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 あえないきもち(夫婦Version) 1 

「…………ふぅ」

書類の束を無意味に移動させながら、天之橋は息をつき窓の外を眺めた。
季節はすでに初夏から盛夏に移ろうとしていて、差し込む日差しも自己を強調している。

一時間前から、彼の仕事はほとんどと言っていいほど進んでいない。
夏休み前、期末テストの結果や合宿の予定表など、処理する仕事は山ほどある。
なのに。完璧な手腕を誇る彼が、仕事が難しいのではなく手が進まないという信じられない理由で、予定に遅延を生じさせている。

原因は、天之橋自身よくわかっていた。彼女の所為だ。
彼の少女は今、親と一緒に旅行の真っ最中。結婚したとはいえ親孝行に水を差すわけにはいかず、また水月に対しても抗える手など持っていない天之橋は、10日間という期間を彼女無しで過ごす羽目になった。

初めは、たかが10日間で……と思わないでもなかったが。
朝起きたとたん、隣に少女がいないのに落胆し、朝食のテーブルでは話す相手がいないことに気づく。
出掛けるときもあの優しげな笑顔で見送られないのに違和感を感じ、帰宅時間の連絡を携帯に入れかけて危うく止める。
彼女がいなくなってからというもの、彼の生活習慣はまったく狂ったままだった。

旅行に出掛ける前、水月は彼に、くすくす笑いながら言った。
『10日間も、水結なしで大丈夫なの?天之橋君』
そのときは彼女の言葉に苦笑を返した天之橋だったが。
ようやく、それが冗談にならないことに気づき始めた。

更に。
旅行先は、山間部の温泉で。
携帯がほとんど通じない。
旅館の電話で少女が掛けてくることはあるし、メールは日に何度も送られてくるのだが、疲れもあるだろうしそれ以上連絡しろとは言えなかった。
何より、旅行先での楽しそうな出来事を、表情が想像できる声で語られると、自分がそこにいないことに嫉妬と焦りを感じてしまうのだ。

メールなら、気持ちを装って文章を作れるけれど。
電話では、ちょっとしたことで感情がバレてしまう。
連絡したくてもできない、そんな複雑なジレンマを抱えて、天之橋は悶々と日々を過ごしていた。


もう、一週間になる。
結婚以来、彼女とこんなに長く離れたことはない。いつも、あの笑顔が傍にいてくれることに安心していて。
それが無くなったらなどと、考えたこともなかった。

大体、彼女と長い旅行など、天之橋ですらしたことがない。
結婚するとき、新婚旅行の予定を空けることに四苦八苦していた天之橋に、彼女は微笑んで言ったのだ。
『天之橋さんの傍にいたくて結婚するんですから、どこにも行かなくていいです』と。
現実に時間を空けることが不可能だったことと、せわしなく旅行してもいいことはないだろうとの判断で、彼らはとりあえず旅行を延ばした。

けれど。近いうちにきっと、と思ってもうずいぶんになる。
忘れていたわけではないが、仕事の忙しさにかまけて計画を立てることを止めてしまっていたことに気づいて、天之橋はため息をついた。

彼女が帰ってきたら、真っ先にその話をしよう。
そのことについて、冗談でも恨みごとひとつ言われたことはないけれど。
今回の旅行が決まった時の彼女のはしゃぎようから言って、もしかしたら我慢していたのかもしれない。
それに気づいてやれなかった自分にも腹が立ったし、そんな思いをさせていたことも辛かった。

ふと、書類の上に肘をついて考えてしまっていたことに気づき、彼は席を立った。
顔でも洗って、気分を変えてこよう。
そう思って入り口に近づき、ドアを開けようとしたとき。

ばん!と、ドアが開き。
髪をお下げにして眼鏡をかけた女子生徒が、理事長室に駆け込んできた。
「お…っと」
思わず、勢いを抱き留める。そうしないと、転んでしまいそうだったから。
「……っ」
制服姿の女子生徒は、転びそうになって支えられた体制のまま、沈黙する。
しかし、天之橋はすぐ、違和感を感じた。
!?」
急いで、密着して顔も見えないその身体を引きはがしながら。
確信を持って、叫ぶ。

「水結!?」

果たして。
それは、すでに卒業して久しいはずの……彼の少女であった。
  

◇     ◇     ◇

  
名前を呼ばれ、はにかむような笑顔を向けかけた少女は、はっとして開いたままのドアを閉めた。
そして天之橋に向き直り、小声で囁く。
「お願い、天之橋さん。わけは後で話しますから、助けてください!」
「あ、ああ?」
訳も分からず、頷く彼に。
「私はここにいませんから。いないって言ってくださいね!」
そう言うと、だっと走って執務机に駆け寄り、その中に隠れる少女。
天之橋が疑問符を発する間もなく、ドアが高らかにノックされた。

「失礼」
ドアを開けたそこには、厳格な数学教師の姿。
「氷室君。……どうしたんだね?」
「今。こちらへ、女子生徒が一人来ませんでしたか?」
苦虫を噛み潰したような表情で、そう尋ねる。
「女子生徒……?」
考えつくのは、彼女の姿。
そういえば、何故かは分からないけれど制服を着ていた。眼鏡を掛けて、まるで変装しているかのように。
そして『助けてください』という言葉。
天之橋はやりとりが彼女に聞こえないように、理事長室のドアを閉めた。

「さぁ、知らないね。特に見てはいないが」
答えると、彼は明らかに不審な目をして天之橋を見た。
「虚言や隠匿は、人として誉められたものではありませんが……」
「氷室君」
天之橋は静かに、瞳をキラリと光らせて返した。
「何が言いたいんだね?女子生徒など見ていないと言っているだろう」
「しかし……」
何か言いかけた彼を、涼しい顔で遮る。
「もっとも……私の妻なら、今、私の所に来ているけれど」
「………!!!」
「お義母さんたちと旅行に行っていてね。久々に会うから、学園に来るよう言ったのだよ。
 何しろ、今すぐ会いたいと言われても私には仕事があるからね」
あれの我が儘にも困ったものだ、とわざとらしくため息をつきながら、天之橋はぱくぱくと口を開閉するだけの氷室を見据えた。
「何か問題でもあるかね?」
「……そ……卒業した生徒が制服を着て学内をうろつくなど、誉められたこととは思えません!
 ましてや、小沢は……!」
思わず声を荒げてしまった後で何かに気づき、氷室は目を見開いて硬直した。
「ああ……それはそうだね。すまなかった、私から謝るよ。
 あれには良く言っておくから」
「………っ」
居たたまれなくなり、踵を返して去ろうとした氷室に。

それから、氷室君。彼女はもう小沢ではない。
 氷室学級のエースではなく私の妻なのだから、人妻に気安く接してはいけないよ」

わかったね?と、天之橋はとどめを刺した。

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