ふと目をさますと、日当たりのいいその部屋には朝の光があふれていました。
やわらかなまどろみが、彼女をここちよく包みます。
今日はまず、なにをすることになっていたでしょうか。チョコレートの滝のかくはん具合を味見?それとも、ちらかり放題の発明室のおそうじ?
ウンパルンパたちとの打合せも、大切なおしごとです。
今日一日のやるべきことを心のなかで数えながら、シャーリーはうすく瞳をあけました。
すると、突然
ぱーっぱらぱぱっぱっぱっぱーぱぱー!
枕元におかれてあったちいさな人形たちが、けたたましい音楽を奏ではじめました。
「……………。」
シャーリーはため息をついて、ふかふかの大きなベッドからゆっくりと体を起こしました。
その間にも、人形たちはつぎつぎと聞きなれた歌をうたいます。天才ショコラティエをたたえ、もてはやし、その手腕を応援する歌です。
ただひとつ、それを最初につくったときと違うのは、シャーリーをたたえる言葉が入ったことでした。でも、そのことも、シャーリーの気分を浮き立たせはしませんでした。
最後にまんなかの人形が高らかに主の登場を告げると、ばーんとおおきな音をたてて、ドアが開かれました。
「シャーリー!おっはよーう!」
朝とは思えないテンションで叫びながら駆け込んできた彼は、勢いあまって彼女のベッドにつっこみました。
毎朝のことなので、シャーリーも慣れたものです。そのあたりに積み上げておいたたくさんのクッションが、彼の勢いをやわらげます。
むしろそれを楽しむように、ぼよんとベッドから跳ねおきると、彼はシルクハットを取ってもったいぶったお辞儀をしました。
「本当にいい朝だ、まさにチョコレート日和だね!」
「……おはよう、ウィリー」
なんとか笑顔を浮かべてシャーリーが答えると、彼、ウィリー・ウォンカはますますうれしそうに笑いました。
シャーリーは気づかれないようにまたため息をついて、そばで小さくうごめきつづける人形のスイッチを切りました。
「今日はちゃんと動いたみたいだね?よかった、こいつらはなぜかよく壊れるんだ」
満足そうな彼は、シャーリーが何度か人形を止めてしまったことをしりません。
シャーリーもその歌や人形がきらいなわけではないのですが、毎朝毎朝おきたとたんにおなじ歌を聞かされつづければ、やっぱりすこしはいやになります。
しかも、歌のいちばん最後の歌詞はなんとなく聞きとれません。それが気になってしかたないのです。
でも、その歌はウィリーが作詞作曲したばかりかボーカルまでやっているので、『滑舌が悪いから聞きとれないんだけど、なんて言ってるの?』なんてとても訊けませんでした。
そんなことをしたら、ウィリー・ウォンカは自信を失ってうなだれて、ウンパルンパの主治医のもとへかけこんでしまうからです。そうすれば、工場はすくなくとも一週間は閉鎖です。
今朝もなんとかそれを訊きたい衝動をおさえて、シャーリーはサイドテーブルのめざまし時計をとめました。(これは、彼女がここにきてから、いちども使われたことはありません)
すると、どこからかウンパルンパたちがあらわれて、シャーリーのための朝ごはんをひろげはじめました。
「あっ!」
ウィリーはそれを見つけると、口をへの字に曲げて、眉間にしわをよせました。
シャーリーのほうはにっこりと笑い、彼らにお礼を言っています。
思わずなにか問いつめかけたウィリーは、寸前で考えなおすと、シルクハットの角度を直しながらなにげなく話しかけました。
「こほん、えー、シャーリー?」
「なあに?」
「確か、シャーリーが起きるまで、この部屋には入っちゃいけないんだったよね?」
どこから入ったのかはわかりませんが、ウンパルンパたちはあきらかにシャーリーが寝ているときから準備をしています。
それをいいつけて、怒られてしまえとほくそえんだ彼の思惑は、みごとにはずれました。
「うん、でも……」
「でも?」
「この子たちは、別にいいよ」
「どうして!?」
ウィリーはたちまち余裕をなくして、シャーリーにつめよりました。
「なんでなんで、なんで彼らはいいの!?そんなのずるいよ!
