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    それぞれが目指す道    

 

ガキン、と甲高い金属音が響いて、銀色の剣が宙を舞った。

「っつ、った〜…!」

びりびりと痺れる感触に呻きが漏れ、思わず片手を押さえる。
それと同時に、横合いから真剣な声が飛んだ。

「まだ体の芯を庇う癖が直っていません。それに剣先の動きが遅すぎます」

しかたねえだろ、真剣なんかほとんど扱ったことねーんだから!
心の中で愚痴ってから、咲弥は落ちた剣を拾ってもう一度構えた。

人気のない鍛錬場で行われているそれは、一方的な打ち合いだった。
咲弥の方から頼んだ稽古ではあったのだが、この剣の達人は手を抜く様子もなく最初から本気で掛かってくる。
もちろん手加減されるより気分はいいし、上達も早いだろうが、いかんせん能力が伴わない自分には手の出しようがなかった。
とりあえず構えや捌きはなんとかなるものの、この重さと扱いにくさはそうそう慣れるものではない。素材は特別重い金属ではないようだが、竹刀や木刀で剣を習った者にすれば十分過ぎるほどだし、大きさも違う。
それを振り回す力と重心の取り方、剣先の軌道を変えるタイミング。経験したことのないそれらに、咲弥の動きはいつまでたっても拙いままだった。

これはもしかして、全く剣をやったことのない人間の方が上達が早いのではないだろうか。咲弥はどうしても、体が覚えている剣道や剣術の型が無意識に出てしまう。そうすると違いを意識する一瞬が隙となって、簡単に突破されてしまうのだ。
防具を付けた人間や巻き藁を前にしているならそれでもよかったが、真剣を持った相手が同じように斬り込んでくるこの状況では、それは致命的な欠点だった。

本格的な稽古を始める前、真剣に慣れるために素振りをしていた時は、『飛天御剣流・龍槌翔閃ー!』とか『虎牙破斬!』などと叫んで飛び回る余裕もあった咲弥だが、エルラドとの立ち合いが始まってからは冗談も文句も言えなくなった。
どれほど自分が相手より劣っているのか、嫌が応にも身に沁みたから。



「あー、もーやめた!これ全然駄目だ!」

日々の仕事や所用の合間に、暇を見て稽古を頼むこと数回。
もう数えきれないほど弾かれた剣がまた石畳に落ちると、咲弥はそう言って大きく息をつき、剣を拾い上げて鞘に納めた。

「話になんねー。ごめんエルラド、せっかく何回も付き合ってもらったけど」
「おやめになるのですか?」

少しも息を弾ませずに立っているエルラドは、惜しいような安心したような表情をしている。
咲弥の剣筋は、エルラドにとって見たことのないものだった。確かに今は振り回されているばかりだけれど、研けば面白いものになるかもしれないのに。
だが、咲弥が剣の稽古をすると知ってやるせない顔をした上官を慮れば、その方が良いのは確かだ。彼の人は戦ったりしなくても安穏に暮らせる人なのだから。
そんな心情を知ってか知らずか、咲弥は笑って言葉を継いだ。

「んーや、これ使うのはまだ早かったて意味。まず背筋とか腹筋とか、筋力をつけねえとどーしようもねーわ。
 このままじゃエルラドの時間を無駄にしちまうし、先に筋トレやるよ。一ヶ月後くらいにまたよろしく〜」
「……そうですか。しかし、私は無駄だとは思っておりません。サクヤ様の剣筋や捌きは大変興味深いものです。
 確かに実戦的ではありませんが、学ぶところは多々あります。筋力をつけるなら剣を扱いながらでも良いのでは?」
「そう?まあこっちじゃ珍しいだろうな。元が自己流に近いし、打ち合う時はあれもこれもごっちゃになってるし……」
「特別な剣術なのですか?先日おっしゃっていた……ええと、ひてんみつるぎりゅう、とかいう?」
「!?き、聞いてたのか!??」

