戦場という名のステージ。
あのひとは踊るように身を翻し。
木陰に身を潜め、岩陰を盾にして。
様々な銃を乱れ打ち、多様な爆弾を使いこなし。
そこに彼の美しい体色を見た兵士達を、恐怖させ、狂喜させ。
誰よりも素早く、誰よりも的確に、その使命を全うするカリスマ。
………そのうち、誰よりも華麗に散ってしまうんじゃないか、という俺の胸の痛みも知らないで。
◇ ◇ ◇
「先輩、今度いつ会える?」
自分のベッドで目を覚ました彼に、珈琲のカップを渡しながら問いかける。
胸の中は彼が今、手の届く所に居るという嬉しさと、数時間後には居なくなるという寂しさといつか永遠に居なくなってしまうんじゃないかという恐怖とが、渦を巻くように交ざり合っている。
「何だ、藪から棒に。スケジュールは知っているだろう?今週中は無理だ。来週はまだ分からん」
大きく伸びをしてカップを受け取る無防備な仕草も、口を付ける前に一瞬目を閉じて香りを愉しむ平和な顔も。
癪に障る。イライラする。
「俺は、次にいつ会えるか聞いてるんだぜェ?答えてくれよ、先輩」
「だから、分からんと…!!!」
弾かれたカップが床でぱりん、と軽い音をたてて割れる。
その音さえもウザッテェ。
白いカップの戒めを解かれて床を浸食する珈琲の黒いシミが、まんま俺の心。
「……どうした、クルル?何をそんなに怒っているんだ?」
訝しげな先輩の顔が、胸に痛くないワケじゃない。
少ない休日を、こうして俺の所まで来てくれて。
プライベートな時間を全て俺に差し出してくれて。
それでも、俺は。
「………セン…パイ………」
死なない約束をしてくれ。
俺だけを置いて、どこにも行かない約束をしてくれ。
出来る事ならアンタの手足になって、アンタの命令のままに、生も死も常に共に在りたい。
それが俺の望む全て。
シーツの中の彼の膝に突っ伏した俺の頭に、体温の高い手が被さる。
脳天から頬まで何度か往復して。
シーツを掴む俺の手に重ねられる。
「大丈夫だ、クルル……ほら」
優しい声に目を上げると、胸のベルトを裏返して見せた。
バックルの裏に留められた最後の武器。
その細身のナイフの鞘にまで『KULULU'S LABO』のロゴと渦巻きマーク。
軽くて、丈夫で、切れ味の良いように最高の調合を施した合金で作った、それを撫でながら。
「……いつも、ここに居る。いつでも、だ」
そう言って、微笑んだ。
「……………クックック…いつでも、か。そりゃあ難儀なこって」
「そうだな。お陰で珈琲も台無しだしな…そっちのも冷えてしまっただろう?どれ、俺が煎れてやる。……それと、お前寝てないだろう?」
お前が仕事していても、俺はここに来るから。終わらせようとして無理をするんじゃない。
ベッドから降りようとしたその身体を、掴んで、引き寄せて、シーツの海に沈めて。
中途ハンパに抵抗する腕を押さえ、薄く笑いながら耳元で囁く。
「……愛し合う時間がねェと先輩、寂しいだろ?」
「ばっ…馬鹿者!そんな時間は別に無くてもいい!は、はは離せ!!」
「嫌だね。…ク〜ックックック…………」
「んうっ……や、クル……っっ…」
神様なんて迷信、信じた事は一度もねぇが、俺が神じゃねぇか?と思う事は度々だ。
なら、俺が俺の望みを叶えてやる。
最高の手足をアンタに。
永遠の幸福を俺に。
END. |