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    伝えられない言葉    

 

「あーウゼーマジウゼーよ。かったりー」

ウダウダとぼやきながら、咲弥はボロミアの後ろをついて歩いていた。
館を抜けて、所々に立っている歩哨に目礼しながら、石畳の小道を進んでいく。

「大体、ガラじゃねえんだよ。挨拶とかスピーチとか祝辞とか送辞とか」
「そうか」
「俺、上がり症だしさぁ。あんたの閲兵つったら軍の偉いさんばっかなんだろ」
「まあ…そうだな」
「そんなん防衛省の幹部みたいなもんじゃん!あ、そしたらあんたって防衛大臣ってこと!?
 いやちげーよ、たぶんトップはデネパパが兼任してるんだよな組織的に。んじゃあれか、統合幕僚長。あはははは!」
「(デネパパとは…父のことか…?)」
「あははは、制服組のトップじゃん、すげーボロミア!俺の国じゃ一般人は面会もできねーんだぜ!?」
「とてもそうとは思えない口ぶりだな」
「だあって。今さら俺が敬語とか使い出したらおかしいだろ?『ボロミア様、貴方に永遠の忠誠を』とか言われたいのか?」
「いや、私はそのようなことは望まない。誰に対しても」
「ん?」
「ただ、心に国を想う気持ちがあればいい。この国を守り、民を守るのが私の役目。それに力を貸してくれるならばな。
 おまえは自分の国に帰るため、ゴンドールに力を貸す。それでよかろう」

前を向いたままそう言い切ったボロミアの後ろ姿を、咲弥は一瞬驚いた顔で見て。
そして、少しだけ笑って頷いた。

「ああ、そうだな。ま、そのためにはまず皆に容認してもらわねーとなぁ」
「そういうことだ。心配しなくても、この国の者は特に排他的というわけではないし、おまえは父の恩人だからな。
 ファラミアが考えたシナリオ通りに話せば大丈夫だ」
「オッケー了解。まずいこと言っちまったらフォローよろ〜」
「承知した。……それから!例のことは絶対に誰にも悟られぬよう用心するんだぞ!」
「排他的じゃないって言ったくせに……」
「そういう問題じゃない!おまえの世界ではどうかしらんが、ここでは女が軍に入るなど考えられんのだ。
 先に知っていれば、私もあんな話を持ちかけたりはしなかった!」
「俺は嘘をついた覚えはないぜ、あんたらが勝手に間違ったんだろ。考えてみりゃ失礼な話だよなあ?」
「ぐっ……しかし、そんな言葉遣いで男のような服を着て素手で刺客を殴り倒す者を、女だと思えと言う方が……」
「お褒めに与り光栄〜」
「と、とにかくだ!女らしく奥に引っ込んでいるのが嫌ならそれだけは守れ、いいな?」
「へーへー」

その時、ちょうど道が開けて、小さな公園ほどの訓練場が見えてきた。あまり広くないその場所に、ゴンドールの立派な鎧を着た騎士達がひしめいている。
この館で世話になり始めてからしばらく経ち、咲弥にも小間使いや護衛兵の顔見知りはできたが、あそこにいるような軍高官に知っている者はいなかった。
うわ。あの前で話せってか?一介の小娘に言うこっちゃねーよな全く……
いやいや小娘とかいうお歳じゃありませんから、とセルフつっこみを入れながら、ボロミアに続いて訓練場に入る。
彼が閲兵や訓示をしている間ずっと、指揮官の目を盗んだ好奇の視線が咲弥に降り注いでいた。

「……という訳で、この者がしばらく滞在することになった。知っているだろうが、彼は執政閣下を助けたもうた恩人だ。
 閣下より賓客として処遇せよとのご下命もあることだし、皆に紹介しておく」

そう結び、ボロミアは振り返って頷いた。
咲弥も頷き返して、ボロミアの立っている簡素な壇上に登る。騎士達は皆、居住まいを正して咲弥を見上げた。
幾分高い目線から、それをゆっくりと見回して。

「初めまして、私の名は咲弥。こちらでは名も知られていないほど遠くの国に住む者です。
 旅の途中に帰路が途絶えてしまい、祖国へ帰る方法を探している所をボロミア卿に助けていただきました。
 執政閣下の危急をお助けすることができたのは偶然でしたが、お役に立てて嬉しく思います」

