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    稀なる存在    

 

エルロンド様。髪をお結いしましょうか?」

ドアをノックしようとした手が、思わず止まる。

冬深い白銀の世界から、温度すら違うようなこの谷に着いた途端、『面白いものが見られますから』と急き立てられるように向かった主の私室。
そこで似つかわしくない柔らかな声音を聞いたとき、一瞬部屋を間違えたかと思った。

「分かりました、それではお茶の後に。いいことを教えてもらったので、あとで試してみますね?」

うきうきと弾むような声に答える返事もまた、聞いたことのないくらい優しげで。
本当にそれは自分の見知った主なのだろうかと、思わず頭を抱えたくなった。

「今はないしょ、です。では、お茶をご用意いたしますのでお待ちください」

そして、ぱたんとドアを開けて部屋から出てきたのは、白い簡素なローブを纏った見慣れぬ少女だった。

 

◇     ◇     ◇

 

「……あー。その、」

既に部屋のすぐ前まで来ていたため、出てきた少女と鉢合わせる形になったアラゴルンは、とっさに台詞を思いつかずに口ごもった。
目の前の少女はどう見ても人間で、今まで裂け谷で見たことはない。
そもそも、他種族との接触をあまり好まないエルフが、このように年端もいかぬ少女を滞在させるのは珍しいことだ。しかも来客としてならばともかく、主の私室まで出入りさせるとは。
そんな戸惑いが表れてしまったのか、少女は驚きから立ち直ると、あわててぺこりと頭を下げた。

「ご、ごめんなさい!お邪魔をしてしまって!」
「……いや、私の方こそ。妙な所にいてすまなかった。……ええと」
「あ、私、エルリアン…と申します」
「エルリアン?……それは」
「い、いえあの、エリと呼んでください。皆様そう呼んでくださいますから」

何故か恥ずかしそうに手を振って遮る彼女は素朴で愛らしく、初対面の人間にも親しみを感じさせる。
アラゴルンは少しおどけて目礼をした。

「わかった、ではエリ。私はエルロンド卿に用があるのだが、お部屋にいらっしゃるかな」
「はい、いらっしゃいます。エルロンド様のお客さまですか?では、お客さまの分もお茶をご用意しますね」
「いや、客というわけではないのだが。……あんたは、小間使いか何かか?」
「え、っと。私もそういうわけでは……」
「?」

要領を得ない回答に首を捻る。
少女は笑って、ほんのわずか瞳を伏せた。

「私、森をさまよっている所をこちらの方に助けていただいたんです。そのまま、ご厚意で滞在させていただいてて。
 ずっとお世話になりっぱなしなので、少しでもお役に立ちたいと思って、お手伝いを」
「なるほど。しかし、その、エルロンド卿の世話……を?」
「はい。たいしたことはできませんが、髪をお結いしたり衣装を揃えるくらいはどうにか」
「……髪を……」

ちらりと部屋のドアを見やって、アラゴルンはしばし絶句した。
あの人が他人に髪を結わせる姿というのも、なかなか想像しがたいものがある。いや、側近のグロールフィンデルあたりにならさせているのかもしれないが、それはそれで見たくない絵面だ。
堅物のエレストールがそんなことをしているのはもっと想像できないし、かといってその辺の女官や小間使いなら頼まれたって逃げてしまうだろう。少しでも粗相をしたら命はないような気になりそうだ。

「あのう……」

唯一そんなことができそうなのは、アルウェンくらいか。しかし彼女の性格から言って、そんなことはやりそうにないな。
いつの間にかじっくりと考え込んでいた彼に、エリがおずおずと切り出した。

「あのう、すみません」
「……あ。ああ、すまん」
「もしご迷惑でなければ、お名前を伺ってもいいですか?エルロンド様のお知り合いですよね」
「ああ、そうだった。名乗るのが遅れたな。私は幼少の頃ここで暮らしていた者で、名前は………」
「……?」
「名前は……そうだな、この地ではエステルと呼ばれていたが。本名はアラゴルンという」
「アラゴルン、さん?」
「さんはいらない。私は上品とは程遠い性分でね。できれば敬語も外してくれれば嬉しいな」
「は、はい。努力します」
「ありがとう」

にこ、と目を細めた笑顔を見て、エリはゆっくりと目を瞬かせた。
アラゴルンはそれに気づかないまま、主の部屋に入るために腰の短剣を逆側に差し替え、被っていたフードを後ろに除ける。雪は外で落としてきたが、それでも服はしっとりと湿っていて、自分の部屋に寄って着替えてきた方が良かったかと一瞬だけ思った。
せめてもの身繕いにざっとマントを払ったところで、ほう、と少女が小さくため息をついたので、彼は不思議そうに首を傾げた。

「どうした?」
「アラゴルンって……かっこいいですねえ」
「は?」

ガタン!とどこかから何かを倒す音が聞こえたのは、気のせいだろうか。
どこかからというか目の前の部屋から。
エルフの聴力の凄まじさを思いやって、アラゴルンはなぜか嫌な予感を覚えた。

「…………いや、その」

そういったことを、言われたことがないわけではない。人間の国の宮廷に仕えたときなど、それなりにましな格好をしなくてはならなかったから、女官などをあしらう術も身につけている。
しかし、こんなに面と向かって下心もなく感嘆されたことはなかったので、アラゴルンは思わず視線を逸らした。