かあ、と不覚にも頬に朱が昇る。
さぼり癖のせいで道場ではなかなか真剣を持たせてもらえなかったから、心置きなく真剣を触りまくれる状況に初めはかなり興奮した。
この世界でそれは人を殺す道具なのだということは分かっているが、今まで憧れていたものが目の前に差し出されている高揚は御しがたい。
結果、周りに人がいないのをいいことに、昔読んだマンガやゲームの必殺技をこっそりやってみたりしたのだがまさか見られていたとは。
うああああいい年して恥ずかしいいいと内心叫びながら、咲弥は慌てて表面を取り繕った。

「あ、あー、なんつーかな。あれは俺が国で習ってた剣術の流派の一つというか……」

言わなきゃバレない、動揺しなきゃ変に思われない!
心頭滅却心頭滅却、と似合わない言葉を唱えつつ言い訳をすると、エルラドは感心したように頷いた。

「なるほど。サクヤ様の国では剣術の系統が色々とあるのですね」
「んー、まあそうかな。こっちではそうじゃねえの?」
「確固たる流派というものはあまりありません。どこにも名人はおりますので、誰に師事するかで多少は違いますが。
 要は敵よりも力に長じ、当てることができればそれでいいのです。あとは実戦の経験や勘が全てかと」
「ああ、そうか……」

手習いや精神修行で武術を学ぶ者など、ここにはいないのだ。
ただ、自分の命を守って敵を倒す可能性を上げるための訓練。死なないための武芸。

「……ちょっと困ったな、それは」

細かいテクニックや素早い動きならば得意分野だけれど、それだけでは奇襲や要撃しかできない。この剣で面と向かって敵にダメージを与えるにはやはり、絶対に腕力と体力が要る。
結局、それなりの力をつけないことには実戦では使えないということだ。
やっぱり地道な努力しかないのか、と思うとため息が出る。手習いのうちで咲弥が一番嫌いだったのが単調な基礎訓練だった。

「ウエイトジャケットでも作るかなあ。3キロや5キロじゃ意味なさそうだし、どーんと10キロくらいいっとくか」
「ウエイト……?」
「普段から重りのついた服を着込んで力をつけるってやつ。こっちではしない?」
「そうですね……個人的に行うことはあるかもしれませんが、訓練としてはありません」
「結構効くんだぜー。外した時に重心が狂わないように作るの大変だけど、着てればいいだけからめんどくねーの」
「重りを着けたままで訓練するのですか?……危険だと思いますが」
「そうか、真剣だしな。んー、まあそこは師匠の技倆でよろしくってことで」
「……………。」

なんでもないように笑う咲弥を前にして、エルラドは小さく息をついた。
もし自分が僅かでも手元を過てば、稽古と言えど命の危険もある。それが分かっているのだろうか?
見ている限りでは、戦うことに関してそれほど甘く考えているわけではないと思うが、それにしてもこの悲壮感のなさには驚かされる。

「承知いたしました。では、そのように」

彼の上官がため息をつく回数が増えている理由を、身をもって知った気がした。

 

◇     ◇     ◇

 

以上により、本日は手合わせを終了致しました。急ぎ重りをつけた衣服を用意し、後日また訓練を再開する由」

薄暗い部屋の中、淀みなく報告を終えた彼は、恭しく頭を垂れて言葉を待った。
彼の主は椅子に深く腰掛けたまましばらく考え込み、思いついたように問う。

「それで、肝心の腕の方はどうなのだ?才能は認められるか」
「は。現在は扱う武器の違いに戸惑っていますが、慣れさえすればそれなりの使い手にはなれましょう。
 腕力の強さは標準よりも劣るものの、その分速さと技巧はかなりのレベルで、状況判断の的確さも評価できます。
 少なくとも、全くの新兵よりは余程使い途があるものと思われます。ただ」
「実戦でどう転ぶかは未知数……ということだな」
「ご明察の通りです。逃げ出すことはまずないでしょうが、動揺して隙を見せる可能性は考慮せねばなりません。
 同時に、何の違和感もなく歴戦の勇者に納まってしまうということも十分に有り得るわけですが」
「歴戦の勇者……か」

