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    陰陽    

 

少し埃っぽい空気を大きく吸い込んで、咲弥はぐるりと周りを見渡した。
部屋はかなり薄暗い。所々にある書記台にはランプや蝋燭があるけれど、その他はようやく文字が読める程度の明るさに抑えられている。
あまり照明が発達していないこの世界において、昼間の主な光源は窓から差し込む日光だ。けれどもこの部屋では、それは棚に直接当たらないよう配慮されていて、ゴンドールの歴史と見識の深さが窺い知れた。
計算され尽くした、光と影の美しいコントラスト。

「まあそりゃ、当然か。こんだけでけー書庫があればなあ」

呟いて、またぐるりと視線を回す。
この世界に降り立ったとき、果てしなく続いている緑の野に目が眩んだが、ここもある意味で目眩が起きそうな場所だった。
これはもう、書庫というより図書館と言った方がいい。それも国立規模の図書館だ。いったいどのくらいあるのか見当もつかないほどの蔵書や巻物が、天井まである書棚にぎっしりと詰められている。
この中からたった一つの記録を捜し出したという魔法使の苦労を思いやって、咲弥は小さく合掌した。
これでは確かに、サルマンに見つけられなかったものをガンダルフが見つけてもおかしくない。というか、もし自分がやるとしたら、この時ばかりはサルマンの判断おそらく途中で諦めたのだろうを選択したい。
特に、未整理の書類や本がごちゃごちゃと放り込まれている区画には、暇つぶしでも踏み込みたくなかった。

「しかもこれ、全部手書きなんだよなあ。日本人じゃなくても、人間ってほんとマメな種族のような気がしてきたぞ」
「……どうかしましたか?そんな難しい顔をして」

腕を組んで考え込んでいると、目前の棚から声がして、一人の男がひょいと顔を出した。
厚い本を数冊脇に抱え、更にペンとインクまで持った彼に、あわてて手を差し出す。
不安定な本を抜き取られ息をついてから、ファラミアは小さく頭を下げた。

「ありがとう。少し欲張りすぎました」
「うん。今、人間の根気良さに感動してたとこ」
「根気…?」
「これだけの本を手で書くとかすごいなーって。別にひとりで書いたわけじゃないだろうけど」
「そうですね。ほとんどは継承されたもので、当世に書かれたものはそれほど多くありません」
「だよなあ。高邁で勤勉なる先人たちに敬服」

少し戯けて手を胸に当てると、ファラミアは嬉しそうな顔をして頷いた。

「ええ、これらは全てゴンドールの宝です。……サクヤの世界では、本は手で書かれないのですか?」
「んー?まあ手でも書くけど、大抵は印刷だなー。同じものをたくさん機械で量産するの」
「それは便利ですね。書き換え作業も要りませんし」
「だろ?……え、書き換え?」
「はい。本に使われている紙は光や湿度で変質してしまいますから、傷んで読めなくなる前に書き直すんですよ」
「書き直すって…………手で?」

当たり前だと思いつつも、聞かずにいられなかった。
紙が痛むのに何年かかるか何十年かかるか知らないが、この蔵書の数からしてそうそうないことだとは言えない。
どうも先ほどの『当世に書かれたものは多くない』というのは元の本のことで、保存するための書き換え作業は日常行われているらしかった。

「ええ、そうです。変ですか?」

余りにも咲弥が驚くので、ファラミアは小首を傾げて笑う。
脳内で姫の笑顔ゲット帳に◎をつけてから、咲弥も笑って首を振った。

「や、変ってことはないけど……昔は俺らの世界でもやってたんだろうし。でもやっぱすげーわ。
 そんなハンパじゃない労力をかけてでも後世に残そうとしてるってことだろ?感謝してありがたーく使わせてもらう」
「そう言っていただくと、司書たちも報われます」

