優しくなった、と。
気づいたのはつい最近のことだ。
いや、優しいというのは語弊があるのかもしれない。
相変わらず事を始める時はいきなりだし、こちらの都合など何も考慮しない。
どれだけ嫌がっても止めてくれたことはないし、それどころかますます煽られたように乱暴されるのが落ちだ。
それは、優しいとか思いやり深いとか、そういう類の変化ではなくて。
もっと、そう。素直になった……というイメージだった。
「センパイ。明日、どっか行くか?」
「……ん……?」
とろとろと微睡みかけていたら、すぐそばからクルルの声がした。
重い瞼を開くと、バスルームから戻ってきたクルルが、するりとベッドに入ってくる。
心地良い湿り気と暖かさを感じて、俺は無意識に笑みを浮かべた。
「明日、休みらしいぜぇ」
「休み…?」
「隊長がなんかやりたいことあるんだと。文句言われたくねえから、隊員全員の休暇申請したらしい」
「……あいつはまた、好き勝手を……」
半分眠りながらため息をつくと、クルルが肩をすくめる気配がした。
「そ。だから俺達も好きにしようぜ?堂々と休暇なんて、久しぶりじゃねえ?」
「そう…だな」
「センパイの行きたいとこ、どこでも連れてってやるよ。野営訓練はカンベンしてほしいけどな」
「……ふふ。相変わらず軟弱…だな」
「だから俺は、もともと前線向きじゃねえっつーの……」
「軍人たるもの、常に訓練しておかねばならんぞ……しかし、明日は……」
「……明日は?」
「おまえの……好きな所で、いい」
「え、いいのかよ?……ってか、明日一緒OKなの?」
「うん…?駄目な理由でも、あるか?」
「……………。」
クルルは、しばらく黙り込んで。
それから、今にも眠り込みそうな俺の額にゆっくりとキスをして、やっぱり眠そうな声で答えた。
「んっとに、カワイイなあ……センパイは……」
不意にそんなことを言い出すから、反射的に目を開く。
至近距離にいるクルルは、今まで見たことがないような顔で微笑っていた。
「……!」
どくん、と心臓が跳ねて、眠気が一気に覚める。
口先で反駁するのも忘れて見入れば、その笑みがますます深くなるから。
俺は頭に血が上るのを感じてシーツを掴み、俯いて顔を隠した。
なんて返したらいいんだろう。
なんて返したら、クルルは喜ぶんだろう。
俺は言葉が上手くない。以前の皮肉っぽい台詞にだってろくに言い返せはしなかったのに、こんなふうに素直に笑ってくれるクルルに、どう返せばいいのかなんて分からない。
いや。
それ以前に。
俺は、その言葉が嬉しいのか?クルルを喜ばせたいのか?
どうして?
「え」
ふと浮かんだ考えに、小さな呟きが漏れた。
慌てて口をつぐんで様子を窺うと、クルルは既に眠り始めていて。
「クルル…?」
呼んでも、瞳を開こうとはしなかった。
すくすくと小さな寝息をたてながら、俺の隣で当然のように眠るクルル。
あんなに仲が悪かったのに、行為も無理矢理でしかなかったのに。
どうして変わってしまったかなんて、考えようともしなかった。
今ではあまりに当たり前すぎて。
クルルの隣にいないなんて、その方が不自然になっていて。
気づいてみれば分かり易すぎるこの感情を、言葉にする暇がなかった。
「……そう、か。俺は、おまえのことが好き……なのか」
今突然に、気づいたそれ。
今初めて、気づいた俺。
鈍い俺などと違って、クルルはもうとっくに知っているのだろう。ここぞとばかりに馬鹿にされそうだから、こいつの前では絶対に言えないが。
でも。
「可愛いという言葉は不本意だが……おまえにならば、悪くはない」
だってそれは、好意の表れだから。
以前のように俺が嫌がるのを楽しむためではない、本当の気持ちだと分かるから。
正直に言えば、俺も、こいつのことを可愛いと思うことがある。実行できるかどうかは別にして、無性に構ってやりたくなる気持ちも分かる。
キスをして、他の誰にも見せない姿を見せて、くだらない話を延々として、素直な好意を口にして。時に声を荒げてやりあっても、結局は隣で眠る日常。
信じられないくらい、穏やかな幸福。
ああ、そうか。
「これが、恋人同士というやつか……」
似合わない言葉を呟きながら、自分でも驚いたことに、笑みが零れて仕方なかった。
くすぐったくて甘い衝動が駆け抜けて、思わず大声で叫びたくなる。クルルが隣に寝ていなければきっとそうしただろう。
一生懸命にそれを堪えて、寝ている時もかけたままの眼鏡をクルルから奪い取ると、俺は起こさないようそっとくちづけた。
「俺は、どうしようもなく鈍いから……気づかなくて悪かったな。だが、きっと、もうずいぶん前から……」
こんなにも傍にいるのが当たり前になるくらい、以前から。
おまえのことが好きだったみたいだ。
聞こえてないからこそ言える言葉を、クルルの唇に告げて。
俺は満足して、もう一度目を閉じた。
END.
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