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    月の姫君    

 

「……?」

自室に入ろうとノブに触れたとき、かすかに花の香りがした。

それはもしかしたら、気のせいだったかもしれない。そんな香りの花を彼は知らなかったし、知っていたとしてもそれを嗅ぎ分けるほど雅な身上でもなかったから。
けれどもともかく、入ろうとした部屋の中が今どうなっているかだけは分かったので、彼は少しだけ居住まいを正してドアを開けた。

「…………………これはまた、……すごいな」

数瞬沈黙してから、ようようそれだけ呟く。

「あら。お帰りなさい、ファラミア様」

中にいた少女は顔だけで振り向いて、平然と挨拶した。
その回りには、部屋に積み上げてあった本や武具、書類などが所狭しと並べられ、整理されるのを待っている。
まるで敵に向かうかのように雑巾を握りしめた姿には何も言わず、ファラミアは窮屈そうに歩いて、自らのベッドに荷物を置いた。
途端に、鋭い叱責が飛ぶ。

「ほら、またそんな所に置く!一生懸命片づけているのがわからない?」
「いや……それはとてもよく理解できるんだが」
「わかってるなら邪魔しないで。まったく、ファラミア様ったらいつもそうなんだから」

ぶつぶつと文句を言い出した彼女に苦笑して、ファラミアは誤魔化しがてら肩をすくめた。

「ファラミア様は止めてくれ。呼び捨てでいいと言っているだろう。
 それにあなたもフーリンの一族なのだから、私の世話などする必要はない」

このようにするならボロミアのところへ行け、と暗に言われているのを悟って、少女はつんと顔を逸らした。

「私はただの町娘ですし、それにボロミア様もファラミア様も同じ昔なじみです。そういう態度は可愛くありませんね」
「可愛くなくてもいいと思うが……」
「あーあ、昔はあんなに可愛かったのに」
「あなたが私を知っているのは、せいぜい20歳頃からだろう」
「20歳のファラミア様はあんなに可愛かったのにー!」
「五つにも満たない幼児にそのように思われていたとは……今初めて知ったよ、イシル」

くくっ、とファラミアは堪えきれないように笑って、置いたばかりの荷物を彼女の手元へ置き直した。

イシリエルという名のこの娘は、ファラミアの遠縁にあたる分家の少女だった。
主筋には遠いものの王宮への出入りは許されており、ようやく王宮に上がった幼少の時分から、何かと彼ら兄弟に付いて歩いた。おそらく権力を欲した父親が次期執政に取り入るために指図したのだろう。
しかし彼女自身の気性はまっすぐだったので、彼らもそれを厭わず、まるで妹のように彼女を可愛がってきた。ボロミアもファラミアも、同じように。

「……それで。ただの町娘、というものは、執政の息子の部屋に勝手に入った上に説教などするものなのか?」

まだ笑いながら問うファラミアに、彼女は整理し終わったらしい物達を手早く棚に並べながら、澄まして答える。

「そうねえ。私、一応フーリン家の一員ですから、そういうこともあるでしょうね?」
「分かった分かった。あなたの勝ちだ、降参する」
「よろしい。じゃあ私はボロミア様のお部屋に行きますから、もう散らかしちゃ駄目ですよ」
「努力をお約束します、月の姫」

柄じゃないと嫌がる敬称をわざと使うと、彼女はむっとして手を伸ばし、ぴんと彼の額を弾いた。
ふわり、とまた花の香りが漂う。

「部屋に入られるのもお説教されるのも嫌なら、これからは自分できちんとお掃除しなさいねー」

そんな台詞を吐きながら、彼女は部屋を去っていった。
残された彼は、残り香に少し目を伏せながら、誰にも聞かれないようにぽつりと呟いた。

「…………別にどちらも、嫌ではないが」

 

◇     ◇     ◇

 

一方、少し離れたボロミアの部屋まで歩いてきた少女は、掃除道具を持ち直してふう、と息をついた。

昔、彼らがまだ成人したばかりの頃には、兄弟の部屋は隣同士にあった。そこに入ることを許された少女は、ボロミアの部屋にもファラミアの部屋にもいたくて幼心に考え抜き、砂時計で時間を計りながら行き来していたのを覚えている。
しばらくそうしていたら、兄弟は降参したと笑って、部屋に内戸をつけてくれた。そこから、ボロミアの部屋にいるときはファラミアに、ファラミアの部屋にいるときはボロミアに話しかけていたものだ。

その部屋は今、ひとつ空き部屋になっている。30を過ぎた頃、ボロミアには世嗣として正式な執務室が用意され、私室もそこへ移動したためだ。
それからは、ボロミアの部屋を気軽に訪れる者はいなくなった。彼の弟でさえも。
もちろん、ファラミアが兄を愛さなくなったわけではなく、ボロミアが弟を気に掛けなくなったわけでもない。
けれど彼らが、彼ら以外の要因や立場によって、幼い頃のままではいられなくなったのも事実だった。
二人には厳格な父と、護るべき民と、等しく築いてきた彼女との時間があったから。

