「あらこんなところにサボテンが。ちくちくー」
「こんにちはちくー……ってオイ!」
立てた髪を触る手に、ついいつも通りの返事を返してしまってから、彼が思いきり振り返った。
いつの間にかそこにいた彼女はニコニコしながら、なおも髪の感触を楽しんでいる。
「こんにちはーお名前はー?」
「………ハオルチアですーじゃなくてっ!おまえまだ学校にいたの?」
立ち上がると、手の届かなくなる瞬間まで名残惜しそうに髪を触り、それから少し口を尖らせた。
「いーえっ!チャイム鳴ると同時に校門までダッシュでした!」
「……なんか忘れモンか?こんな時間に戻ってきて」
何が気に入らないのか、彼女はますます拗ねたような顔になっていく。
「……学校終わってアンネリー行ったら、先輩は学校に配達に出たっていうからまた戻ってきたんです!」
「………なんで?オレに急用?」
「……っっもー!」
後ろに隠れていた彼女の手が突き出され、そこにピンク色の小さな紙袋が握られている。
ぷっくー、と頬を盛大にふくらませてはいても、明らかに照れた顔で。
「これ、チョコレート、ですっ!」
「へ?……あぁ!え?……オレに!?」
こくんと頷かれて突き出されているそれをまじまじと見ると、握られた指に可愛らしいキャラクターの絆創膏。
チョコレートよりもそれに驚いて、慌てて土だらけの軍手を外して小さな手を取った。
「……これ、どした?何で怪我した?」
「え!?えぇ〜…と、その……チョコレート刻んでるときに、ちょっと…」
「刻んで?……コレ手作り!?」
「…う……ええと、はぃ……」
反応を見るような上目遣いをする彼女の後ろで、ベンチの男子生徒たちが身を乗り出すのが見えた。
それで、今しておくべき事が一瞬にして頭の中で組み上がる。
彼女の手を握り、絆創膏の指先を撫でながら口を開いた。
「そっか、オレの為に怪我してまで……スゲー嬉しい。、ありがとな?」
「…い、いえ……怪我したのは私が不器用だっただけですからっ……」
「でも一生懸命作ってくれたんだろ?…目も赤いな……あんまり寝てねぇのか?」
サラリと髪を梳いて頬に指を滑らせると、手を突き出したまま狼狽えたように目を泳がせる。
手に彼女の頬の熱が伝わってほわほわと暖かい。
「…え、とっっ…何度か失敗しちゃって…それで遅くなって……」
「が作ってくれるならどんなでもいいのに。…それよりちゃんと寝ないと、おまえのキレイな肌が荒れたらオレが辛い」
「あ、あのっ…先輩……どうしちゃったんですか…?」
頬に添えられた大きな手をくすぐったそうにもじもじして、彼女が首を傾げる。
いつまでも突き出されている紙袋を取り、体を屈めて顔を覗き込んだ。
「どうしたって、なにが?」
「えと……だっていつもなら”食えるのか”とか”腹壊すんじゃねーの”……とかっ…」
「おまえが可愛いから照れるんだよ。……でも本当はいつも誰にも渡したくないって思ってる」
至近距離で言われる言葉に、彼女が俯いて沈黙し。
やがてそっと顔を上げて決意の目で彼を見た。
「あの……あのっ……先輩、私っ…」
「続きは車の中で、な?…あ、そうだ。今度の日曜海までドライブすっか」
少し大きな声で言いながら、彼女の肩に腕をすっぽり回して悠々と男子生徒たちの座っているベンチを横切り。
ずっと視線で追い掛けているであろう彼らに最後のとどめを刺すべく、真っ赤になった彼女の耳に顔を寄せた。
「………ごめんな、もうちょい」
「……え?えっ?」
「………車までだから」
囁かれる言葉の意味が飲み込めないまま優しく肩を抱かれ校門をくぐった途端、彼が後ろを振り返った。
「…ヨシ!ミッションコンプリート!」
「え?……は?」
訳の分からない彼女の肩の重みが急に無くなり、その手を真咲がぐっと握りしめる。
「おまえの噂してた不埒な輩がいたんでな。遺憾に思ったのでお兄ちゃんが五寸釘打ちこんどいてやった」
「……………ええぇ!?」
「おまえ、あんまり男にいい顔すんな?勘違い野郎に襲われても知らねーぞ?」
「………もー…キライキライだいっっキライ!!」
「いたたた、オイ何すんだって。……何でそんな怒ってんだよ〜?」
事態を把握した彼女の悔し紛れの拳を胸で受けながら、彼がふくれっ面をつまんで笑う。
「……全部嘘なんれふか!?」
つままれたままで大きな声を出す彼女。
恥ずかしさで滲んだ涙を見て指を離した彼が、顔を赤くして視線を遊ばせた。
「んーや、まぁ………それより日曜、ホントにドライブ連れてくから機嫌直せって、な?」
「…………っ…」
「あれ?行かない?」
「………行きます……っ」
「よしよし……あーそれと!……おまえ最近、男と茶店行った?」
「……最近?先々週、先輩と空中庭園行った時に」
「………あーあー!そっか!ならいいんだ、ハハハハ…ぁ〜ビビッたオレかよ……」
「なんですか?」
「イヤ!なんでもねー!……んじゃ、通り道だし遅くなりついでに送ってやるから乗れ。…あ!その替わり、明日の朝さっきの花壇に水やりヨロシクー」
言い残して運転席側にまわる彼の後ろ姿に、彼女は盛大にため息をつく。
その時の彼が手に持った紙袋を見て、本当に幸せそうに笑っているのを知らないままで。
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