咲弥を奥の部屋へ案内しながら、ファラミアは手に持った百科辞典並の大きさの本を抱え直した。

「この国では、サクヤのような考え方の方が珍しいのですよ」
「へ?そうなの?」
「はい。我らゴンドール人は昔、エルフから多くの叡智を授けられ記録しましたが、やはり人の意識は変化します。
 今では、ここを使用するのは学者や文官など職業による者が多く、一般的にあまり重要視されていません」
「へえ、もったいない。もし国会図書館が近くにあったら、俺なら利用しない手はねえと思うけどなー」
「現在のゴンドールでは、書物に依るよりも賢人や識者に教えを請うた方が正しい答えが得られると考えられています。
 それは確かに有益な方法ですが……」
「でも、何が正しいかなんて人によって違うだろ。教えは生きてる人にしか聞けないんだし、ここにいる人にしか聞けない。
 なるべく多くの意見を聞こうと思ったら、識者が何人いたってこの本の山には敵わねーんじゃねえの?」
「……ええ」
「それに、まず自分で調べろってのは常識だよな。教えて君は見苦しいし、下手すりゃ肝心なとこをはぐらかされるぜ」
「ええ、私もそう思います。あなたはミスランディアをよく知っているのですか?」
「ハ?」

突然脈絡もないことを訊かれて、咲弥はきょとんと彼を見返す。
歩哨に合図をして小さな扉を開けさせながら、ファラミアはおかしそうに瞳を光らせた。

「あなたの言葉は、まるであの方のようです。ミスランディアもそうして書物の大切さを説いていらっしゃいました」
「あ、ああ。そーゆーこと」
「努力せずに聞けば答えをはぐらかされてしまうところまで同じです。サクヤはあの方と親しいのですね」
「……はは」

相変わらず無邪気に聞いてくるファラミアに、思わず苦笑が漏れた。
前から思っていたけれど、自分が気をつけるべきは兄より弟なかもしれない。ボロミアはある意味自分と性質が似ていて、先読みはできなくても考えそうなことは思いつくのだが、ファラミアの方は何を言い出すかさっぱり読めない。
しかもボロミアよりも余程察しが良く学習性も順応性も高い、更にそれが無意識とあっては、迂闊な一言で多くを悟られてしまいそうだ。
しかし、そうは思っていても、どうしてもファラミアからの質問を無碍にはできない咲弥だった。

「そ、だな。親しいってことはないな、会ったことないし」
「本当に?」
「うん。やっぱり本に書いてあるのを読んだだけ。常に正しい忠告を与える賢者だって」
「そうですか。あなたの国でもそう思われているのは、とても嬉しいことです」
「ファラミアはミスランディア大好きだもんね。俺も好きだよ、あの人のがっつり突き抜けてるとこ!」
「突き抜け……?」

不思議そうな彼に笑顔を返して、咲弥は部屋の中の小さなテーブルに本を置いた。
ファラミアもそこに荷物を置き、二人して椅子に腰掛ける。



今日はファラミアの時間が空いたので、咲弥の勉強を見るために二人で城の書庫に来ていた。
古き南方の王国、数千年に渡り繁栄したゴンドールには、上古から連綿と受け継がれた書物や書簡がたくさんある。
少なくとも、部屋に一歩入った咲弥が呆然として『……美女と野獣にこんなシーンあったな……』と呟くほどには、その光景は衝撃を与えたようだった。

いくつかの本を選んだあと、学習するにはちょうどいいでしょうと連れてこられたそこは、書庫の奥にある小さな書斎。
警護がついているところを見ると、どうもここはファラミアもしくは執政家専用の閲覧室らしい。この世界の本はどれも大きくて重いから、書庫から自室まで本を持ち出すのは大変なのだろう。
自分が一緒でなくてもここを使えるよう歩哨に話してくれたファラミアに、咲弥は心からの感謝を込めて礼を言った。

「さって、と。よろしくお願いします、せんせい」
「はい、どうぞよろしく。ではこれを」

書き取り用の紙を広げてペンを持った咲弥は、提示されたぶ厚い本を覗き込む。
ほんのりと意味は分かる気がするが、朗読できるほどには読めない。なんとなく単語が拾えるだけ。
それでも、10年以上学んだ英語より遙かに上達が早いと自分でも分かる。必要にかられるということは本当に強いものだ。

