その日、ウィリーはまったくツイていませんでした。
夜更かしがたたって朝食に遅れ、シャーリーに注意されましたし、そのことをウンパルンパにからかわれました。
カッとして嫌味をいいかけるとまたシャーリーに怒られ、すねて黙り込んで食べた食事がおいしいはずがありません。
食事のあと、学校へ行く身支度をしながら彼女は何か言いたげでしたが、新聞を読んでいるふりをしていたら、いってきます、と言っただけで出て行ってしまいました。
仕方がないので仕事に取りかかりましたが、シャーリーがウンパルンパの肩をもったのが気に入らなくて(本当は、食事は静かに食べましょう、と言われただけですが)いいアイデアがひらめくどころかどんどん気分が沈んでいきます。
「…どうして僕があんな風に言われなくちゃいけないんだ。みんなおかしいよ、僕の大切さを忘れてしまってる!」
発明室で、ウィリーは爪を噛んで言いました。
聞く者はだれもいません。彼の機嫌が悪いので、ウンパルンパ達が近づかないのです。
止める者がいないまま、ウィリーの考えは一人歩きしていきます。
「僕がいなくなれば……そうだ、そうすればみんな僕の大切さを思い出すに違いない。シャーリーもきっと僕の事をいちばんに考えてくれるようになるよ!…素晴らしい、なんていい考えだ」
ウィリーは今日初めて、はれやかな気分になって計画を練りはじめました。
計画といっても、何のことはない、どこに隠れるか考えるだけです。
工場内で、シャーリーはもちろんウンパルンパも探せない所はどこだろう、と彼は首をひねりました。
ここでは簡単に見つけられてしまいます。
学校から帰って牛や羊の様子を見るのは彼女の日課なので、動物小屋もだめです。
ダストシュート、と考えてから、彼は嫌そうに顔をしかめました。
金の力をカサに着た、嫌味で鼻持ちならない父娘の事を思い出したからです。
できれば居心地が良くて、ウンパルンパが仕事をしていない場所があるでしょうか?
「…………………あ!」
ありました、あそこなら快適に隠れることができます。
ふわふわのドレスがつまったシャーリーのクローゼット!
部屋の掃除くらい自分でするから、とピンク・ウンパルンパ(シャーリーの世話専用の3人です)に言ったのを確かに聞きましたし、まさか自室のクローゼットにいるなんて思いもよらないに違いありません。
学校から帰ってきた彼女は、ただいまを言うために自分を捜し回るでしょう。
いないことが分かると、きっと今朝の事を反省して自分をいちばん大切に思ってくれるはずです。
頃合いを見計らってクローゼットから出て、特別なプレゼントを渡せば、全てが上手くいくのです。
ウィリーはこの思いつきにとても満足そうにほくそえみ、さっそく準備に取りかかりました。
まず、チョコレートの花束を作ります。
スミレ、バラ、ラベンダーなどの色と香りを付けたホワイトチョコレートの花達を、紙のようにうすくした飴細工でリボン結びにして、壊れないように箱に入れてきれいに包みました。
それからそっと自分の部屋に戻り、いちばんお気に入りの服に着替えます(これは、プレゼントを渡した時に誰よりすてきに見えるようにするためです)
新しい白の手袋もおろしました(プレゼントが何よりすてきに見えるように、です)
髪をととのえて、シルクハットをかぶり直し、鏡の前で微笑んで言います。
「……分かればいいんだよ、シャーリー。君のために作ったチョコレートをどうぞ?」
それからシルクハットを取って、最敬礼をします。
何度か角度を変えて、いちばんきれいに見える位置を確かめて。
「……完璧だ。君は最高の紳士だよ!」
ウィリーは、鏡の中の自分にそう言って、フロックコートの裾を気取ってはたき、部屋を出ました。
◇ ◇ ◇
「………んん?」
どのくらい時間が経ったのでしょう。
ウィリーは真っ暗なクローゼットの中で目が覚めました。
