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    羽を交わせぬ鳥    

 

私に罰を与えることができるのは、誰ですか。
私が罪を贖えば、なにかが変わるのですか。

愛することしかできないおろかな想いを、
割り切ることができない脆弱な感情を、
持たずに生きていくならば 
人生はどんなにか光り輝くでしょう。

弱くもなく、おろかでもなく、
ただ気高くまっすぐに。
あのように生きることができたら 
人生は光り輝くでしょうか?

神よ 懺悔したいのではありません 
私はただ、おそろしいのです 
あのひとのそばで なにもかも赦されて生きていることが 

いつか赦されなくなる日の訪れることが 

 

 

 

選択する権利は、俺一人に与えられた。


万を超える善良な民衆。日々の生活を営む、平和な都市。
彼らを全て、この世から抹殺する権利。
本当はそんなもの、人が握ってはいけないのかもしれないが、その時の俺は確かに感謝していた。
大義名分の名の下に、彼らの運命が俺の指先に掛かっていることに。

これを知ったら、あのひとは怒るだろうか。哀しむだろうか。
守るべき民間人を殺した自分を、赦さないだろうか?

いつでも、どんな時でも誇り高い軍人で在るあのひとならば、きっとこんな選択はしない。
最後の刹那まで決して諦めず、民を救うために奔走するだろう。
そんな生き方は疲れるだけだと、あのひとに出逢う前の自分なら、割り切れたはずなのに。

「……ま、これで見限られたとしても、俺が欲しいモンだけは残るからなァ……?」

悩んでいる時間などほとんどないことが、この際はむしろ救いに思えた。
俺はすうっとひとつ呼吸をして、指の下で操作されるのを待っているコンソールに、触れた。

 

◇     ◇     ◇

 

「……ルル。クルル!」

人込みが行き交う宙港で、待っていた声がかすかに鼓膜を叩く。
目を上げると、遠くても見間違えようのない緋色が、雑踏の隙間から透かし見えて。
俺はくわえていたタバコをそばの灰皿に押し付けると、壁際から身を起こした。

「よ、センパイ。お帰り」
「わざわざすまんな。待っていてくれれば、こちらから出向いたんだぞ?」

前線基地からようやく帰ってきた早々、首を竦めて恐縮する表情に、思わず笑みを誘われる。
俺は専用機を停めてあるエアポートへの出口を指で示して、歩き始めた。

「こんなことくらい、なんでもねえよ。それに他のヤツはともかく、センパイは真っ先に検査しねえと駄目だしな」
「別に、俺だけが悪かったわけでは……」
「嘘つけ。どうせ倒れた他の感染者の分まで、アンタが無理して走り回ってたんだろが」
「う………」
「ったく、何のために医療班と後続部隊がいると思ってんだ?テメエだけでフォローしようなんて無茶すぎんだよ」
「……し、しかし、俺は体力だけは人並み以上だし……それに、おまえのワクチンがあったからな!」

ピクリ、と。
揺れたのは、指先だけで。

「あれはすごいな……それまで食事もできなかった重病人が、一日で歩けるようになったぞ?」
「まあ、病原が機能阻害で、毒素とか身体に残るモンじゃなかったしな。それを抑えりゃ一発だ」
「そういう事情もあるだろうが、いつもながらおまえの薬は良く効く。決して期待を裏切らない」
「……大したもんじゃねえよ」
「そんなことはない。おまえのおかげで皆が助かった、ありがとう」

戦闘ならば慣れているが、伝染病などというものには手も足も出ない、と。
真っ直ぐな笑顔でそう言われて、俺は眩しくて瞳を細めた。
隣を歩く彼の頬に指を滑らせ、唇を近づけて、囁く。

「アンタが生きて還ってきてよかった……」
「クルル?」
「アンタの窮地に間に合って。アンタの生命を救うことができた。俺はそれだけで満足だ」
「……!く、クルっ……!」

