「……っていうかさ〜何で断れないかなぁオレ……」
夕日も傾きかけた羽ヶ崎学園。
下校する生徒もちらほらとしかいない中で、彼は一人花壇に向かっていた。
世間一般にはバレンタインディの今日。
大学では、チョコレートとおぼしきプレゼントを持った女が何人も”櫻井くんに渡して”と自分に話しかけてきて。
それもこれも親友の櫻井が一切受け取らないからであって、それが分かっている自分も受け取るわけにいかず。
そう説明をしても、どの女も”真咲くんヒドーイ”だの”もう頼まない!”だの口々になじった揚げ句に”そんな人だとは思わなかった”と締めくくり去っていく。
その上これかよ……。
ザクリザクリと土をスコップで掘り返しながら、彼がため息をついた。
注文を受けて花や苗を届けに母校に来たのは何度もあるけれど、どこで見張ってるのか帰り際に必ず昔の担任に捕まって。
春のたんぽぽが風に揺れるようなゆるりとした口調で、いつも何やかや細々した用事を頼まれる。
早く店に帰らないと怒られるんスよ、と何度説明してもその度に。
”君はお花屋さんだから花のことをよく知ってる。君に植えてもらえばきっときれいな花が咲くよ”
などと言って陽だまりのように微笑まれると、何故だか嫌とは言えなくなるのだ。
「店長もズルイよな〜”お得意さまだから労働して来い”ったって、有沢に怒られてる時は知らん顔だもんな〜…」
ぶつぶつと文句を言いながら、苗をプラカップから出して根をほぐし一つずつ置いていく。
三列の畝に15センチ感覚で全ての苗を置いて土をかけて。
あとは水やりをするだけ、そう思って立ち上がりかけた時だった。
「…二年の市村だろ〜?…」
後ろで聞こえた会話がふと耳に引っかかった。
反射的に振り返ると、そう離れていないベンチに制服をだらしなく着た男子生徒が二人。
態度とネクタイの色で、その二人が最上級生であることが見てとれる。
「マジ可愛いよなぁ〜、C組だっけ?」
それでほぼ間違いなく彼らの会話が彼女の事を指している事を悟って、さりげなく体を元に戻し、耳をそば立てた。
「んでも男いるかも知れねーんだってさ」
「うわマジかよ!?誰だよ?」
うわマジかよ!?誰だよ!?
男子生徒の一人と心の声をハモらせながら彼がスコップを土に突き刺した。
「誰か分かんねーけど、多分高校生じゃなかったってさ。奥寺がサ店で見かけたって〜」
「っちゃー…二年のサエキとかいうやつも狙ってんだろ?あの、女にキャーキャー言われまくってる…」
「あ〜、その上金持ちの金髪いるじゃん?アイツと、柴田らがシメようとして返り討ちにあったっていうコワモテと…あ、三年だったら真嶋もよく話してるってさ」
「うーわ、スゲー面子だな。あ〜ぁ一回でいいからあんな子にチョコ貰いてぇ〜…」
っていうか、もしかしてあいつモテモテなのか?そうなのか!?
よく考えてみれば、あれだけ可愛くて性格も良くて元気で明るくて優しくてetc…なんだから当然といえば当然。
でも自分がいつもからかったり気安く撫でたりつついたりしている彼女が、不特定多数の男から高嶺の花だと思われているとは、正直な所考えもつかなかった。
オレ、呑気に花壇作ってる場合じゃねーって!
訳の分からない焦りがこみ上げてきて、花壇のレンガをスコップでガリガリと削る。
男がいるかも知れない、という言葉がぐるぐると頭の中を廻り、それに気を取られていた彼は男子生徒がひそひそと小声になったのにも気付かなかった。
|