「センパ………い……」
俺は、こんな時間にも拘わらず(午前二時)仕事中であることも、周りにまだ人がたくさん居ることも忘れて、呆けた様にスクリーンに見入った。
俺が開発し、俺が制作し、俺がメンテナンスする超AAA級アンドロイド。
ブロンドにボンキュボンな外見もスペシャルなら、お高い装置がコレでもかと詰め込まれた中身もスペシャルな可愛いベイベの頭部は、俺の手から滑り落ちて脚立の下にいた技術研究員にかろうじて抱えられた。
……もう何日寝てねェんだっけか?
そんな事を考えつつ脚立の最上部に座り直す。
ここに到着して一度メールを送ったが、その時はまだ組みかけの右手を持ってでも、官舎に帰る余裕があった。
それからすぐに目がまわる程忙しくなって、愛用のモバイルもずっと触ってない状態。
到着してから24時間開かれなかったメールは、軍本部からと先輩からの物に限り、仕事先に転送されるように設定してある。
少し具合が悪かったベイベちゃんの中身を心配する本部からの催促は毎日だったから、管制からのアナウンスがメール受信を二通告げた時、不用意にもいつも通り大スクリーンに展開させてしまったのだった。
赤いからだに大きな瞳。
低い甘い声で呼ぶ、俺の名前。
『クルル、元気か?ちゃんと食っているのか?寝ているか?』
質問する時、無意識に傾げる小首の角度は32度だ。
いつまで経っても返事の無い物に話すのが苦手らしく、時々妙な間があったり。
『スケジュールに変更は無いな?三日後には戻るんだろう?』
忙しくなる前のスケジュール…変更のメールを打つ暇も無ェし。
ってか、もう十日も経ってんのか!?アリエネエ……。
『本部からの指名で極秘任務では逆らえんが…随分遠くへ行ったのだな……』
そりゃあ、ワープ中は時間の流れは無いも同然だけど、主観的に見りゃ相応に時間経過はする。
先輩のいる地球からここまで、ワープスピードでざっと4000時間。
そう思えば遠いが、それも休眠ポッドに入ってりゃナシだぜェ?
『無事に帰ってきたら食わしてやろうとお前の好きなカレーを煮込んでいるぞ』
ああ、それで……(今まであえて触れなかったが)給食エプロン着てるんだ?
冬樹にでも借りたのか?料理をするからって、そんな……給食エプロン…オタマ持って……そんな……
『煮込めば煮込むほど美味くなるらしいから、楽しみにしていろ(ニッコリ)』
そんな格好が、似合ってどうすんだよ!!!ニッコリ…ニッコリって!!
赤い悪魔なんだろ、アンタ!!悪魔どころか天使にしか見えねェーんだよチクショー!!
『あ!煮込めば煮込むほどって言っても今日から三日も煮込むからな?それ以上は味を損なう恐れがあるぞ、寄り道せずに帰って来るんだ、分かったなクルル!』
ああ、ああ分かったよ。
そんな元々赤い顔を更に赤くしてオタマ振りながら言うんじゃねぇ。
“早く逢いたい”なんて。
“ちょっと淋しい”なんて。
こんなモン見せられたら………感染っちまうだろ?
「わぁ〜クルル曹長、可愛いですね!」
「うわっ……バカ!!」
脚立の下からの邪気のない声が、しんと静まり返ったホールに響きわたった。
下を見ると、ベイベの頭部を抱えたままの年若い技術研究員がスクリーンに見入り、直属上司らしい男は隣で青ざめている。
「陸軍特務の一桁コードナンバーが恋人だなんて、さすがクルル曹長だなぁ…僕の幼なじみはこの人に憧れて陸軍志願したんですよ〜」
素。それを体現しているような表情と声で、感心しきったように言う。
脚立下から俺に工具を渡す専属だったが、作業に没頭している間をよくよく思い返してみても、指示を出す前に必要な工具が完璧に差し出されていた。
そういえば日常のメンテナンス結果と不具合の詳細はコイツから報告されたんだっけか。
「…………アンタ、えーと…シムム上等兵だっけ?」
「ハイ!」
「……見た通り、俺様はあと二日で帰らないといけなくなっちまってなァ、すぐ出ないと間に合わねーから…後任すゼ?」
「え…?後って、A63-817-9000SPの精密メンテナンスを、僕がですか!?」
「出来んだろ?」
「…………で、出来ます!僕は貴方に憧れて研究部に入りましたから!」
「オイシムム!調子に乗りすぎだぞ!!これは開発者であるクルル曹長に一任されているのだ」
隣の上官が大声を出した。
いかにも面倒事を避けて老後の恩給マッシグラって感じだ。
「ウルセェおっさん、自分が出来ねぇからって人の事まで一緒にすんじゃねえよ。アンタに頼んでねんだよ。俺に一任されてんだろォ?だったら今からシムム上等兵が現場総指揮で最高責任者だ、ユーアンダスタン?」
くるくると頭の上で人差し指を回してイヤミに笑う。
俺は、シムムの抱えたベイベの頬に最後のキスを贈った。
「それとなァ、俺様のハニーエンジェルが可愛いのは………」
ビシっとシムムを指さして言いかけた時、またも大スクリーンに赤い、赤い天使の姿。
『つっっ追伸!!メールの中のお前は、誰か女性の手を握ってたろう!?帰ってきたら、ちゃ、ちゃ、ちゃんと説明してもらうからなっ!!』
照れ隠しなのだろう、天使はマシンガンにマガジンを装填する。
「………モチコースなんだよ。…ちょっと凄腕ソルジャーなんで命懸けだけどな」
俺とシムムは少し気が抜けた様に顔を見合わせ、それから仕方なく笑った。
あれはアンドロイドの右腕だとちゃんと信じてくれるといいけどな……取りあえずコロコロしとかないと、金髪なんか付いてた日にゃ問答無用だゼェ……
俺はそんな事を考えながら大急ぎで手配したチケットを持って、センパイ行きのシャトルに乗り込むのだった。
END. |