そう言って微笑むと、集まる視線が和らいだ気がした。

「我が国でも、ゴンドールは勇猛果敢な騎士の国として遍く知られていますが、滞在した者はかつておりません。
 貴国の文化に無知な故の失礼や齟齬もあるでしょうが、寛恕いただければ幸いです。
 我らの知識や文化も、ゴンドールに益となるものがあれば伝えましょう。しばらくの間、どうぞよろしく」

流暢な言葉を聞きながら、ボロミアは内心舌を巻いた。
この挨拶のためにファラミアが教示したのはただ、祖国が遠くにあるということと、父を助けた事実をさりげなく強調しろということだけだ。
このように卑屈にならずに相手を賞賛し、自らの求めるところを鮮明にして予め諍いを防ぐような物言いは、戦術としてはなかなかのものだった。
一体、どこが上がり症なんだ……。
思わず笑いそうになって、慌てて奥歯を噛み締める。
咲弥はもう一度全体を見回して優雅に頭を下げ、澄ました顔でボロミアの後ろへ下がった。

 

◇     ◇     ◇

 

その後、正式な晩餐会を開こうという案を咲弥が断固として拒否したため、代わりにささやかな歓迎の宴が開かれた。
上座にボロミアとファラミア、そして咲弥。周りには主だった重臣と騎士たち。
酒が入ると、それぞれが陽気な雰囲気で歓談を始める。まわりから降り注ぐ興味津々の質問にいちいち答えていた咲弥は、ふと、左隣から聞こえる囁きに気づいた。

「……?」

先程まで穏やかに杯を重ねていたファラミアが、真剣な顔で部下と話している。
姿勢を低くして奥の席まで忍んできた兵士の様子からは、何か大切な伝達事項があるのだと思われた。

「なんかあった?」

兵士が去るのを待って、小声で尋ねると、ファラミアは少し驚いて咲弥を見返した。

「いえ、なんでもありません」
「あー、うん、分かるんだけどさ。見た感じ、急ぎみたいだし」
「……そんなことは」
「余計なお世話だと思うけど、行かなくていいの?さっきの人、待ってんじゃん」

ホールの入り口で、先程の兵士が番兵と話しているのが見える。おそらく宴が終わるのを待っているのだろう。

「なんか用事なんだろ?こんなのただの飲み会なんだし、行った方がいいと思うぜー」
「いえ。あなたのための大切な饗宴なのですから、中座するなど以ての外です。どうぞお気になさらず」
「そーいうの駄目なんだよね、俺。非効率的っての?あの人の待ってる時間と、あんたの飲んでる時間がダブルで無駄」
「し、しかし……そんな失礼は」
「いーのいーの。宴なんか出なくても、ファラミアが歓迎してくれてるのは分かってんだから。……そんじゃ、ま」

にやりと意味ありげな笑みを浮かべて、咲弥は突然その場で立ち上がった。
そして大げさな身振りと大声で、部屋中の者の視線を惹く。

「それは大変嬉しいお申し出です、ファラミア卿。是非、今すぐにでもご案内いただきたい」
「は、?」
「ボロミア卿、ほんの少しだけ席を外しても構いませんか?彼が興味深い物を見せてくださるそうで」

したり顔でボロミアを見ると、最初から話を漏れ聞いていたらしい彼は、苦笑に近い表情で頷いた。

「ゴンドールには見るべき価値の高い物が多くある。サクヤ殿には落ち着かぬことだろう。遠慮せずに行かれるといい」
「ありがとうございます!それではお言葉に甘えまして」
「ファラミア、すまぬがよろしく頼む」
「は……はい、兄上」

ボロミアにまで言われて、ファラミアは戸惑いながら席を立つ。
その後に続いてホールを出ると、新鮮な空気が涼しい風となって頬を撫でた。

「んー、この国の気候って気持ちいいなー。湿気あんまないもんなー」
「サクヤ、すみません。こんなことをさせてしまって」
「いや、俺もいいかげん窮屈だったし。あんたの部隊は誰よりも速く動くのが身上だろ、謝ってる時間がもったいない。
 俺はそのへんブラブラしてるからさ」

恐縮する彼に手を振って、早く行けと促す。
ファラミアは呼びにきた兵士と何事か囁き交わすと、深々と頭を下げた。

「では、この者を警護に残していきます。何なりとお申し付けください」
「そんなのいいのに」
「いえ、あなたの身に万一のことがあったら大変ですので」
「分かった。サンキュ」
「それでは、私はしばらく失礼いたします。……サクヤ」
「んー?」
「感謝します」