「えーと。第三紀、の?20、50…年、エアル…王は……」
「エアルヌア王、ですね。ゴンドール33代目の、そして最後の王です。未だ行方不明になったままの」
「最後の?……あああ!これあれじゃね、執政マルディルが王の代理になった時の話じゃねえ!?」
「ええ。王が戻らず、適当な王位継承者もいませんでしたので、執政が代わりに国を治めるようになったのです」
「過去に起きた王位継承争いを反省して、この時は内紛を避けたんだよな。賢明な判断だ、うん」
「マルディルは、王の御座しました時もその後も賢政を行ったと伝承されていますから。サクヤの世界でもそうですか?」
「んー、多分。あんま細かい内容知らねーんだけど、マルディルの名前はよく覚えてるから同じだと思うよ?
 そうそう、マルディルの話聞いて、さすがファラミアに繋がる初代執政だなーって感動したんだ!」
「私に?……ふふ、あなたに期待していただくのは嬉しいですが、私が執政に就くことはありませんよ。
 ゴンドールの執政職は王と同じく世襲制ですし、それでなくてもボロミアは統治者の器ですから」
「あ、ああ、そうだっけ。でもほら、ファラミアはお父さんそっくりだし!きっといい執政になるのにね!」
「……私が?」

内心焦って言い繕った言葉に、彼は少しだけ表情を曇らせた。
彼と父親の確執を知らないわけではない。ファラミアがデネソールに疎まれていると思っていることも、デネソールがそれに相違ない態度を見せていることも知っている。こんな話を他の者が聞いたら、青褪めて咲弥の口を封じるだろう。
けれど、それが状況と誤解に基づくものだということも知っていたので、咲弥は別にこの話を避けようとは思わなかった。
それに、失言をごまかすためではあっても、言った言葉は嘘ではなかったから。

「とっつきやすさは正反対だけど、本質的にはすげー似てると思うよ?いいとこも悪いとこも」
「……どういうところが、ですか?」
「んー、なんというか。ゴンドールの国民が健やかに暮らせるようにって、ただそれしか考えてない感じなんだよね。
 めっさ職務に忠実というか、逆に言えば自分のこと考えてなさすぎっていうかー」
「そ、それは執政家に生まれた者として当然のことです。代々の執政も、兄だって同じでしょう?」
「いや、ボロミアはちょっとニュアンスが違うかなあ。あの人はとにかく国と国民を守りたいと思ってるんだよ。
 民を導くために自分が何かしたいのと、民のためになるように何かしたいのとでは、似ているようで違うと思うね」
「……よく、分かりませんが。……ではあなたは、ボロミアが執政に向いていないと思うのですか?」
「お」

伏目がちになったファラミアが、見たことのないような不満げな顔をしたので、不躾だと思いつつも咲弥はそれをまじまじと眺めた。
彼は、公人でいるとき以外はいつも穏やかな雰囲気を崩さない。それは咲弥を気遣ってくれているからでもあるし、元々そういう気質なこともある。
その彼が初めて不機嫌になったのが兄を悪く言われたからだなんて、何とも好ましいいや微笑ましい話ではないか?
年上の男性に対するものとしては些か失礼な考えを見通したわけではなかったが、ファラミアはますます気分を害したようにきっと視線をあげた。

「真面目に答えてください。どうなのですか?」
「ん?そーだなあ……」

咲弥は少しだけ思案して、何かを思いついたように頷いてから答えた。

「向いてない。って言ったら、どーすんの?」
「その見識は誤りだと教えて差し上げます。私などよりも、兄ほどこの国を治めるに相応しい者はいないのですから」
「でもさ、もしかして……ボロミアにヌメノールの力がないことを気にしてる人たちがいるんじゃねえの?」
「!」

それを耳にした途端、言った咲弥が驚くほどの速さで、ファラミアの顔色がさっと変わった。
本人も意識していないのだろう、紙を持った手が小刻みに震えている。

「一体…一体それが、何の瑕疵になりますか?確かに我らは神の恩寵を受けた民の末裔ですが、それも遠い昔のこと。
 今の世に血が薄まったとて何の不思議もありません。事実、執政家の本筋にも血の薄い者は数多存在したのです。
 それを、まるで兄が悪いような兄の資質が劣るような物言いをして