ぎしり、と重い音を立てて椅子が軋む。
自らの目前で組んだ指を見つめて、主は部下の言葉を反芻した。
あの者がこのままゴンドールに留まり、戦績を上げれば、いずれは将官として王国の精鋭と肩を並べる日が来るのかもしれない。
今はとてもそうなるとは思えないが、この国には客員兵士が将となった例がいくつもある。先代エクセリオン二世の御世にも、執政家世嗣に勝るとも劣らぬ名声を勝ち得た傭兵がいたではないか。
思い当たって、彼はほんのわずか眉を顰めた。

「そう簡単にはいかぬだろうが。ともかく、見込みはあるのだな」
「はい。うまく導けば、そう遠くないうちに実戦参加できるかと」

その答えに頷き、彼は立ち上がって窓から外を眺めた。
日に日に暗くなる東の空。そこに、この国を脅かす暗黒軍の首魁が居る。
対抗する兵力が枯渇しているという訳ではないが、それでも、平均以上に戦える者は多ければ多い程良い。物怖じせず、判断力があり、様々な教養があって戦略や戦術を立案できそうな者となればなおさらだ。
咲弥が自ら剣技を鍛えて戦いに出ようと言うのであれば、彼にそれを拒む理由はなかったその身がゴンドールに在る限りは。
それらを駒として、長く続くこの戦いに終止符を打つことが、彼に課せられた使命なのだから。

「その日を楽しみにしていよう。ご苦労、下がれ」

振り向かないまま、彼はそう言って退室を促した。
いつものように音もなく去っていくと思った部下は、しかし、珍しくその言葉にいらえを返した。

「……訓練は、今後も続けてよろしいのですか」

念を押されるとは思わなかったので、少し驚いて振り返る。
視線が合う前に、部下は憚るように目を伏せた。
本当に咲弥を実戦に連れ出すのだろうかと危ぶんでいる色が、かすかにあった。いや、もっと言えば、咲弥の与り知らぬ所でこのように逐一報告していることが、少なからず心苦しい風でさえある。
まるで敵に対する密偵のようだ、と。
それに小さく笑みを見せ、彼は体ごと部下に向き直った。

「気に病むことはない。あいつはそんなことくらい、とうに知っているだろうさ」

自分の言動が探られ報告されていることなど、最初から承知しているはずだ。たとえ個人的に親しくしている騎士や小間使いでも、それらが執政家にこそ仕えているのだと理解していない咲弥ではない。
本当に実戦に出すかどうかは別として、エルラドが心苦しく思う必要はないのだ。

「何も隠す必要などない、もし聞かれたら喋ってしまって構わん」
「……は」
「それよりもファラミアに気を付けておけ。あいつはどうしてもサクヤに甘くなるからな、そちらの方が問題だ」

苦笑しながらそう言うと、ボロミアは再び手を振ってエルラドを下がらせた。



「……勝つための駒……か」

一人になるとついため息が沸き上がってきて、再び椅子に腰掛ける。
できればこういったことは国の中だけで済ませたかった。ゴンドールの問題だという矜持も勿論あったが、自国を守るために民草が戦うことには何の不条理もない。
けれど、本来関係のない異国の者にまで犠牲を強いるのは、どうしても心苦しさを禁じ得なかった。しかも咲弥はこの世界の平和について何の責任もないのだ。たとえ中つ国の種族全員が一丸となって戦わねばならない日が来ても、咲弥だけは安全な場所に隠れている権利がある、とボロミアは思っていた。
その権利を、本人の自発意志という蓑に隠れて利用しようとしているのは、自分。