ただ彼女だけが、今日も変わらない気楽さでそのドアを叩く。

「こーんにちわー。ボロミア様、入りますよー」

どうせいないだろうと、誰何も待たずドアを開けたが、その予想は外れていた。

「……………」
「……………」
「……………」
「……何か言うことはないのか?」

部屋の中、ため息をつきそうな顔で立っている彼は、鎧の下に穿く膝丈のトラウザーズ以外に何も着ていなかった。
そばに今脱いだばかりらしい帷子と鎧、麻のシャツなどが置かれている。
少女はしばらく呆然とした後、頬に手を当てて顔をしかめた。

「な……」
「な?」
「な、な、なんですかっっこの部屋は!!おととい掃除したばっかりなのに、なんでこんなぐちゃぐちゃにッ!!」
「そこか」
「どこですか!もう、ボロミア様、いい加減にしてください!だらしないッ!!」
「いや、ちょっと捜し物をしていて……気が付いたら」
「気が付いたら、じゃありません!出した物を戻さないからそうなるんです!ああぁああ、絨毯がシミになってるぅ〜!」
「……すまん」

乱入されたのはこちらなのだが、と思いつつ、ボロミアは素直に頭を下げた。
こういう時の彼女には逆らわないのが身のためだと、長い経験から知っている。
少女は文句を言う間も惜しい風に掃除道具を取り出して、せかせかとしみ抜きを始めた。

同じ散らかっているのでも、ファラミアとボロミアではタイプが違う。
ファラミアの部屋は書類や本がどんどん増えていくけれど、それは研究者が研究に没頭するあまり積み上げていってしまうようなもので、分類して整理してしまえばそれで終わる。
だが、ボロミアの部屋はとにかく何でもかんでも置きっぱなしで、またそれに気をつけずに動くものだから、カップを倒したり書類を雪崩れさせたりと惨憺たる有様だった。
汗まみれの服を書類の上に放り出そうとしている彼からそれをひったくりつつ、少女は大げさにため息をついた。

「ボロミア様……本当に、どうにかしてください」
「部屋など少しくらい散らかっている方が落ち着くぞ」
「少しじゃありません!今のうちになんとかしないと、恥ずかしくてお嫁さんももらえませんよ?」
「構わん。嫁の来手がなければ、お節介な幼なじみでも娶ればいい」
お節介って誰のことですか?
「……そこか」

かくり、と少々力が抜けたが、没頭しているイシルは気づきもしなかった。


その後、苦労して掃除を終えた彼女は、お茶の用意をしてファラミアを呼びに行く。
三人集えば、何の気兼ねもなく話し込んでしまうのはいつものこと。この時だけは、ファラミアもボロミアも体面など気にしないでいられるから。

「はい、ファラミア様。お茶は薄目にしておきましたよ」
「ありがとう」
「ボロミア様は濃い方がお好きですよね?」
「ああ。昨夜は夜通し訓練だったからな、眠気覚ましも兼ねて」
「え!それなら休んだ方がいいんじゃ……」
「いや、この後も執務が待っているし」
「書類であれば私がやっておきますから、夜までお休みになっては?」
「それがいいですよ。私だって、計算とかならお手伝いできますし」
「……おまえの字は下手すぎて読めん」
「し、し、失礼な!!女の身で読み書きができるだけでも誉めてほしいです!」
「そうですよ、兄上。イシルはとても短い時間しか勉強できませんし、まだ若年なのですから」
「しかしなあ、ファラミア。おまえに教わってあれとは……少々出来が悪くないか」
「なによ!自分だってすっごいド下手のくせに!」
「なにい!?」
兄上、イシル。程度の低い争いはおやめください」
「なっ……」
「程度……」

にっこり、と笑ってお茶をすするファラミアに、二人は絶句して顔を見合わせ、黙り込む。
彼の流麗な筆跡を思い起こせば、言えることは何もなかった。


たとえ憮然とした空気が流れても、三人にとっては心地良い、ひととき。

 

END.

 

 

 

 

や っ て し ま っ た ……
日記見てる人は分かりますが、この話は初出3年前の夢ネタです。ちょうど王の帰還見て追補編見て「ファラミアあああ!」ってなったあたりの。
まあ私の夢は非常に分かりやすく創作夢なわけでして、これもこのまま夢に出たわけですが。あ、ボロミアの部屋のくだりは今作りましたが。スパッツだけのボロミアの部屋に乱入とかよくね?w
とりあえずこれと、あと指輪戦争のあたりのシリアスなネタを夢に見ているのですが、この設定おいしいというかファラミアとボロミア大好きなので、色々書いていこうと思います。基本一話完結で。
次はデネソールとの話を書きたいなー。デネソールも好き。あのひとの精神力はすごいわ。

ちなみにイシル=エルフ語で月、なので月の姫。星の次は月ですか。安直!


■作中用語解説■

フーリン:ゴンドール執政家の祖の名。このため執政家をフーリン家と言ったりする。