「そ、そうか?しかし、裂け谷には私などよりも器量良い方がたくさんいるだろう?」
「うーん……それはそうですけど。ほら、エルフの方たちって皆さん『きれい』って感じじゃないですか。
 だから、アラゴルンみたいに格好いい人はいないと思います」

ガタンああ、また聞こえた。危険が危ないと野生の勘が告げている。
服の下に滲む冷や汗を隠しながら、彼はぎこちなく微笑んだ。

「それは光栄だな。では、また後で会おう、エリ」
「はい!」

エリは満面の笑みで丁寧にお辞儀をした。

 

◇     ◇     ◇

 

「……そうか。今の所、各地の情勢に大きな変化はないということだな」
「はい。良くなっているとは言えませんが、少なくとも悪くなってはいないようです」

旅先から送っている書状と同様の報告をしている間、予感に反して主の様子におかしいところはなかった。
思い過ごしか、とアラゴルンが胸をなで下ろしていると、軽いノックの音と小さな挨拶の声が聞こえた。
途端に起こった変化に、思わず目を見張る。

「入れ」

それに返事をするエルロンドは、何十年をここで過ごした彼ですらめったに見ないことに口元に笑みを浮かべていたのだ。

「失礼します」

茶器を抱えた少女が入室してきて、慣れた手つきでお茶を淹れ、自分に向けて小さく手を振ってみせるまで、アラゴルンは表情を繕うことを忘れていた。
慌てて平素を装い、礼を言って茶を受け取る。
エルロンドは自らもカップを受け取ってから、アラゴルンに向き直った。

「この者は、過日グロールフィンデルが森で保護した者だ。ここに来るまでの記憶を失っているらしい」
「記憶を…?」
「そうだ。種族はおそらく人間であろうが、それも定かではない。故に記憶を戻すまでここに留まらせている」
「そうでしたか」

主に倣って茶を口元に運ぶと、柔らかな芳香とともに品の良い味が広がる。
なるほどこの地らしい風味だ、と感心しながら、アラゴルンは視線を戻した。
少女は人なつこい笑みを浮かべながら、彼を見つめている。

「エルリアン。彼との挨拶は、既に終えているのだろう?」
「っ……」
「はい、エルロンド様。先程外でお会いしましたので」
「よろしい。ではもう良いから、部屋で休んでいなさい」
「あ、でも……」

一瞬吹き出しそうになったアラゴルンを不思議そうに見ながら、エリはふと言い淀んだ。

「あの。髪を、お結いしなくてよろしいですか?」
「ああ、そうだったな……」

普段なら必要ないと一言で片づけるところだが、その残念そうな口調から、何かやりたいことがあるのはアラゴルンにも分かった。
しばらく考えた後、エルロンドは頷いて傍に立つ彼女を見上げた。

「では、おまえの好きなように」
「はいっ!」

エリは嬉しそうに笑って、ごそごそと持ってきた籠を探る。
額飾りを慎重に外して丁寧に髪を梳かした彼女が、その黒髪に白い生花を編み込みはじめたとき、一連の出来事に呆然としていたアラゴルンが堪えきれないように破顔した。

「……それはもしかして、アルウェンに教わったんじゃないか?」
「あたりです!アルウェンに似合うなら、エルロンド様にも絶対似合うと思って〜」
「それはそうだろうな。お二人とも非常に美しい黒髪をお持ちだから」
「そうなんですよね。だからこの髪を飾らせていただくのが、私の楽しみなんです」
「……………。」

一気に打ち解けた会話が聞こえないかのように、黙々とお茶を飲む主に向けて、アラゴルンは笑ったままカップを掲げてみせた。

なるほど。エリの名前は、あなたのお考えですか」

随分と愛しんでいらっしゃいますね、とシンダール語で呟くと、エルロンドはまた微笑んだように見えた。

 

END.

 

 

 

 

やっと書けたー。途中で色々あって延び延びになってましたが、帰省する前に書いとかないと書かなくなる可能性があると思ってがんばりました。

しかし何故か、アラゴルンだけコメディ風味に(笑)なぜ(笑)
こうして四人書いてみると、エリへの溺愛度がうっすら分かるような気がします。あ、四人てーかエレストールとグロールフィンデル入れて6人か。
大きい順に エルロンド>レゴラス>エレストール(意外と)>ハルディア(自制有り)>アラゴルン(気分はお兄ちゃん)。グロールフィンデルは番外で。このひとの本心など分からぬ!w
逆にエリからは、エルロンド(崇拝するご主人様) レゴラス(愛すべき弟) エレストール(気のいい執事さん) ハルディア(優しい警備隊長さん) アラゴルン(大好きなお兄ちゃん) グロールフィンデル(尊敬する先生) みたいになるのかな。イメージ的に。

意外とエルロンドが台頭してきています、最初はハルディアに対する当て馬のつもりで皆様登場したはずなのに。恐るべしパパ。
今後は双子をアラゴルンにぶつけるつもりで出したり、強面厳格エレストールをでれでれにさせたり、グロールフィンデルが意外と特別扱いしてるとこを見せたり、アルウェンとアラゴルンでお兄ちゃんお姉ちゃんをしたりしたいと思います。アラゴルン受難ぽいw
あとハルディアもちゃんと出さないとだめですね。もうハルディアラブかどうかわからんくなりましたが。

まあでも書きたいだけで本当に書くかどうかは分からないですけどね!いつも通り!神のみぞ知る!