そこでようやく、机に両肘を突いて自分を見つめている咲弥に気づいて、ファラミアは口を噤んだ。
頬が少し熱い気がする。この話題を出されると頭に血が上ってしまうことを自覚してはいたが、完全に平静を保てたことは未だなかった。
それほどまでに、彼はそれを聞かされ続けてきたのだ。言葉も解しないほど幼い頃から。

王に代わる統治者である執政家の世嗣が、高貴なる父祖の遺した力を持っていない。血を貴ぶのならば継承権は再考すべきではないのか。執政職は父親と同じくらい強い力を有している次男に継がれるべきだ。
彼に追従しようとする者たちは、密やかに、そしてしたり顔でそう媚びへつらった。高潔で明敏な兄には唯一そこしか非難するところがなかったから、言うことは誰でもいつも同じだった。
そして、そんなことを言う者に限って、兄に対しては『弟君にはあなたのような覇気がない』と嘯いているのだった。

強い憤りの記憶を無理に押し込めて、ファラミアは唇を噛む。
気まずそうに俯いてしまった彼から視線を外すと、咲弥は手元の紙にぐるぐると落書きをしながら軽い口調で言った。

「うん、俺もそう思う。ボロミアは立派な人間で、大将だろうが執政だろうが務められない役目なんてないよ」
「……………」
「別に国を治めるのにヌメノールの力が必要なわけじゃなし、単に格好の標的ってだけなんだよな。
 そーゆー奴らはどこにでもいるから、多分言われてるんだろうなーって思ったんだけど。ゴメン、無神経だった」
「……………」
「けど、ファラミアとボロミアはやっぱり違うタイプだと思うし……それはどっちが相応しいとか劣るとかの問題じゃない」
「……それは」
「もし俺を説き伏せたいなら、そこは変更しねーと無理かな。あんたが『私などより』なんて言ってたら駄目じゃん。
 他人を貶めて自分をよく見せるのが無意味なのと同じで、自分を貶めて他人を庇護するなんてできないと思わない?」
「……そう、ですね。すみません、少し取り乱してしまって……決してあなたに腹が立った訳ではないのです」
「わーってるって。俺こそ、事情も知らないのに偉そうなこと言ってゴメン。でもどーしても気になってさー。
 そもそもファラミアとボロミアを同列に比べる奴らがおかしいんだから、あんたまでそんなバカ共に染まることねーよ」

語調は穏やかだが、咲弥の言っていることは辛辣だ。ファラミアはほんのわずか頬を緩めた。
この言葉はいつか聞いたことがある。幼い頃、大好きな兄と自分がまるで敵同士のように言われたのが哀しくて泣いていると、同じように言って抱き上げた腕があった。
母が夭逝し、父に顧みられなかった子供にとって、それは兄と並んで慕うべき存在だった。

「……やはりあなたはミスランディアに似ていますよ、サクヤ。弟子を自称する私が言うのですから間違いありません」
「それを言うならファラミアの方が似てるだろ?……俺のは違うんだよ。たぶんな」

ファラミアが賢者のような考え方をするのは、様々なことを勉強し時間をかけてガンダルフに教えを請うたせいだろうが、自分の方はそうではない。
おそらくそれは、この世界の出来事を物語という第三者視点で一望したことがあるからだ。今の話は、元の世界にいるときから思っていたことなので思わず熱弁してしまったが、自分で確認してもいないことを真理であるかのように話すのはあまり良いことではなかった。
失言も含めて気を付けねーとなあ、と再度心に誓ってから、咲弥は放り出していた本を引き戻して視線を落とした。

