居間に置かれた大きなこたつに男性が三人座っている。
どっかり腰を下ろした真咲の隣に彼女がちょこんと正座して、カーペットに指を揃えて頭を下げた。
「あけましておめでとうございます。市村優月と申します」
その仕草をボーっと眺めていた三人の中の一番年輩の男性を、彼の母親が後ろから蹴った。
はっとしたように三人が居住まいを正して頭を下げる。
「え〜っと…右から兄貴の正秋、弟の夏道、親父だ」
「よろしくお願いします」
紹介されて自分の方を見た彼女を、弟が凝視して。
それから急に彼女を指さして大声を出した。
「……………あ〜〜!どっかで見たことあると思ったら”はばプリ”じゃん!」
「ていていてい!指さすな!……何だそりゃ?」
「はばたきウォッチャーで年に一回、市内で一番可愛い女子高生を投票して、グランプリがはばたきプリンセスって呼ばれるんだよ。略して”はばプリ”」
ちょうどその辺にあった雑誌を示して弟が説明する。
そのタウン誌は弟が読んでいるのを見たことがあるだけで買ったことはない。
彼女がそれに出ていたのも彼は初耳だった。
「………優月そんなモンに出てたの?」
「………えっと…友達が賞品の”高級ホテルスィーツ食べ放題券”が欲しいって一緒に応募して…たまたま」
「はね学だったでしょ?はね学の市村優月って三年連続プリンセスで殿堂入りだよ。うわ写メ撮っていい?」
「呼び捨てすんな!いーわけないだろ!!………殿堂入り、したの?」
「………二年目は”クレープダイニングのソフトクリーム一年間無料券”で三年目が”シェフパティシエが作るあなたイメージの新作ケーキ”でした……」
振り袖の袂をいじりながら顔を伏せた彼女に真咲がため息を吐いた。
「……ハァ〜…おまえが時々後ろ指さされてる理由がようやく分かったわ」
「……っつーことはハルの彼女は、はばたき市一の美人ってことか!そりゃでかしたなァオイ!よし、お年玉をやろう!!」
事の次第を飲み込んだ父親が大喜びで膝をたたいて、こたつ布団と天板の隙間からポチ袋を取り出した。
筆ペンを舐めながらニコニコと彼女を見る。
「え〜〜っと、ゆづきちゃんってどういう字書くんだ?」
「え!?わ、私ですか!?」
「んん。可愛い女の子にお年玉やるのが夢だったんだ。出来るのはみんな股に付いていやがったからなぁ」
「そんな、貰えません!」
「いいから名前!」
「はいっ!…あの、えーと」
しどろもどろで説明するのを聞きながら、嬉々として名前を書き込む。
「………優…月、…と。い〜なぁ可愛い名前だなぁ〜……はいよ!」
こたつの上に差し出されたポチ袋と真咲を交互に見て、彼が頷いてからもためらって。
やがて父親の視線に負けてそれに手を伸ばした。
「……ありがとうございます」
恥ずかしそうにポチ袋を見つめる彼女を眺め、父親は嬉しそうに頷いた。
その様子を横から見ていた弟が噛みつくように怒鳴る。
「俺にも寄こせよ親父!」
「バカヤロ、いつお前が手を付いて新年のご挨拶をしたんだ?んん?」
「したらくれんのかよ!?」
「可愛くないからやらねーに決まってんだろ!?勉強しやがれバカ息子!」
「アンタ達うるっさい!!……ごめんねぇ騒がしくて」
「いいえ、全然。………はい?」
後ろから袖を引かれた彼女が振り返ると、甥っ子の一人がにこにこしながら画用紙を差し出した。
「おねえちゃんかいた!きれいなふく、きてっから」
「わぁ、これ私?ありがとう!……ん〜と、陣くんかな?」
「すげえ、あたり!」
「ジンずるい!いっせーのでわたすっていったのに!おねえちゃんぼくは!?」
「えっとね、信くんだよね?…わ、銀くんも?ありがとう、嬉しい!」
「…………おまえ、何で見分けてんの…?」
一卵性でほとんど同じといってもいい程似ている上に、同じ服を着ている三人。
それも彼女が見たのはさっき玄関で紹介した一度きり。
彼や親である兄でさえ咄嗟の時には見間違う事もあるのに、と彼が目を丸くして彼女に聞いた。
「う〜ん…どことなく眉の形が違うような……でも信くんはお膝に絆創膏があるから分かっただけだし、ほとんど当てずっぽうです」
「優月ちゃんは頭もいいんだねえ……本当に、ハルのどこがいいの?こんなのよりもっとイイ男がいくらでも寄ってくるでしょうに」
「こんなのって……ひっでぇ自分の子に向かって」
「いいえ、先輩はお料理も上手だし優しいし。こちらこそ私なんかでいいのかと……」
彼女が顔を赤らめてもじもじと小さな声で答える。
可愛い!!!
