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 Step Up 1 

「………あ〜!!」

学校行事の清掃活動で公園通りに繰り出していた彼女は、遠くに見慣れたワゴン車を見つけて歓声を上げた。
乗り慣れているからという理由で、バイトの配達車と同じ車種にしたという彼の私用車は、私にとっても身近な存在で。
それも好きな人の車だから、遠目でも同じ色の同じ車が並んでいても、絶対に見間違えることは無い乙女の勘。
ほうきを持ったまま小走りでそちらに駆け出す。

「市村さ〜ん、どこ行くんですかー!」

ゴミ袋と火ばさみを持った担任が後ろから声を掛けた。

「えっと…あっちの車道に白い子猫が!見てきます!」

そう言うと、猫好きの担任の視線がキョロキョロと彷徨った。
”放っておきなさい”とは絶対に言わない事が分かっているから、それ以上足を止めずに走る。

「痩せていたり怪我をしているようなら連れてきてくださいね〜!」

のんきに手を振る先生に返事もせず、一目散に目当ての車に近づいていった。

「真咲せ…………」

手を振ろうと上げかけた腕が止まる。
大通りに面した洒落たカフェから出てきた彼は、いつも通りのツンツン頭に、ライダージャケット。
今日は何故かサングラスを掛けていて、それだけですごく大人に見えた。
そして隣には、背の高い綺麗な女性が腕を組んで、寄り添って。
長くカールした髪、黒い胸の開いたチューブトップ、赤いタイトスカート、高いヒール。
道を挟んでもそれと分かる大きなロゴマークのブランドバッグ。
車が行き交う道路の向こう側で、二人は時折笑顔を見せながら車に乗り込んで。
こちらに気付くことなくそのまま走り去った。





よりによって、どうして今日バイトなんだろう……。

更衣室で何度目かのため息の後、諦めたようにうだうだと制服を脱いで、ロッカーの黒い長袖Tシャツに着替える。
彼に似合うと言われて買ったそれに袖を通したとき、昼間の女性の格好がチラリとよぎった。
彼の好みそのままの露出が多めの服装。
買い物に出かけた先のショーウインドウに飾ってある似たような服に足を止めると、服と私と見比べて。
おまえには早いと笑われた事があったっけ。
そんな事をうじうじと考えながらエプロンを着けてお店に出ると、いつも通り大きな体で花に目を細める彼の姿。

「…おはようございます」
「おう、おはようー。……どした?何か暗いなーオイ。失恋でもしたかァ?」

ラッピングリボンの入った段ボール箱を持ったままドン、とぶつかってくる彼にムリヤリ笑顔を作ってみせる。

「イヤだなー、無いですって。ちょっと昨日寝不足で…」
「へーぇ、勉強……なワケないしな。好きな男のことでも考えてたんだろ」

どうして今日に限ってそういうことばっかり言うんだろう。
自分が綺麗な女の人とデートして気分が良いからか?
付き合っている訳でもないただの後輩がとやかく言えることではないけれど、傷口に塩を塗るような言葉を受け、返事についトゲが出る。

「先輩こそバカに機嫌がいいんですね。好きな人の事でも考えてるんですか?」
「……はァ〜…まーな、なんつーかこう…自覚したっつーか」
「……自覚?」
「そうそう、今までそうじゃねぇかなーって思ってたんだけど、今日やっぱなーって事があって。心中複雑なんだけっどもやっぱ会えたら嬉しいし」

照れた声でそう言った彼が大きな手でぽんぽんと頭を撫でた。
そりゃ私は子供に見えるでしょうよ、あんな大人っぽい人に比べたら。
いつもは嬉しい彼の甘い仕草も、今日の彼女には憂鬱以外の何者でもなかった。

「…………そういえば先輩、今日香水のいい匂いしますね」
「お?…ウソ何か匂う?ア、アロマブーケ作ったからじゃねェ!?」

昼間女性と組んでいた左の袖に鼻を押し当てて慌てる彼。
彼女は気づかれない様にため息を吐いて、仕事に取り掛かった。





そもそも事の発端は、真咲が親友に持ち掛けた相談だった。

”二人で出かけた時に、手と言わず顔と言わず色んな所を触って遊ぶ後輩がいて。
女の子という生き物はそういうモンなのか、それとも何か意図があってやっているのかが分からない”

