北欧の冬は寒くてきびしいです。
でも、シャーリーのチョコレート工場はいつもどおりの朝を迎えました。
「おはよう、シャーリー!今日は雪がものすごく降ってるよ。エキサイティングだね!」
『ごあいさつには何か付け加えた方がいいのよ。お天気の話とかね』というシャーリーの言いつけをウィリーはかかさず守ります。
「おはようウィリー。…本当にすごい雪ね、工場やみんなは大丈夫かしら?」
シャーリーが心配そうに窓の外をながめると、彼は自信たっぷりに言いました。
「大丈夫さ!僕の工場は温度も湿度も常に一定に保たれているからね。それより、これ見てよ!」
後ろ手に持っていた魔法の杖がくるくると弧をえがいて彼の左手におさまりました。
高々とかかげられたそれはいつもと少し違うようです。
「どう?杖をスノーマン仕様にしてみたんだ。しかもここを押すと……」
先のスノーマンがぱかっと割れて、中からウォンカ人形とシャーリー人形が手を取り合って出てきました。
ウェルカム・ソングのメロディにのって踊ります。
「ねっ?すごいだろ?苦労して改造したんだよ、朝一番にシャーリーに見せたかったから徹夜で頑張ったんだ。」
「そう、ありがと。可愛いわ。」
「気に入った!?」
「ええ、気に入ったわ。ところでウィリー、昨日の夕飯の時、私が何て言ったか覚えてる?」
「勿論さ!寝る前にお部屋の片づけをしなきゃ駄目よ…って………」
にっこり笑ったシャーリーの前で、彼の高らかに上げられた左手がゆっくりしずかに降ろされます。
彼の視線が床とシャーリーの笑顔とをいったりきたり。
「…………こほん…あ!そうだ!僕、朝御飯の前に行っとかなきゃ、その……そう!図書室に。調べ物があるんだ。ちょっと時間がかかるかも知れないから、先に食べてて?僕と一緒じゃなくて悲しいだろうけど。」
「まぁ、そうなの?あなたと食べられないのは残念だわ。私も手伝いましょうか?」
「いや、いいんだ!集中したいからお茶も遠慮するよ、じゃあね!」
バタバタとウィリーが部屋から出ていったあと、シャーリーはひさしぶりに静かな時間をたのしみました。
◇ ◇ ◇
お昼過ぎ、シャーリーは編み物の手を休めて窓の外をながめました。
雪はどんどんひどくなり、すぐ外にある大きなえんとつも見えません。
それにしても静かです。
細くひびく風の音がはっきり聞こえます。
「………あれ?」
シャーリーはおかしなことに気が付きました。
24時間休みなく稼動しているはずの工場の音がまったく聞こえないのです。
少し寒いような気もします。
「シャーリー!シャーリー!!大変だ、工場が止まってる!!滝がもう固まりかけてるよ!」
行った時と同じようにバタバタとウィリーが部屋に駆け込んできました。
「大変!雪の重みで電線が切れて停電したんだわ!」
シャーリーも青ざめて立ち上がります。
ウンパルンパ達はジャングル出身で、寒いのは苦手なのです。
ウィリーがシャーリーにいいところを見せようと胸を張りました。
「だ、大丈夫だよ。こんなこともあろうかと、自家発電設備が備わってる。チョコレート・セーヌ・リバーにある水車でチョコ力発電だ!」
「チョコレートは寒さで固まってしまって流れないわ!」
「……あ、そうか…もうひとつある!ウンパルンパ達が“超よく回るローラー滑り台”を滑ることによって……」
シャーリー付きのピンクのウンパルンパ達が、ぷるぷる震えながらシャーリーの足元にひっついています。
シャーリーがため息をつきました。
「ダメみたいね……とにかく工場を見に行きましょう。」
川が固まりかけているのでドラゴンボートは使えません。
もちろん、エレベーターも使えません。
シャーリーとウィリーは工場の中を走りまわります。
「リスと羊には毛皮があるし、牛は寒さに強いから小屋に入れておけば大丈夫ね。問題はやっぱりウンパルンパ達だわ…」
たくさんある部屋をひとつひとつまわって彼等をあつめます。
ぷるぷる震えながら不安げに見上げるウンパルンパ達に、シャーリーはにっこり笑いました。
「心配ないわ、大丈夫。」
カウンセラーも事務のドリスも人形病院の看護士達も、色んな所で仕事をしている彼等をすっかりあつめ終わって一同は部屋に戻りました。
さてどうしようか、とシャーリーが思案していると、ウィリーが急に大声を出しました。
「そうだ!そうだそうだ!!魔法の杖があるんじゃないか!?フッ…僕としたことがちょっと焦ってしまったよ。……こほん…あったかくなれー!」
杖の先から魔法の初歩のちいさな火の玉が出ました。
「…あれ?おかしいな…あったかくなれ!…何で!?あったかくなーれー!!」
スノーマンがぱかっと開いてウェルカム・ソングが鳴り出しました。
改造したのが悪かったのでしょうか、部屋はちっとも暖まりません。
ウィリーは足が震えてきました。
どうしたらいいのか、まったく見当もつかないのです。
でもちいさなシャーリーを守れるのは自分だけだ、と勇気をふるい起こして力強く言いました。
「だっ…大丈夫だよシャーリー、僕がついてる!…絶対に何とかするから……」
けれど本当は、シャーリーには何でもないことでした。
工場にくる前、薪も食べ物もまともな毛布さえない、なんてことは日常茶飯事だったのです。
どうすればいいのかは、ちゃんと分かっていました。
「ええ、すごく頼りにしてるわウィリー。とりあえず何か食べましょう。調べ物をしていて朝ご飯もお昼も食べてないでしょう?」
「どうやって?だってランチ・スロットも動かないよ!?」
シャーリーは引き出しからあかいマフラーを取り出してウィリーの首に巻きました。
“W”のイニシャル入りの手編みのマフラーです。
「これ、僕の!?」
「そう。ウィリーと雪遊びをしようと思って編んだの。これで寒くないから、キッチンに行ってきてくれる?」
「キッチン?」
「ええ、スロットは動かなくても材料が中に入ってるわ。フライパンとたまごとミルクとバターがいるの。それとお茶のポットもね。」
「分かった、行ってくるよ!まかせて!」
ウィリーが走って出ていくと、シャーリーはベッドにウンパルンパ達を入れてありったけの毛布でくるみました。
「いい子ね、大丈夫だからね。」
シャーリーのやさしい声に、ウンパルンパ達もやっと安心したように頬をゆるめました。
やがて材料を抱えて戻ったウィリーの改造版魔法の杖は、ちょうどコンロの火くらいの火の玉を出してくれました。
これでパンケーキとあたたかいお茶が作れます。
みんなでパンケーキを食べ、お茶を飲んで、お腹いっぱいでベッドに入りました。
「くっついてればこんなにあったかいなんて知らなかったよ。」
びっくりしたように言う彼にシャーリーがやさしく笑います。
『家族だからね』
ウィリーは、冬が始まって初めての大雪の日は、パンケーキを食べて雪遊びをする”遭難記念日”にしようと考えながら目を閉じました。
次の日の朝、停電がなおって工場が動き出すまで、みんなはとてもあたたかく、幸せに眠ったのでした。
END. |