姿が見えないと、落ち着かない時期があった。
犬猿の仲なんて呼ばれていて、自他共にそれが真実だと信じていた時期。
顔を合わせればいがみ合い、口論やケンカはしょっちゅうで。
姑息な罠を仕掛けたりマシンガンをぶっ放されたりしながら、落ち着かないのはいつ攻撃されるか分からないせいだと思って、家中にカメラを仕掛けたりした。
体を繋げてないと、イライラする時期もあった。
なんだかんだ理由をつけて、もしくは無理矢理ラボに連れ込んで、陵辱する日々。
あのひとがどんなに怒っても、憤慨しても、泣いても、そんなことはどうでもよくて。
自分の体力も顧みずに、ただあのひとを屈服させることだけ考えて、様々な薬や機械を試した。
ついには、あのひとがこっちを見てないと不安を感じるようになった。
会議に出ていても、作戦中でも、繋がっている時でさえ不安になる。
例え作戦に必要なことでも、あのひとが他人に目を向けたり話しかけたりすれば、胸の痛みを表に出さないのがやっとだった。
そんなときは、有無を言わさず物陰に連れ込む。そうすれば、あのひとは必ず、怪訝そうにこっちを見るから。
その瞳に自分が映っていることに柄にもなくほっとして、用意しておいたどうでもいい理由を告げる。あのひとは少しだけ不思議そうにしながら、笑う。
真っ暗な胸の内に灯りがともったような気がして、思わず触れるだけのキスをすると、あのひとはいつも真っ赤になって拳を握りしめていた。
いつでも、どこにいても、どんなときも。
あのひとが自分に与えるものは、焦りや不安や喪失感。
自分が無に還る感覚や、恐怖。挫折感。今まで感じたことのないもの。
だからずっと、あのひとが嫌いだった。
苦しいから。
◇ ◇ ◇
「……ルル、クルル。そろそろ起きろ。準備はできているのか?」
目が覚めたその瞬間から、あのひとはそうして俺を気遣う。
作戦開始に間に合うよう、それでもギリギリの時間に起こされた俺の機嫌は、当然良くない。それをなだめるように。
「ほら、起きて顔を洗ってこい。グズグズしているなら、俺は先に出るぞ」
「………だるい」
「遅くまで起きているからだ。出撃の前日くらい、早く寝ろ」
「………うるせぇよ、黙れ」
加減も気遣いもなく、低い声を出す。
目覚めきらないアタマが、一瞬ヒヤリとしたけれど、あのひとは特に気にした様子もなかった。
「黙って欲しければ用意をしろ。そんなことでは、戦闘で命を落としかねんぞ」
「……この俺様に限って、そんなわけねえだろ」
「油断は禁物と言うだろう。それに、部下を死なせてしまったらどうする」
「他人なんかどうなっても構わねえよ……」
「では、俺も死ぬかもしれんな」
「!」
ば、と勢いよく顔を上げると、あのひとはそれを予想していたかのように笑って。
俺からブランケットをむしり取って、手にしていたタオルを投げつけた。
「目が覚めたか?早く顔を洗ってこい。朝食を用意しておく」
「……心臓に悪い起こし方、すんなよ」
「間違ったことは言っていないぞ?戦場に絶対はない。俺も今日、命を落とすかもしれない」
「んな訳ねえだろ。俺がアンタを死なせるなんてことはねえよ、絶対に」
「……………。」
あのひとがゆっくりと視線を外す。
途端に、もう慣れたけれど慣れることがない焦燥が、じわじわと湧き上がってくる。
怖い。心細い。寂しくて不安で息苦しくて、自分の存在すらおぼつかない。
けれど。
「センパイ」
けれど今の俺は、その不安を楽しんでもいられる。
あのひとの瞳が俺を見ていないときでも、その先を待ち望んで、笑うことができるようになったから。
「なんも心配いらねぇよ。俺は天才だし、油断もしない。センパイを死なせることも、センパイの代わりに死ぬこともねえ」
「……クルル」
「そんなこと考える暇があったら、こっち来て朝の挨拶でもしてくれよ?」
かあ、と頬を染めながら、それでもあのひとはゆるゆると近づいてきて。
恥ずかしいのだろう、まだ目をそらしながら、俺の頬に手を置いた。
「ほら、センパイ。早く」
「……………」
「俺を見て、おはようって言ってくれよ。そしたらさっきのことは許してやるぜぇ」
「……おまえが起きないのが悪いんだろう。俺は悪くな……っん、う」
言葉半ばで唇を奪うと、あのひとはびくりと震えて目を閉じた。
目尻に雫が浮かぶのを間近で見ながら、ちゅっと音を立てて吸い上げる。
「……ほら。早く」
「………っっ」
キスを繰り返しながら急かす俺に、懸命に息継ぎをしながら、あのひとはうっすらと瞳を開けて。
俺の目をじっと見て、掠れた声で、小さく何か呟いた。
それが俺に、急転するシアワセをくれるから。
「おはよ、センパイ」
だから俺は、ここにいられる。
バカバカしい、くだらない、全く思い通りにならない不自由なこの世界に。
END.
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