「あ〜いるなぁ、くっつくのが好きな女って。俺はウゼーとしか思わないけど」

女性との付き合いが派手な親友に聞くと、ポテトをつまみながらウンザリしたようにため息を吐いた。

「けど、意図があってやってるにしろただのスキンシップ好きにしろ、されたお前はどう思うんだよ?」
「なんてーかこう…ちっちゃくて可愛くて悪い気はしない。むしろドキドキ?ワクワク?」
「なんだそりゃ?惚れてんの?」
「ん〜…微妙だよな〜。普通女と手つないだらドキドキもするんじゃねーの?そうなのか、どうなのか分かんねー」
「向こうがどう思ってるかより先に、お前がその子のことを好きなのかハッキリさせねーと話進まないじゃん。他の女に触られてみたら違いが分かるんじゃね?紹介すっから俺の知ってるくっつき女と飯でも食いに行ってみれば?」
「…………オレはお前が女たらしのナンパ野郎なことに今初めて感謝したぞ」
「…………A定の食券三枚な?」

それで、公園通りの雑誌に載っているような店に昼飯に行って。
その”くっつき女”は櫻井の紹介だけあって、確かにかなりの美人。
長い足を組んで、細い煙草を吸って。
そして彼女と同じように腕を絡ませたり、運転中に膝に手を置いたり。
でも抱く自分の感情は彼女にされた時と全く違った。
ドキドキというより、イライラする。
彼女にするように頭を撫でたいとも思わないし、頬をつつきたいとも思わない。
二時間ほど一緒に居たけれど、待ち合わせから三十分で帰りたい気分になっていたのだった。



「おい真咲、昨日どうだったんだよ?」
「あー…あれな。……うん、ダメだわやっぱ。笑うのに苦労した」
「そっか。んじゃ腹キマったろ。好きだって言っちゃえばいいじゃん?」
「ハァァ〜……簡単に言うなよ、後輩でコーコーセイだぞ?17だぞ?」

真咲が派手なため息を吐きながら食券を三枚差し出した。
相談相手の親友はそれがどうしたと言わんばかりに首を傾げて、渡された食券の枚数と種類を確かめる。

「はい毎度♪…高校生だからなんだよ、たった三つしか違わないじゃん。三十違ったらヤベーけど」
「十代の三歳差はかなりデカいんだよ…」

そんな事ばっか気にしてるとハゲるぞ、と親友は真咲の頭を小突いて、貰った食券を二枚おばちゃんに差し出した。

 

◇     ◇     ◇

 

講義が終わった人もまばらな教室で、机に突っ伏した彼の前の席に親友がどっかりと腰を下ろした。
あの実験から二ヶ月。
真咲が”可愛い後輩で17のコーコーセイ”に告白した様子はない。
そんなに悩むより言ってしまった方がいいと、何度忠告してもうだうだと逃げを打つ。
ダメだったら手を変えて期間を置いてもう一度告白すればいいだけの話だ。
そう言っても、それはお前が櫻井だからだ、などという訳の分からない返事が返ってくる。

「何だ、今度こそフラれたか?」
「…………触られなくなった……」
「へえ?」
「何度か誘って、出掛けたんだけど…一切オレに触らなくなった。最初は気のせいかとも思ったけど…車の中でも歩いているときも、バイトでも、全然」
「それ以外は普通なのか?」
「……ちょっと、元気がないような…時々ぼーっとしてるような気が」
「………そりゃお前、盗られちゃったんじゃねーの?他の男に」
「言うな!みなまで言うな!!頼むから!」

頭を抱える真咲の前に、親友が呆れ顔で缶コーヒーを置いた。

「おまえさぁー、年の差とか後輩だからとか言って逃げてっけど、フラれるのが怖いだけじゃん?その優月チャンがお前をどう思ってるにしろ、お前の気持ちはハッキリしてんだからさ。好きだったらちゃんと言えよ。男だろ?」
「……それを二ヶ月前のオレに言ってくれ…」
「言ったって!馬鹿だなお前、人生今より早い時なんてねーんだよ」
「……今より気まずくなったら立ち直れねー」
「絶対に後悔するぞ、知らねーからな」

そう言って親友は席を蹴った。