「……国を守るためには、その程度のことで考え込むべきではないのだがな」

先代、自分にとっては祖父にあたるエクセリオン二世は、そのようなことを考えなかったのだろうか。
彼は出自や年齢に関わりなく優れた者を登用することを好んだそうだ。その中でも最も重用したのが、ソロンギルという名の傭兵だった。
どこから来たとも知れぬ彼は祖父の信頼に応えて様々な戦果を上げ、ゴンドールの国防に大いに貢献したという。執政にも兵士にも国民にも愛され、その勇敢さと名声は他を凌いだ、と。
祖父は物心つく頃に身罷ったので直接聞いた訳ではないが、父の代になってからそのような登用はなくなり、口さがない連中が祖父と父を比べる噂話でそれを知ったボロミアだった。

自分は、どうなのだろう。

考えて、ボロミアは思わずきつく眉間に皺を寄せた。
父デネソールが執政として統治している現在、自分はただの将であり、軍事にのみ拘泥していても問題はない。けれどいつか、そう遠くない未来に、次期執政として全てに判断を下さねばならない日がやってくる。
その時自分は、正しい判断を下せるのだろうか。その結果に責任を持てるのか?
例えば、自らの判断によって咲弥を罪無き異国の者を死に追いやったとして、それを後悔せずにいられるだろうか?

「……………」

わからない。わからないが、しかし。
この王国を統べる者が、決断に惑うことは赦されないのだ。
ボロミアはもう一度立ち上がると、敵意をこめて窓の外を睨め付けた。

「ゴンドールは滅びぬ。勝利を得るためならば、どのような犠牲でも喜んで捧げよう」

例えそれが、虚勢であろうとも。

 

つづく 

 

 

 

お稽古お稽古。咲弥がんばってるご様子。
私は剣術の心得がないのでネット資料頼りなのですが、多分剣持ったら虎牙破斬とかやってみたくなると思います。スタン気分でw
ちなみにるろ剣は特に好きでも嫌いでもないですが、他にめぼしい流派が思いつかなかったので……龍槌翔閃にした理由も、あれだったらなんとなくやる形が分かるかなーと。マンガとかの技っていったいどう打ってるのかよくわからんです。

で、蛇足ながら剣ですが。咲弥はいちおう女性なので、筋力とか腕力は男に全く及ばないはず。でも剣で人を殺そうとしたら、筋力なけりゃ無理だよなーと。あれって叩き斬る感じですもんね。
日本刀並に切れ味が良ければなんとかなりそうですが、用意できるはずもなし。あとは力補助するか時間をかけるしかない。しかし、指輪世界での戦いは一対一ではなく混戦なので、さくさく斬っていかねば命が危うい。
ということで、とりあえず少年兵くらいには力を付けていただかないとどうしようもないことに気づき、ウェイトジャケットの出番とあいなりました。あれ筋力アップにすげくいいって話。ほんとか。
まあそんな感じで日々話が流れまくっております。どこへ向かうのか私にもよくわかりません。ソロンギルとかなんで突然出てくるんですか?>創作の神様へ

ちなみに原作未読の方へ説明しとくと、ソロンギルというのはある人が使ってた偽名つーか仮名?です。
昔ボロミアの祖父に仕えてたってのはかなりおいしい設定。主従・回りの人間関係・名前の由来・役目・確執、いろんな意味で書きたくなります。これだけ見ても教授やってくれるよなあー。
ソロンギルが誰なのか知ったときのボロミア話とかも書きたい。話に聞く英雄がこの人だったと知ったときどんな顔をするのか。そして彼から語られる昔の話。
そういえばこの人、ボロミア生まれるまでゴンドールにいたんだっけか?じーさん死ぬ時ボロミア2・3歳だったはずだから、いそうにないですね。残念。
もしいたら、生まれたときの話とか持ち出されて焦るボロミア、そこに茶々を入れる咲弥、フォローするファラミアという楽しい構図ができるのに。
ボロミアは焦らせたり怒らせたりが楽しいです。ファラミアは全部楽しいです。

いやこんな話ばっかできてもしかたないんですけどね!次作まだできてないよ!
今回見切りアップです……。助けて小人さんー。