「あー、それにしてもこの文字ぜんぜん区別できねー。なんつったっけ、テンガアールじゃなくて」
「それはエルフより伝えられたフェアノール文字、テングワールです。慣れてしまえば簡単に見分けられますよ」
「ううう……こんなグルグル、漢文よりタチ悪い……。もっと他に読みやすい字ないの?」
「そうですね。ドワーフの里にはキアスという文字がありますし、ローハンの文字もこれより少し変化しています。
 ですが、書物を著すには普通テングワールが使われるので、本を読みたかったら覚えないと」
「くそ、話すのには苦労しなかったのに。どうせなら筆記能力もつけてくれればなー」
「サクヤは基礎がありますから、それほど苦労はしないと思いますよ。頑張ってください」
「基礎?って、エルフ文字の?」
「いえ、言語学習の基礎です。この複雑な文字はあなたの国のものでしょう?」

そう言って、ファラミアは先程咲弥が書き散らした落書きを指さした。

「ああ、それか。そーだよ。んー、こうして見ると確かにテングワールよりごちゃごちゃしてるかな?」
「こちらの方が余程難しいです。サクヤは元の世界でも読み書きができたのですね」
「そりゃできるよ。最近はパソコンばっかり使ってるけど……あれ?」

興味津々の瞳で日本語をなぞっている彼を笑って眺めながら、ふと思いついて記憶を探る。

「そっか。こっちじゃ読み書きできる人ってあんまいないんだっけ?ボロミアにそんなこと言われたような気がする。
 文字も計算も、おまえは普通だと思っているようだがこちらでは貴重な財産だ、とかなんとか……」
「ええ。読み書きは騎士見習いが最初に習う教養です。伝文や指令書が読めないと困りますから」
「一般人が通う学校とかないんだー。俺のとこだと、みんな10歳くらいには大体の文が読み書きできるようになるよ」
「そのように年端もいかない子供が、遍く全員ですか?……想像できません」
「日本は特に識字率高い国だしな。その代わり、馬に乗れたり剣を扱える人間はずっと少ないから、おんなじだけど」
「……これは何と書いてあるのですか?」
「これ?これはボロミアの名前で、こっちがファラミア。で、これがおとーさん」
「他の字に比べて、いくらか簡単ですね」
「ファラミアたちの名前には漢字ないからね。俺の名前は難しいよ。えっと、おかーさんの名前は……フィン……?」
「フィンドゥイラス、です」
「そうそう、それはこう」

咲弥がカタカナで名前を書いてみせると、ファラミアは感銘を受けたように息をついた。

「面白いですね。単純な字と複雑な字が極端に分かれていて……これらは同じ文字なのでしょうか」
「これがカタカナ、こっちがひらがなっていって、音読のための簡単な字。これは漢字で、それ自体に意味がある字だよ」
「ひとつの言語に三種類も文字があるのですか?しかも、このように折り混ぜて同じ文に?」
「そういえば、英語もテングワールも字は一種類しかないな。中国だって漢字だけだし……あれ、もしかして日本だけ?」

そんなの今まで考えてもみなかった、と呟いて、咲弥は首を傾げた。
元より外国語に詳しくないので、言語の種類はそう多く浮かんでこないけれど、言われてみれば三種類も字を使う日本語は珍しいのかもしれない。
なるほど、外国人が日本語を難しいというのは文法以前にそういうことか、と目から鱗が落ちた気がした。
一人でうんうんと納得していると、ファラミアが大事そうにその紙を取り上げた。

「サクヤ。この紙をもらってもいいですか?」
「い、いいけど。でもそれ殴り書きだから……ちょい待ち、もちょっときれいに書き直す」
「ありがとう。それと、お願いがあるのです。あなたの国の言葉を私にも教えてもらえませんか?」
「日本語を?でも、ファラミアが覚えたって使うアテないよ?」
「構いません、ただの好奇心ですから。こういった文字はこの世界にはないので、とても興味深いです。
 それに、あなたがテングワールで書き取ったものを私が訳し直せば、一緒に勉強できるでしょう?」
「う……それもしかして、プレッシャーかけてる?」
「さあ、どうでしょうか」

澄まして答えてから、ファラミアは新しい紙に書き直された文字を見て、あなたの名前も書いてくださいと笑った。

 

つづく 

 

 

 

お勉強お勉強。当初の予定だったぐだぐだ会話wが書けて嬉しいです。
てかファラミアとお勉強だったら俺、使い途なくてもテングワールマスターするよ…!あれ訳わかんないけど!