ふわり、と花が咲くような笑顔を残して、彼は闇に溶けていった。
それを見送りながら。

「はー。やっぱファラミアは美人だなあ……な、そう思わね?」
「!?」

前触れもなく話しかけられて、咲弥の後ろに直立不動で立っていた若い兵士が、面食らったように目を見張った。
目の前の客人は、ある日突然ゴンドールにやってきて執政の命を救い、館の賓客となり、全将兵に敬愛されるゴンドールの大将二人と対等に言い合う異国人。
きっと高圧的だったり気難しかったり、そうでなければ高貴な御方で自分たち下っ端と言葉を交わすなどしないだろうと、彼を含む兵士はそこここで噂しあっていた。

けれど今言われた台詞は、彼らが普段使っているのとなんら変わりない気軽さで。
どう返せばいいのか、まさか試されているのか、と狼狽えて、彼は小さく口ごもった。

「は、あの、」
「ああ、ごめん。俺は咲弥って言って、しばらくココで世話になるんだ。よろしくな」
「はっ!自分は第三中隊所属、エルラドと申します!」
「あ、かしこまるのはナシな。俺そんな柄じゃねえし、たまたまデネパパ助けただけの一般人だしさー」
「……は、はあ(でねぱぱ…??)」
「あんたファラミアの直属?レンジャーなの?」
「はっ、入隊当初よりファラミア様の下に所属しております」
「んじゃ、あの美人っぷりを毎日見てんだ。いいなー、俺もファラミアに毎日ついて回りたいなー。
 全く、ヒゲ生やした中年男が美人とか姫とかに見えるとは思わなかったぜ。あれだ、性質が表に顕れてるって感じ?」
「自分もそう思います!」

思わず大声で同調してしまってから、エルラドは慌てて目を伏せた。

「あ、いえ!その……ファラミア様のご気性の清廉さは、配下の者ならば皆実感していることですから」
「うんうん、その気持ち分かるよー。あとボロミアもスゲーよな、デネパパの下でこんだけ完璧に軍を統率してんだもんな。
 デネパパももーちょいフレンドリーだったら誤解されねえのに。デレはないのかあのツンはよー」
「(意味はよく分からないが…)はい、その通りです。ボロミア様は我らの偉大なる導き手であられますから」
「やっぱみんなそー思うんだ!な、ファラミア帰ってくるまでどっかで飲まねえ?できたら話いろいろ聞きたいな」
「話、ですか……では、私共の詰め所では如何でしょう。お客様をご案内するようなところではありませんが」
「全然おっけー!むしろそういう方が嬉しい。他の人とも話せる?」
「はい、勿論です。皆も喜びます!」
「決まった、んじゃいこいこ!邪魔が入んないうちにさっさ行……」
誰が邪魔だ、誰が」

ぐり、と上から頭を軽く掴まれた感触がしたのと同時に、エルラドがザッと地面に膝をついた。
前を向いたまま苦々しい顔で舌打ちする咲弥に、更に追撃がかかる。

「ん?どんな邪魔が入ると思っていたんだ、おまえは?」
「イラッシャルトハオモッテマセンデシタヨー」
「わざとらしい……初めからそのつもりだったな。ファラミアが戻れぬなら、おまえだけでも帰ってこないと駄目だろう」
「もう飽きた。政治の話とかされてもわっかんねえし。お偉いさんと歓談するよりもっと気軽に飲みたい」
「我が儘を言うな。もう少しの辛抱だ」
「もーいいだろ?一時間も我慢したんだぜ?」
「そうか、あと一時間ばかり我慢してくれ」
「なんだよ、せっかくボロミアのことも誉めてやったのに!撤回する、やっぱボロミアは根性悪だ、冷血だ、薄情だー!」
「……………」

じろ、とボロミアが咲弥を見下ろしたのを見て、地面に跪いていたエルラドの方がヒヤリと汗をかいた。
自分の知っている彼は、ユーモアも軽口も解さないわけではないが、こと軍事と政治に関しては放言を許す人間ではなかったから。
ましてやこんな駄々っ子のようなことを口走ったら、どのような咎めを受けるか分からない。
いざという時にはファラミアから任された自分が罰を引き受けるのだと、エルラドは決然と顔を上げた。
けれど。

「…………わかった」

憮然として、ボロミアは咲弥の頭から手を離した。

「宴は終わりにしよう。散会するから、一度戻れ」

その言葉に驚いて目を丸くするエルラドとは逆に、咲弥は顔を輝かせて振り向いた。

「やったあ!ボロミアさっすが、広量大度!誉れ高きゴンドールの大将!」
「やかましい。ただし、一人で行くことは許さんぞ」
「えー。んじゃ、ボロミアもついてくればいいじゃん。普段は部下と酒飲んだりするんだろ?」
「……やむを得まい」