その瞬間、男性陣四人の心の声が一致した。
その後、お雑煮の鍋を運んでいた彼の母親に頼まれて、人数分のお椀とお箸を運ぼうとして躓いたり。
後ろで待ち構えていた真咲が、すかさず抱き留めて家族に感心されたり。
甥っ子達に取り囲まれて本を読んでいるうちに三人とも眠ってしまい、振り袖の足元では跨げずに動けなくなったり。
それをまた心得たように、真咲が抱えて子供の輪から助け出し家族に感心されたり。
帰る頃にはすっかり日も暮れ、泊まれ泊まれと連呼する酒の入った父親と、その襟首を掴んだ母親が見送りに立つ玄関で彼女が深々とお辞儀した。
車を回してくると言って先に出た真咲を見て、彼の母親が名残惜しそうに声を掛けた。
「また来てちょうだいね?」
「はい、是非!」
「……あれはバカで優柔不断だったけど、急に男らしくなったような気がするわ〜。あなたが居てくれるからかしらね」
「あの、私がいつもご迷惑をお掛けしてしまって…」
「いいのよ、男は頼られてナンボなんだから。どんどんこき使って!お正月から子守までさせちゃってごめんねぇ?」
「いいえ、楽しかったです!……あの、今度先輩の好きなお料理教えてもらってもいいですか?」
「まぁ、本当!?女の子にお料理教えるの夢だったのよ〜!いつでも来てね、ハル抜きでもいいから!」
「絶対またお邪魔します!」
彼の母親に手を握られて、嬉しそうに彼女が頷いた。
「お〜い、そろそろ帰らないと」
玄関ドアから顔を出した真咲が急かすと、残念そうな母親の後ろから静かに兄が顔を出した。
「…………子供達が、ありがとう。……またね」
「はい!またお邪魔します。信くんと陣くんと銀くんにも、また遊んでって伝えてください!」
ひとつ頷くと、すっと奥に消えていった兄を、全員が呆気に取られたように見送る。
場が静まったのを見て、何かまずいことを言ってしまったのかと不安げに彼を見上げた。
「………兄貴がしゃべった」
「………え?」
「ん、いや…じゃな、おふくろ帰るわ」
「お邪魔しました。ごちそうさまでした!」
もう一度お辞儀をして、彼を追い掛けて車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
「やっぱ躓いたな〜」
「……う………」
発進した車の中でガックリと項垂れた彼女の頭をよしよし撫でて、彼が笑った。
「でもおふくろも親父も喜んでたからいいんじゃねぇ?おまえすげえ気に入られてるぞ」
「………そうかなぁ?どんくさいって思われたかも…」
「大丈夫だって。……絶対感謝してるって」
「感謝?なんにもしてないですよ?」
首を傾げた彼女に真咲はそれ以上何も言わず、頭をもう一度撫でる。
運転する彼の横顔を見ながら大きな手を握って。
いつの間にか彼女は、彼の肩にもたれて眠ってしまった。
「………優月、ありがとな」
信号待ちで安らかな寝顔を見つめ、彼は起こさないように呟いた。
おわり |