ゆうべ夜更かししたので、シャーリーを待っている間に居眠りをしてしまったらしいのです。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくてびっくりしましたが、すぐに何もかも思い出しました。
もう日は暮れているようです。
ワクワクしながらウェルカム・ソングを鳴らそうとした時、ドアの向こうから小さな震える声が聞こえました。
「…………?」
声の主はシャーリーのようです。
震える声が時々途切れます。
いやな予感が背中を駆け上がりました。
「シャ、シャーリー!?」
バタン!と開いたクローゼットから飛び出してきた人影に、ベッドに跪いていた彼女が振り返ったまま固まりました。
そしてウィリーの顔を、目を皿のようにして見て、ひくっ、とのどを鳴らしたかと思うと…
「……ふ……ふああああん!!」
…と泣き出したのです。
「!?!?」
心臓が飛び出るかと思うほどビックリしたウィリーは、何事かとシャーリーに駆け寄ろうとしました。
その時、シャーリーが大きな声で言いました。
「ウィリーなんか、きらい!だいきらい!」
その言葉に彼は、頭をレンガで殴られたような衝撃を受けて立ちつくしました。
彼女の為の特別なプレゼントが、床にがたんと落ちました。
どうして、と言いかけて彼は気付きます。
大きな窓から差し込んでくる、蒼白い月明かりだけの部屋。
制服のままの少女。
ベッドの上には、自分の部屋に脱ぎ散らかした手袋が聖書の上に置いてあります。
それは古くから伝わる祈りの儀式でした。
大切な人が身につけていた物を聖書の上に置いて、その人の無事を祈るのです。
自分が愚かな考えをおこしたばっかりに、ちいさなシャーリーはどれほど心を痛めたでしょう。
自分を探して広い工場の中を歩き回り、どこにもいなかった時、どんなに心細かったでしょう。
自分が寝ている間に、自分の無事をどのくらい祈り続けたのでしょう。
彼女の頬を大粒の涙があとからあとから伝います。
「……ごめん、ごめんよシャーリー…僕、ただ驚かそうとして……」
おそるおそる近づいて小さな体に手を伸ばすと、シャーリーが力いっぱいしがみついてきます。
こんなはずではありませんでした。
いちばん大切に思って欲しかったけれど、彼女をこんなに泣かせるくらいならウンパルンパの次でも牛の次でも良かったのです。
彼女は学校に行くとき、何か言いたそうにしていました。
聞かなかったのは自分です。
寝坊をして朝食に遅れたのも、ウンパルンパとやりあってたしなめられたのも、彼女のせいではありません。
なのに、いってきます、の小さな声に返事もしませんでした。
そんな自分のために、月が真上に来るような時間まで、着替えもせずご飯も食べずに彼女は祈っていたのです。
苦しくて息が止まりそうでした。
「……僕が悪かった。どこにも行かないから…泣かないで。」
やっとのことでそう言うと、シャーリーも少しだけ泣きやんでくれました。
「その、驚かそうと思って隠れてたんだ。…そしたらいつの間にか眠っちゃってて…本当にごめんよ、シャーリー。」
もういい、と懐で小さな声がしました。
くすん、とひとつしゃくり上げて、彼女が自分を見上げます。
「あ、あのね!君に特別なお菓子を作った……んだけど、壊れちゃったかも知れない…」
さっき落とした箱を拾っておそるおそる開けると、やっぱり飴細工のリボンがこなごなです。
「ごめんね…明日、また作るから!」
慌てて蓋を閉じようとすると、彼女がぷるぷると首を振りました。
「これが欲しい。」
そう言って、チョコの花びらをぱく、と口に入れました。
「……おいしいから、きらいっていったの取り消す。ありがと、ウィリー。」
そうして微笑んでくれた時、彼は自分がショコラティエであった事にどれほど感謝したでしょう。
これからも特別で最高のお菓子を、毎日作れるのです。
そう、彼女の為だけに。
END. |