婚?? ![]() なんだ、これは? らしくなく混乱し、ぐらりと世界が廻るのを感じながら、私は必死で体勢を保った。 どう対処すればいいのか。担任教師として、言ってもおかしくないことはなんだ? 今にも喉から出そうになっている、『相手は誰だ』という問いは……最後に聞かなくてはならない。 「………いくつか、確認したいのだが………」 「はい?」 ようやく声を絞り出すと、少女はきょとんとして私を見た。 「その……君はまだ学生だろう。け、結婚……というが。少々早いのではないか?」 一応『氷室先生』らしい台詞が出たことに、安堵する。 「そういったものは、そう。人生の経験をある程度積んでからの方が望ましいと思うが」 口が滑らかになってようやく、ずれた視界に気づき、眼鏡を直した。 「何故、今。在学中に、なのだ?………まさか!」 「ち、違います!そんなんじゃないです!」 珍しく俗っぽい理由を思い当たり、声を荒げた私に、彼女は今度ははっきりと顔を赤らめた。 「そ、そうか。そうだろうな。すまない、ついおかしな事を言ってしまって」 彼女の慌てぶりが移ったかのように狼狽えてしまい、私は何度も眼鏡を上げた。 そうだ。何を考えているのだ。 よりによって彼女が ![]() それが誤解だったことで僅かな余裕を得、私はコホンと咳をした。 「しかし、では何故だ?君の年なら、相手とてそう経済能力があるわけでもあるまい。 共働きならまだしも、学生の君を養っていけるかも問題ではないか」 自分なら十分、養っていけるが。 さすがにそれは、心の中で呟く。 彼女はうつむいて、どう切り出そうか迷っているような様子を見せた。 「………え、と。経済能力は……全然問題ない、と、思います」 「何?」 すると、金持ちのバカ息子などという類の人間か? 舌打ちしたい気持ちを堪えて、次の台詞を選ぶ。 「だが……在学中の婚姻ということになれば、学園内での悪い噂になりかねない。 それよりは、せめて卒業まで延ばした方がいいのではないか?」 よし、我ながらうまい言い様だ、と満足しかけた私に、しかし少女は申し訳なさそうな顔をした。 「あ、あの……実は、一年生の時から私がその方を……その……お慕いしてるってことは、クラス皆が気づいてたみたいなんです。 クラス替えもあったので、もう学年中が知ってるみたいで。なつ…藤井さんに話したら、皆、式を手伝うって張り切ってるらしくて……」 「………………」 おずおずと告げられる事実に、私は再び硬直した。 すでに学園中がこのことを知っているだと?彼女が結婚することを、皆が? いや、それよりも。 一年生の時から気づかれていた、ということは、相手は学園の関係者ということで。 そして、彼女が『その方』と表現したということは、目上の人間だということで。 学園内で目上の人間と言えば………。 一瞬、最悪に嫌な可能性が横切った気がして、私は思わず顔を顰めた。 浮かんだ考えに気づきたくなくて、無意識に別の話題を探してしまう。 「ところで……小沢。その……」 意味なく呟いてから、私はふと、彼女の襟元に痣のようなものがあるのに気づいた。 これ幸いと、さも初めからそのつもりでしたと取り繕って言う。 「どうしたのだ?それは。また転びでもしたのか?」 よく見ると、襟元だけでなくうなじや首筋にも、同じような内出血らしい痕が見えた。 「えっ?」 彼女は、心配そうな私の視線を辿って。 自らを見下ろした途端、見えもしないだろうそれに気がついたように、ばっと両手で体を隠した。 かああああっ、と。先程の比ではないほど顔を染め、俯く。 「………!!」 その瞬間、私にもそれが何なのかが分かり、私はみたび硬直した。 何とも言えない沈黙が、辺り一帯に流れる。 「………おざ………」 「あ、せんせぇ!とりあえずこれ、招待状です!都合がつけばでいいですから、よかったらきてくださいねっ」 何か言われる前にと、封筒を押しつけて。 勢いよく一礼して踵を返そうとした彼女の腕を、私は思わず掴んでいた。 「?せ……せんせぇ?」 彼女は怪訝そうに、私を見る。 「………止しなさい」 「え?」 「そんな輩と結婚などしなくてよろしい!止めなさい!!」 自分でも驚くくらい、激しい言葉が口をついた。 少女は目を見張って私を見つめている。 今だ。もう、今しかない。 私はすうっと息を吸って、彼女に想いを告げようとした。 その時。 「 ![]() 今、一番聞きたくない声が、自分の後ろから響いて。 その瞬間、見てしまった。 彼女が無意識にほころばせた、倖せそうな笑顔を。 「天之橋さん」 一番聞きたくない名前を、呟いて。 彼女は、思わず手を離した私に礼をして私の横をすり抜け、彼の傍に走り寄った。 「皆に渡せたのかね?」 「えと。まだ全員には……珪くんがお仕事で、学校に来てなくって」 「そうか。まあ、まだ時間はあるのだし、今週中に渡せばいいのではないかな」 「はい!」 「…………………」 完全に自分を無視した甘ったるいやりとりに、普通の人間なら入っていけないところだが。 担任教師で彼女を指導する立場、という大義名分がある(と信じている)私は、キッと振り向くと、少女の傍の学園長を睨み付けた。 「………理事長」 「なんだね?氷室君」 彼は、いつもの微笑を浮かべて私を見る。 その笑顔が、自分に対する優越感を含んでいるようで腹が立った。……いや、実際に含んでいるはずだ。 私が彼女に想いを寄せていることを知っていて、彼女を誘い出したりお茶会をしたりしていることで、私は常々彼の悪意を感じていたから。 「ご自分の学園生徒に手を付けるなどと、恥ずかしくはないのですか?」 その台詞に、驚いた顔をしたのは彼女の方だった。 彼は顔色ひとつ変えず、聞いている。 「百歩譲って、生徒と恋愛関係にあったとしても。彼女のことを思いやって卒業まで待とうと考えるのが、分別のある大人の判断ではないのですか!!」 「………さてね。果たしてそうかな?」 笑いを含んで言いながら少女の髪を弄ぶことに、私はあからさまに不愉快の視線を送った。 もう、表面を取り繕っている場合ではないと感じたから。 「私も一瞬、そう思わないでもなかったが……やはり、失礼だと思ってね。 女性の方から結婚の申込みをされるとは情けないが、されたからには応えなければと思うのだよ」 「あ、天之橋さん!!」 その言葉に愕然として少女を見ると、彼女は赤い顔をして彼を見上げている。 「何もそんなこと他人にばらさなくても……それに、あれは天之橋さんが言わせたんじゃないですか!」 私のせいにするなんてひどいです、と可愛らしくむくれる彼女に、笑いながら謝って。 彼は、二人の台詞に大ダメージを受けてしまった私に向けてククッと笑い、更なる爆弾発言をした。 「そうだね、別に君だけがそれを望んでいるわけではないよ。私も気持ちは同じだから。 それに、卒業まで待とうにも、もう入籍は終わっているのだしね?」 「……!!!!」 「まぁ、氷室君。君も愛する女性が出来たら、分別などとは考えずに行動した方が良いと思うよ。そんなことでは他の男に取られてしまうから」 ささやかなアドバイスだがね、とウインクをして。 あわてて礼をする少女の肩を抱きながら。 彼は、これでもかと私を打ちのめして、その場を後にした。
◇ ◇ ◇
終わる。 |
あとがき |