「クルル!クルル、いないのかッ!?」
ノックもせずラボに飛び込んだギロロが、血気に逸って辺りを見回す。
奥の部屋に慣れたキータッチ音を聞きつけてそこへ踏み込んだが、しかし、コンピュータに向かっているクルルは振り向きもしなかった。
「あ〜?なんだよセンパイ。俺、今忙しいんだがなァ」
「そ……!」
そんな答え方があるか、と思わず怒鳴りかけて、クルルの声の真剣さに気づく。
いつものだらだらした態度ではない、自分にすら目もくれない様子に、上っていた血がすうっと降りた気がした。
ギロロは言葉を飲み込むと、ひとつ息をついて、握りしめていた掌をほどいた。
「……。な、何か、急ぎの仕事……なのか?」
「ああ。すまねぇな、ちょっと手が離せそうにねえんだ」
「そ、そうなのか」
「ナンか用かよ?」
「え…っ」
クルルはさして不機嫌そうに言ったわけではなかったが、その言葉にびくりと立ち竦む。
用、と、言われても。
ギロロが抗議しようとしたことは、冷静になってみれば任務にも作戦にも関係ない、言うなれば他愛のないことで。
ここのところあまり姿を見せなかった間、ずっとこうして任務をこなしていたのだろうクルルに、自分が抗議できることなんて何もなくて。
ギロロは身を縮こまらせながら、小さな声で呟いた。
「そ、その……俺がここにいたら……邪魔、か?」
「あん?」
らしくない言葉に、クルルがモニタから視線を移す。
途端に自分の肩から飛び降り、きちんと足を揃えて立つミリリを横目で捕らえたが、クルルの瞳は一瞬たりとも『それ』に向きはしなかった。
「んだよ、センパイ。気持ち悪ィな」
「そ、そうか?」
「俺がセンパイを邪魔にするはずねえだろ?」
「だが、仕事中なのだろう。俺が喋っていたら、うるさくはないか?」
「イーんだよ、別にアタマ使うようなことはねえし。後は全工程の経過報告書を打ち込むだけだしよ」
「……そうか」
またモニタに向き直り、驚異的な速さでタイプしていくクルルに、そっと近づく。
斜め後ろに立つと、クルルが意味ありげにククッと笑った。
「センパイ、俺が仕事してる時だけは、モノスゲエ気ィ遣うよな〜」
「それは……当然、だろう」
「自分は作戦の役に立ってないのに、俺はこうして任務をこなしてるからかい?」
「……………。」
わざとあからさまに要点を突くと、ギロロが俯いたのが振り向かないでも分かった。
それに、もう一度笑って。
「アンタは、本当に上辺しか見ねぇよなあ……」
「な、何っ!?」
「じゃあ、俺がなんでこうやって仕事してると思う?」
「……?なんでって……軍人が任務を果たすのは当たり前のことだろう」
「生憎、俺様は勤勉な性質じゃないんでね。お仕着せの研究すんのに、自費投じて徹夜仕事する理由はねえよ。
アンタの後ろで畏まってるソレを創ンのに、俺がいくら貯金使ったと思ってんだ」
「???どういうことだ?」
「さっさと成果を出せだの経過を報告しろだの、ウザッテェ本部連中に、なんで黙ってると思う?
なんでわざわざ、こうやって適当な研究成果をデッチ上げてると思う?」
「でっち……って、おまえ!そんなことがばれたら!」
「俺様が三日かかりきりだったんだぜ?この半年の成果って言ってもバレやしねえよ」
「……………それは……いつもの気まぐれ、じゃないのか」
やっとそう返すと、クルルは楽しそうに肩を揺らした。
タイピングの音が一段と早くなる。
もはやモニタを追うのも難しいくらいのそれが、ただ一度のミスタイプもなく完成されていくのにギロロが目を奪われていると、ふいにクルルが口を開いた。
「アンタ。そいつに情が湧くのが怖いんだろう」
「!!」
「おかしいと思ったんだよ。不器用でも真っ先に構っていきそうなアンタが、ああもあからさまに避けるなんてなぁ」
「お、俺は……別に……」
「そいつはいずれ本部へ徴収されて、兵器として戦場に出る。それが怖くて仕方ないんだろ?」
「……く、クルルっ……!」
ずけずけと歯に衣を着せないクルルの言葉に、思わずギロロの声が掠れた。
考えないように、していた。
自分には関係ないと、敬遠していたかった。関わってしまえば情が湧く。一度仲間として親愛を感じてしまえば、離れるのが辛い。
ましてや、ミリリはケロン人ではない。人として認められた種族でもない。ただクルルが創り出した『兵器』として、物として扱われるだろうことを考えると、安易に可愛がることはできなかった。
こんなにも純粋で一途な、まるでクルルの心の奥底を見ているような姿を。
ギロロはわずかに首を振って、椅子の背をきゅっと握りしめた。
「……こいつは、現在あるどんなものとも違う、傑出した兵器だ」
「当然だろ?この俺様が創ったんだぜぇ?」
「……ケロンの切り札となるかもしれん」
「そうなるだろうな。俺にとってもまあ、最高傑作と言っていいかもしれねえ」
クルルのタイプ音は止まらない。
「……ならば、本部に引き渡すのが得策……だろう」
そう言った途端、クルルが最後のエンターキーをパシリと打ち込み、背もたれを傾けて仰向けにギロロを見た。
一瞬、視線が交錯する。漆黒の瞳が、何かに耐えるように歪められているのを見取って、クルルはすっとギロロの軍帽に手を伸ばした。
「クック〜、センパイ。アンタ頭悪ィんじゃね?」
「何……?」
「俺がアンタのカケラでも他人に渡すと思ってんのか?もしそうなら、最初からアンタの遺伝子なんか使いやしねえよ」
「……だが、それではあちらが収まらんだろう」
「だからこうして突貫で報告書作ってんだろ。つくづく頭悪ィな」
「何?…まさか…それはこいつの代わりなのか!?では、こいつはどうなるんだ!?」
「ンなこと、決まってんだろ。アンタと同じ、過酷な運命を辿るんだよ」
「俺と同じ……??」
ぽかん、と間抜けな表情を晒すギロロを、片手でぐいと引き寄せながら。
「一生、俺様の実験体ってことさ」
クルルはこの上なく嬉しそうに笑って、無防備な唇に噛み付くようなキスを落とした。
つづく? |