なんつーかな、あれじゃねえ?この状況。
トンネルを抜けるとそこは不思g(ry)?
それとも古井戸に引きずり込まれてなんたら?
もしくは空から光る球体が降りてきてどうたら??
悪い皇妃に召喚されて第三皇子と恋に落ちる、っつーのもアリかもしんねーな、こりゃ。アハハハ。
我ながらちょっと混乱してるぽいが、それも仕方ないだろう。
なんたって、どう見ても現状の方が混乱してるんだから。
なんで天井が石造りなんだよ?
それどころか壁も床も石だな、どう見ても。コンクリじゃねえもんな。
果てしなく続く廊下は消失点が見えそうだ。少なくとも自分の1DKしかないアパートでは絶対にない。
おまけに真冬のはずなのに、この湿り気のない暖かさ。窓からは見たことのない空の色。
「…………多分、あれだな。南欧だな?南欧行ったことねーけど」
さすがに幾ばくかの努力をして声を出すと、急に現実味が戻ってくる。
廊下の片側にはたくさんの窓。南国の海のような色の空と、下の方に緑が見える。……緑?
「って、うぇえ!?おわー!?」
窓に駆け寄ると、目の前に大パノラマが広がって、思わず間抜けな叫びが漏れた。
そこは、おそらく何百メートルもあろうかという塔の上だった。眼下に見渡す限りの平原と森、切り立った山や川が見える。
高い。高すぎる。見晴らしがいいにもほどがある、高さ1000メートルのペントハウスかっつーの!
いやそれ以前に、なんだこのだだっ広い原っぱは!東京ドーム何個分なんだよ!!
「……おえ」
見ているとなんだか気分が悪くなってきて、頭を振りながら窓から離れる。
訳もなく息が苦しい。想像を絶する景色を見たせいか?
「これぜってー日本じゃねえ……多分北海道でも無理。マジでどこなんだここは?」
とりあえず、深呼吸。すーはー。
落ち着け落ち着け、すーはー。
慌てるとろくなことはないよ、すーはー。
大丈夫大丈夫……営利誘拐とか人身売買とかタイムスリップとか異次元ワープとか、よくあるじゃん?ありがちじゃーん?
「……よし、大丈夫。落ち着いた。……たぶん。」
気が静まるのを待って、まず身の回りを確かめる。
着ているのは、厚手のジャケットにジーンズ。持っている物は愛用の革のバッグ。パッと見、中身も無事のようだ。
靴もマフラーも見覚えのあるやつだし、髪型も今朝整えたまま。少なくとも知らないうちに何日も眠らされてたってことはないようだ。
「とりあえず、問題ないみたいだな。あービビった。羽根とか生えてたらどうしようかと思った〜」
最低限、自分の身に異常がないのを確認してから、改めて周りを見回した。
よく見たところ、どうもここは石造りの建物の廊下の端っこらしい。
右手は重厚な扉になっていて、ちょっと触ってみても開きそうにない。左手はすぐそこでT字路に分かれ、奥はもう気が遠くなるくらい続いている。
扉が開かない以上、奥に行くか曲がるかしかないのだが。
「……まあ、行ってみるか。ここにいてもどうしようもないし……!?」
そう呟きかけた時、突然、降って湧いたように騒ぎが起きた。
今まで静寂に包まれていた廊下が、断続的な怒号で満たされる。
幼い頃から習わされた武道のせいか、その瞬間、不安だったことなどきれいさっぱり抜け落ちた。
頭にあるのはただ、廊下に響き渡る武器の音と、乱雑な足音。そして漏れ聞こえる声から察するに、何人かが誰かを『襲っている』ということ。
距離的にはすぐ近く、あの角の先!
迷う間もなく走り出して角を曲がると、予想通りの光景が目に飛び込んできた。
襲われている人間は一人。武器は持っていない。対して目算3人の相手は長い剣のようなものを構えている。
一瞬で、自分が倒すべき『敵』を定めた。
◇ ◇ ◇
前触れもなく突然現れた闖入者に、賊は驚きを隠せないようだった。
背後を取られた一人がまず当て身を食わされ、壁に頭を打ちつけてくずおれる。続いてその手から剣を奪い取り、柄を軸にしてもう一人の顎に叩き込む。最後の一人は焦ったように武器を振り回し応戦したが、隙をついて腹に肘を入れられ、前のめりに落ちた。
「……てめぇら、丸腰の人間に多勢とか卑怯なことしてんじゃねえよ」
低く発せられた言葉はとてもこの館内で使われるような口調ではなく、そんな場合ではないと思いつつも彼は少しだけ眉を顰めた。
その者は、呻いている男達の鳩尾に蹴りを入れ万が一にも動けなくしてから、思い出したように彼の方を向いた。
「あ。あの、大丈夫?」
「……………」
「どっか切られたりしてない?ったく、あいつらめちゃくちゃやりやがって。こんなんで刺されたら死ぬっつうの」
「……当然だ。殺すつもりで襲ってきたのだろう」
「へ?まさか……」
ぽかんと間抜けな顔で、しかめつらの男を見返す。
そのとき初めて、その男が細いダガーナイフを逆手に持っていることに気づいた。
あっちゃ。別に丸腰ってわけでもなかったか。
でもまあ、武器としての威力はあいつらのサーベルに及ぶべくもないし。多対一ってのはガチだし。いっか?
うんうん問題なしっつーことにしておこう、と一人納得している所に、男がダガーを構えたまま鋭く問う。
「おまえは何者だ?どうやってここに侵入した」
「あー……いや、侵入っつーか。説明が難しいんだけど、とりあえず怪しい者じゃないから」
「かように現れて怪しくないなどとは、到底信じられぬ」
「まあ、そうッスね。すんません。でも俺も分かんないんですけど……」
「ならば、分かる範囲で良いから説明せよ。まず姓名、それから所属。言っておくが私に虚言は通用しない」
厳しい目で睨まれて一瞬ためらうが、正直に話すことにする。
どのみち、自分一人ではどうしようもない。色々教えてもらわなくては、どうしたらいいのか見当もつかないから。
「えー、名前は、宮道咲弥。くどうは、お宮の宮に道。さくやは……あ」
慣れた説明をしかけて、相手がどう見ても西洋人なことに気づき、口ごもる。
漢字分かります?っていうのも失礼だろうし、分かんなけりゃ聞かれるだろうと思い直してそのまま続けた。
「そんで、所属は…所属?ってイマイチ分からないんですけど。とりあえず人種は日本人で、住まいも日本国内で」
「……………」
「どうも知らないうちに連れてこられたみたいで、気づいたらそこに立ってました。それ以上はなんとも……」
「……………」
「……あのですね。そんで、教えてほしいんですが……ここってどこですか?南欧?それともオーストラリア?」
「……………」
何も反応を返さない男に少し焦って問い質すと、彼は不意に近くにあった紐のようなものを引いた。
遠くで鳴り響く、ガランガランという鐘の音。やがて廊下の向こうから近づいてくる足音。
ほえ?と再び間抜けな声を出した咲弥に、やってきた兵士の叫びが重なる。
「どうなさいました、殿!こ、この惨状は如何に!?」
「刺客だ。捕らえろ」
「はっ!」
「……え?」
「その者は別室へ連れて行け。見張りを怠るな。すぐに大将をこれへ!」
「え?あれ?……もしかして俺、墓穴掘った……?」
呆然と呟いた咲弥の腕を、兵士の一人がしっかりと掴んだ。
つづく
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