じゃあさ、入っちゃいけないのは僕だけってこと!?だってこの工場には、僕と君と彼らしかいないんだしさあ!」
声を荒げながらくるくると魔法の杖をふりまわす仕草に、ウンパルンパたちは怯えてシャーリーの後ろに隠れました。
彼が、シャーリーのことになると見境なくやつあたりをすることをしっているのです。砂糖細工のくまに変えられて、あやうく出荷寸前までいった仲間のことを、彼らはけっして忘れません。
シャーリーは、肩や背中にくっついてくる小人をかばうように撫でながら、首を傾げました。
「だって、ウィリーはわたしが寝ててもかまわず騒ぐじゃない。わたし、寝不足になっちゃうわ」
「でも……!」
「それに、レディの寝顔を見るなんて紳士じゃないわ。ウィリーはそんなこと、しないわよね?」
「そうだけど……!」
もぐもぐと必死で反論しようとする彼に、シャーリーはまたため息をつきました。
ずるい、と言われれば、そうなのかもしれません。けれど、ひらめきが湧くままに昼も夜もない不良おとなの彼は、ちいさなシャーリーの安眠を考えてはくれないのです。
いえ、もちろんシャーリーがお願いすればそのとおりにするのですが、それでも『シャーリーもこの素晴らしいアイデアを見たいと思って!』と起こされれば、彼女も見にいかないわけにはいきません。
だから、シャーリーが眠ってから起きるまで、シャーリーの部屋は立入禁止なのです。
それに、ウィリー・ウォンカには、実はそんなわがままをいう資格はないのでした。
なぜなら、こっそり約束を破って魔法で部屋をのぞいて、彼女が起きるのを待っているからです。
毎日、シャーリーが起きたとたんに騒ぎ出す人形でもそれはわかりますし、
そもそもシャーリーがこの工場にきたばかりの頃、急に熱を出した彼女の瞳がひらくのを、ウィリー・ウォンカは街中の医者をドアの外に集めて待っていたのでした。
それもこれも、シャーリーにかまってほしいせいなのはわかっていましたので、彼女はそっと気づかないふりをしていたのです。
それを知らない彼は、ぶつぶつと言葉にならない文句を言いながら、不機嫌そうに彼女にまつわりつく小人たちをにらみました。
「ふん。僕は、こんな契約を交わした覚えはないね。無駄なことをせず、さっさと仕事をしたらどうなんだ」
そう毒づくと、ウンパルンパはシャーリーの保護があるのをいいことに、彼をばかにする歌をうたいはじめました。
おさらやスプーンを持ってくるくるとまわりながら、ウィリーは文句ばかり、ウィリーはひねくれ者、とうたっています。(シャーリーがいないと仕事をしないのは、今やウンパルンパたちも同じでしたから、その点についての追求はありませんでした)
最後に彼らが『ウィリーは気をつけよう、いつかシャーリーに愛想を尽かされる、甘えてねだればいつも許されると思ったら大 間違 い♪』と見事なハーモニーでしめくくると、ウィリーは顔をまっかにしてぶるぶると手をふるわせました。
シャーリーはぱちぱちと拍手をし、ウンパルンパたちはていねいにお辞儀をしています。
「っっふ、ふゆ、不愉快だ!」
怒りのあまりつっかえながら、ウィリー・ウォンカは叫びました。
「こんな、人を馬鹿にするような奴らを、君はこの僕よりも大事にするっていうんだね!
僕のこと、かわいそうだとは思わないの!?」
自分だって他人をからかうのが大好きなくせに、こんなときだけ同情をひく彼に、シャーリーはまたため息をつきたくなりました。
けれど、これ以上怒らせるのは、確かによいことではありません。そろそろ、癇癪をおこして出て行ってしまう頃です。
そうすると後々めんどうなことになってしまうので、シャーリーはきれいに重ね直されたおさらを取りあげながら、ちいさく肩をすくめました。
「わかった。じゃあ、ウィリーも入っていいことにする」
「え、ほんと?」
今まで怒っていたのをわすれてしまったように、ウィリーは嬉々としてシャーリーに近づき、自分のぶんのおさらを受け取りました。
「そのかわり、わたしが眠ってるときは起こさないって約束して?」
「うんうん、するする」
「それと、あのお人形もやめましょう。いつでも入っていいんだから、入場の音楽はいらないでしょう?」
「うんうん、そうだね」
「もしわたしが時間になっても起きなかったら、ウィリーが起こしてくれればいいわ。ただし、静かによ」
めだまやきとソーセージを取りわけながらそう言うと、ウィリーは目をまたたかせて、すこし困ったように聞き返しました。
「起こす、って……どうやって?」
歌がだめなら、演奏もだめだろうし。いきなり水をかけるのはよくないよね?
呟く言葉に寒気をおぼえながら、シャーリーは彼のコップと小人たちのミルクピッチャーにミルクをそそぎました。
そして、おぎょうぎよく椅子にすわるウィリーを見て、ちいさく微笑んでこう言ったのです。
「家族を起こす方法は、やさしいキスって決まってるわ」
END. |