ふう、と疲れたようにため息をついて、ボロミアはエルラドに目配せをした。

「先に行っていろ。あまり話を広げるなよ、人数が多くなりすぎる」
「は、承知致しました。では」

もう咎の心配はないと踏んだ彼は短く返して、ファラミアと同じようにするりと闇に消えていく。
その気配が消えたのを確認してから、ボロミアは咲弥に向き直った。

「……おまえは本当に、手間を掛けさせてくれるな。酔ってうっかり要らぬことをしゃべったらどうするのだ」
「そのためにボロミアがついてくるんだろ」
「だから手間だと言っている。此度はファラミアのことがあるから、大目に見るが」
「マジで急ぎっぽかったもんね。なんか問題でも起きたのかも?ボロミアも行った方がよくね?」
「いや、問題ない。大事であればあのように躊躇うはずがないからな。あいつが落ち着いているなら大丈夫だ」

そう言って笑ったボロミアの表情からは、何があっても揺るがない信頼と愛情が透かして見えた。

ああ、いいな、こういうの。

勝手に頬が緩むのを堪えきれず、俯いて顔を隠す。

これが、いずれこの世界を救うもの。
弱く愚かな人の子の、信頼と愛情。相手を想うこころ。
それは、苦難の道を這って進んだ小さい人の勇気と同じように、確かにこの中つ国を護ったものだった。
自分ひとりではなく、家族を。導く民を。国を、世界を。
護りたい、と願ったひと。

あなたの願いは叶うよ、ボロミア」

それを今、自分の目で見ていることが、とてつもなくすごいことだと思えて。
初めて、本当にここにいるのだ、と実感した気がした。

「きっと叶う。きっと」
「……?何の話だ?」

ボロミアは首を傾げて、不思議そうな顔をする。
柄にもなく揺らぐ胸の内を隠して、咲弥はいつものように笑った。

「酒盛り。ファラミアもくるよ、きっと。戻ってくるって言ってたもん」
「なんだ。そんなことか」
「ボロミアってどんな酔い方すんだろ、楽しみー!裸踊りとかしねえの?泣き上戸だったりは!?」
「するか馬鹿者!行くぞ!」

身を翻し足音荒くホールへの道を戻り出すボロミアの後ろ姿は、少しだけ遠く見えた。

なんにもできることがないって、予想以上にヘコむなあ……。

せめて、伝えられたらいいのに。
叶うはずの勝利と平和を。再び光を取り戻して、明るく照らす太陽を。美しく復興するオスギリアスやイシリアンを。
そうすれば、目の前のこの人はどれだけ喜んでくれるだろう。デネソールの葛藤もファラミアの苦悩も、ゴンドールの人たちの不安も、吹き飛ばすことができるかもしれないのに。

けれどそれを伝えたらきっと、何かが変わってしまう。
この苦悩も悲劇も絶望も、すべてが終わるために必要なことかもしれないから。
己の力を妄信して突き進むような、あの指輪のような『希望』を与えたいわけではないから。
だから、言えない。


何もできないならせめて終わりを見届けられたらいいのに、と無意識に考えながら、咲弥はボロミアの後に続いた。
それは、彼女がこの異世界に来てから、初めて考えたことだった。

 

つづく 

 

 

 

何故かボロミアメインぽくなってしまった……。何故。
いや確かに、彼と彼の父が置かれている状況はそれぞれものすごく厳しくて、事実めちゃくちゃ国に尽くしてるのにぜんぜん報われてない感がありありなんですが。デネソールに至っては、わざわざそんな道を自ら選んでいる節があるし。おまえは泰衡かと!w

それを考えると、ファラミア含め執政一家は各人ほんま不憫で不憫で、事情を知るにつれ何もできなくても何かしてやりたい気持ちが抑えきれなくなります。同情つーか「あああそれはそれで訳があるのよ過ちは過ちでも斟酌する余地はあるよね」と思えることが多数。
そう思えば、それを書かずにはいられないわけ……ですが……

でも私はファラミアが好きなんだああああ!!

ファラミアの見せ場がねえよどうするんだよー。ううう。
ファラミアとがんがん話がしたいです。どんどんボロミア夢みたいになっていくよ。いや流れに任せるならそれでもいいんですが、でもファラミアがスキー。

ファラミアを出すのを今後の目標にしていこうと思います。