MANA's ROOM〜トップへ戻る
Total    Today    Yesterday   拍手メールサイトマップ
更新記録リンク掲示板日記
ときメモGS別館 アンジェ・遙時別館 ジブリ別館 ごちゃまぜ別館
 
 

あたらしいおはなし

「おまえはよかったのか、これで」

風の音に消されそうな声がそう問うのが聞こえて、あひるは自分を抱いている男を見上げた。
彼は表情を読まれたくないかのように二人が去った彼方へ顔を背けていたが、彼女には彼の考えが分かっていたので、それについては何も言わなかった。
ただ一言。

『うん』

があ、と間抜けな鳴き声にかぶさるように聞こえた迷いのない答えに、彼はふと彼女を見下ろして。
いつか見たような笑みを浮かべると、ゆっくりと頷いた。

「……おまえは強い、な」
『?どういう意味?』
「望みがなんでも叶う物語の中でも、おまえは自分のためには何も望まなかった。身と心を犠牲にして、他人を守ってきた。
 そういうところ、昔の王子に似てる気がする」
『昔のみゅうとに?』
「ああ。俺が見つけて、俺が守ってきた王子。本当は俺を守ってくれた王子に」

塔の入口をくぐって階段を下り始めると、腕の中のあひるがばたばたと羽をはばたかせて、嬉しそうに言った。

『ふぁきあが私を誉めるとは思わなかったよ』
「ば、馬鹿!誰も誉めてない!」
『え〜、今のって誉めたんじゃないの?』
「違う!俺はただ……」

頬に朱を差しながら、胸をよじ登ってくるあひるの頭をぐい、と押さえつけ、彼は壊れた書記台に目をやった。

「……俺はただ、おまえが求めなかった望みを叶えたいだけだ」
『え?』
「おまえを王子のために女の子にすることはできない。王子と幸せにすることもできない。
 だが、おまえをただの女の子にすることはできる」
『!?』

押さえつけた指の間からグワ、と絞め殺されそうな声が上がったので、慌てて頭から手を離す。
そんなことができるの?と瞳で問う彼女に、彼はいつもの不遜な笑みを口元に掃いた。

「俺を誰だと思っている?」









って、言ったよね、ふぁきあ!!』

があがあグワグワと派手に鳴き続ける彼女に、ふぁきあは「うるさい、騒ぐな」と呟いて顔を顰めた。

『騒ぎもするよ!あんなに偉そうなこと言ってたじゃない!』
「だから、こうやって書いたんだろうが」
『書いてくれたのはいいよ!でもなんでまた条件ありなの!?』
「仕方ないだろう。俺はまだ、こんな荒唐無稽な物語を現実にできるほど慣れてない。
 これだってあいつに言われて半信半疑で書いたんだ」
『だからって……!しかもなに、何なのよこの条件!』
「し、仕方ないだろう!物語では元来、眠っている姫を起こすのは王子と決まっている。
 だが王子が無理ならあとは騎士しかいないと、あおとあが言ったんだ。俺じゃない!」
『信じられない!ふぁきあ、こんなの自分で書いて恥ずかしくないの!?』
「なんだと!?おまえが早く早くと騒ぐからあおとあに頭まで下げてやったんだぞ、そっちの方がよっぽど屈辱だ!」
『だからって、き、きききキスってどういうことよ!!!』

黄色い羽根がオレンジに見えるほど顔を赤くして、あひるは尚もがあがあと騒ぎ立てる。
その言葉に一瞬ひるんだ彼は、覚悟していた頬の赤みを隠すように眉間に皺を寄せると、フンと鼻で笑って紙の束を取り上げた。

「俺が知るか、書いた中で唯一現実になったのがこれだったんだ。
 これより現実味のある物語があるならいつでも書き直してやる。それが無理なら俺に頭を下げるんだな、あひる姫」
『ふぁきあの馬鹿ーーー!!』

テーブルの上でばたばたと右往左往するあひるを残して、彼は顔の下半分を掌で隠しながら部屋を出た。

 

つづく…?

あとがき