しかし、日本語って字が三つあるんだなーとか、知識では知ってたけど今回改めて思いました。一つの言語に三つの系統の文字を並列して使うって、よく考えたら特殊だよね。しかも書き方の組み合わせも読み方も死ぬほどあるという複雑さ。
いったいファラミアは日本語をどう見るんだろうとか考えると楽しい。難しい漢字を分解して意味を推察したりするんだろーなあ。知識なく眺めても、カタカナとひらがなと漢字の違いは分かるだろうしね。
そんなことを思ってたら、また小人さんが勝手に書いていって、ファラミアに日本語教えることになってしまいました。
でもファラミアは絶対知りたがると思う。私のイメージでは学者気質だから、知らないことはなんでも研究したがるんじゃないかな。
また例のごとくこれからどうなるか分かりませんが、上達するのは間違いなくファラミアが先だと思います。たとえ日本語の方が数倍難しくても……!

あとファラミアの幼少の話とかはすっかり捏造なので!小人さんドリームなので!w
でも、ボロミアがヌメノールの力を持ってないことをごちゃごちゃつっこむ貴族とか長老とかは絶対いたと思うし、ファラミアがガンダルフを慕うようになったのは環境も大きいと思います。気質も大きいけど。
その辺、「多分こうじゃないかなー」と思ってる解釈をガンガンやっていきたいと思います。ドリームで!夢上等!


そして今回の蛇足。
本を読むにはまず字を勉強せねばならんのですが、はじめ、中つ国における言葉と文字の関係がよく分かりませんでした。
私の半端知識では、エルフ語にはクゥエンヤとシンダールがあって、通常使うのはシンダール。クゥエンヤは儀式用の古語。
人間、というかゴンドール人はエルフ語から派生した共通語(西方語)を使ってる。ローハンではそれとは別にエオルの民独自の言葉もある。
ドワーフもホビットもオークも、他に言語があるけど共通語が使える。ゆえに本の多くは共通語で書かれてる。
そんなくらいはなんとなく知ってたんですが、でも言葉じゃなくて文字は?となるといまいち印象が薄くて……『言葉』っていうと発音も文字も両方指すし。

で、追補編にまるまる読み飛ばしてた文字表記についての章があるのに気づき、ざーっと読んでみました。
結論としては、エルフ語も共通語も表記はテングワールを使うらしいです。たぶん。
あのグルグル文字で書き記すらしいです。たぶん。
同じアルファベットを使う英語とラテン語みたいな解釈でいいのかなあ?

しかしそうすると、ローハンでは書き文字はどうなってるんだろ。ローハンの話し言葉は、外国人と話す時は流暢な共通語/普段はエオルの言葉が混じった共通語/固有名詞なんかはエオルの言葉 って認識なんだけど、文字もやっぱり変化してるんだろうな。
まあそもそも、ローハンは書物自体が少ないイメージです。伝承なんかも多くは口述で伝えられてる気がする。それを聞き取ったゴンドールの学者の方が多く書を残してる感じ。

そういえばゴンドールの首都のミナス・ティリスは、ローハン語ではムンドブルグっていうけど、ローハンの人はゴンドール人と話す時どっちで言うのかな。やっぱ共通語使うかな?そういう義理みたいなのきっちりしてそうだし、あの人たち。
でも相手がローハン語知ってるとか親しいとかならムンドブルグって言っちゃうんだろうなー。ボロミアとかアラゴルンとかガンダルフとか。そういう特別なシチュエーションっていい。
いやでも、ローハンにガンダルフの親しい人っているかな。基本、魔法使いでもエルフでも不思議な力使う存在は苦手ぽいし……あ、そうか、セオデン王か。だからこそセオデン王が先頭切って親しくしてたのか!納得。

指輪関係の話は、いろいろ調べたり想像したりするとものすごい楽しいです。
ただ全部きちんと調べるのはめんどうなので、私は楽しいとこの上っ面なでてるだけですが。間違ってたらすみません!