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 One spoon Spice 1 

「あっ……ついぃ〜〜…」

梅雨の晴れ間の太陽がここぞとばかりに照りつける中、彼女は一人ショッピングに来ていた。
夏物のキレイめな服で気に入った物を数点買って店を出ると、冷えていた体は直射日光で三分も経たない内に汗が噴き出してくる。
溶けそうな気持ちでイライラしながら信号が変わるのを待っていた彼女は、道の向こうに知った顔を見つけていっぺんに元気を取り戻した。

「真咲せんぱ〜〜いっっ!!!」

立ち止まってきょろきょろしている彼に大きく手を振って。
信号が変わると同時に走り出した。

「優月!!いいトコに居た!エライぞ!」
「えっ?」
「タイムセール!!」
「は?……きゃ!!」

横断歩道の端まで着いたとたんにぐいっと腕を掴まれ、訳の分からないまま走る。
やがてスーパーの看板が見えてきて、そこに走り込んだ真咲が買い物かごを両手に持った。

「即席ラーメンが五個1リッチ、お一人様五つまでなんだよ!オレが渡すから受け取って数えてストップかけてくれ!おまえと二人で五十個な!!」
「ご、五十個もですか!?」
「話してるヒマない!急げ!!」
「は、はいっ!」

彼はおばちゃん達が群がるワゴンに突進して、足の間の買い物かごに次々とラーメンを入れる。
一杯になったかごを彼女が受け取って次のかごを渡し、数を数えた。

「先輩、あと十個でストップです!!」
「よっしゃ!5,6,7…OK!先にそれ持ってレジに並んでて!」
「はいっ!」

会計を終えたかごを袋詰めしている彼女の頭を、真咲が後ろからぐりぐりと撫でた。

「ありがとな〜助かったわ!これでしばらく食いっぱぐれねぇ」
「え!?これ先輩がひとりで食べるんですか!?」
「おうよ。一食一個なら二週間は大丈夫なんだけど、無理だしな〜。もって十日か」
「一日五個計算ですか!?……先輩、栄養偏りますよ?」
「肉も野菜も入れっから大丈夫だって。…あ、お駄賃アイスでいいか?ほれ、バニラとチョコどっちがいい?」
「チョコ……って、別にお駄賃いりません!子供じゃないんですから!」

ぶふ、と吹き出す彼に、ふくれっ面をして残りのラーメンをレジ袋にしまい込んだ。

「溶けちゃうから食え、な?」

スーパーの表のベンチに座り、バニラアイスをくわえた彼が差し出したアイスを渋々受け取る。
袋を開けて一口かじったとたんに眉間のしわが消えた彼女の頭を、真咲がもう一度撫でた。

「いや〜有沢に断られてどうしようかと思ってたけど、おまえがいてくれて助かった〜」
「有沢さんにスーパーのタイムセール……ものすごく似合わないですね」
「おまえのサポートは完ペキ二重マルだったぞ?」
「それ……ほめてないです」
「ほめてるって!」
「スーパーのタイムセールでほめられても嬉しくなぃ〜……」

肩を落とす彼女の髪をさらさらと梳き、真咲がベンチに頬杖をついて彼女を見た。

「………おまえの髪、キレイな?」
「えッ!?」
「サラサラで、太陽の光が当たると天使の輪っかができる」
「……あ、あの…先輩?」
「そやって、恥ずかしいとすぐ赤くなるとこもすげー可愛い」
「み、見ないでください!」
「……こんなに…ちっちゃくて可愛いのに……金払ってる間にカゴ二つとも持って…ぶふっ」
「〜〜っっもう!先輩なんてきらいです!」

からかわれたと知って足早に歩き出した彼女に”送っていくから待てって”と大きな声を掛け、スーパーの袋を両手に下げた。

 

◇     ◇     ◇

 

「……あ!真咲先輩!」
「おーう、どしたおまえ一人か?」
「はい、お買い物に」
「寂しいねぇ〜。夏も終わりだぞ?男の一人でも連れて歩いてろよ」
「放っといてください!……先輩は、配達ですか?」

彼女が彼のエプロンを見てそう言った。
”そういえば前に会ったのもこの辺だっけ”と思いだして、嬉しくなりかけた気持ちが少し沈む。
スーパーのタイムセールが似合ってどうする!とあの後かなり落ち込んだから。
でも”もうちょっと頻繁にこの辺りに来ようかな”と考えるくらい、やっぱり先輩と逢えるのは嬉しい。

「オレは資料集め真っ最中!バイト休む訳に行かねーし、空いた時間を有効活用だ」
「空いた時間って……配達終わったら店に戻らないと、また有沢さんに叱られますよ?」
「それを言うなって。ナイショだぞ?」

悪びれる様子もなく言われ、心の中でため息をつく。
三ヶ月も前のことなんて覚えてないんだろうな、と。

一年生の時はお兄ちゃんができたみたいに思ってたけど、この頃妹扱いが切なくなって。
からかわれたと分かっていても、髪の手入れを入念にしたりしてしまって。
バイトで週二回一緒なのに、こんな風に予期せず逢えたらすごく嬉しくなって。
だんだん先輩の事を考える時間が増えていって。

キス、したのになぁ……

そういえば校庭の花壇でぶつかったあの時も、全く動じずに汚れた制服の心配をしていた。
バイト初出勤でもう一度会った時も、ぶつかった事しか覚えてなかったし。
三つも年上の彼には自分なんて女に見えてないんだろうと、今度は本当にため息をついた。

「お。どうした〜?ため息なんかついて……おまえも腹減ってんのか?」
「違います!!……先輩、おなか空いてるんですか?」
「あ〜今月厳しくて……昼飯食ってねぇから力出ねー。もつかなオレ……」
「……今月って…九月になったばかりですよ?バイト代入ってすぐじゃないですか」
「ちょっとな〜欲しいモンが立て込んでギリギリだ…」

がっくりと項垂れる彼を見て、ちくちく胸が痛む。
男の人が空腹なのは何だか見ていられない。好きなひとだからなお辛い。
あんなに大きな体でご飯を食べなくて大丈夫なんだろうか?
ファーストフードでもおごると言おうか迷ったが、年上の男の人に対して失礼だし。
お兄ちゃん気取りの先輩もきっと遠慮して、そういうことを言わないように気をつけてしまうだろう。

「あ、ヤベー!ホントに有沢に怒られる!じゃな、送ってやれねーけど気をつけて帰れよ?ナンパなんか相手にすんじゃねーぞ!?」

バタバタと走って車に戻る先輩を見送って、彼女はしばらくその場で考え込んでいた。