ちゅ、とそのまま口づけると、まだ周りにいる人々をちらりと見渡して顔を染める。
それにククッと笑って、専用機のハッチを開こうとした、その時。

「……しかし、よくあんなに早く、必要量のワクチンを確保できたな」

感心したように呟かれて、思わずリモコンを操作する手が、止まった。
顔を合わせていない時で良かった。そうでなければ、間違いなく狼狽させてしまっただろう。
急に息苦しくなった気がして、俺は小さく息を吸い込んだ。

「なんてことねぇよ」
「そうなのか?こちらの医療班は未知のウイルスだと言って、ほとんどお手上げ状態だったが」
「まあ、凡人にゃ荷が重いかもなァ。あれはまだ論文発表もされてねぇ、まったく新種の病原体だし?」
「そうか。さすがに、天才と名高いおまえだけのことはあるんだな」

素直な賛辞が。
悪気のない感謝が。
優しい声音で、背中に突き刺さる。
リモコンが落下しそうになって、俺は思わずぎゅっと手を握りしめた。

センパイ」
「うん?」

ハッチが開くのをおとなしく待っているあのひとを振り返り、最大限の努力をして、何でもないように。

「ちょっと、中で待っててくれ。ここの管制センターに連絡しとくことがあってよ」
「?通信では駄目なのか?」
「あ〜…別にいいんだけどよ。あんま、公的電波に乗せたくネェこと、だしな」
「……おまえ……もしや、妙なことを企んでいるのではないだろうな?」

訝しげな顔で、また頬を赤らめる彼に、人の悪い笑みを浮かべて。

「妙なコト、なんて考えてねぇぜ?アンタのことならずーっと考えてるがな」
「く、クルル!おまえは、全く!」
「クックッ……悪ぃが、すぐ帰ってくっから。なんかありゃ通信で呼んでくれよ」

それだけ言って、俺はヒラヒラと手を振りながらその場を離れた。

情けねえ、なあ……?

自嘲の呟きが、心の中で漏れる。すぐそこに感じる、気力の限界。
こんな綱渡りのような思いを、いつまで続けるんだろう。いつになったら終わるんだろう。
あのひとは何を知っても、決して俺を責めたりはしない。責めるとしたら、それは俺のことを心配しているだけだ。
だけど決して、俺と同じ所へ堕ちてきたりもしない。
立っている場所が違うことにあのひとが気づかないのは、彼が生まれた時から高みそこにいて、これからもずっとそこにいるからだ。
天を駆る者に、地を這う者の姿は見えない。だから。

「…………………天才なんかじゃ、ねえよ」

あのひとが、生きて還ってきた。俺が欲しいのはそれだけ。それだけで十分なはずなのに。
肩が震えるのを、抑えられなかった。

「天才だなんて、二度と言うんじゃねぇ」

天才ならば。
いつも豪語していたように、俺がケロン一の天才であったならば。
あのひとも民衆も、どちらも救うことができた。
本部の接収命令のままに、開発中の薬を病人の手から取り上げたりすることなく、全てを助けられた。
そうして、あのひとの隣で誇って在ることができたのに。

「俺はそんな、ご立派な人間じゃねえ……!」

ガツ、と通路の壁を殴った拳が、血の糸を引いて裂傷を作る。
あの綺麗な緋とは違う、澱んだ赤色が堪らなくなって、俺はもう一度叩き付けようと腕を引いた。
しかし、それがもう一度ぶつかる前に、俺の身体はぐいっと強く引っ張られた。

「クルル!いったい何をしているんだ!?」
「……!」

いつの間にか、すぐ後ろにあのひとがいて。
怒ったような、困惑したような表情で、眉を顰めている。
一瞬だけそれを確認して、俺は俯いて顔を隠した。

駄目だ。知られてはいけない。知られるわけにはいかない。
民間人を守るのが役目であるはずの軍が、感染地域より前線を優先して、俺の作った薬を横流ししたなんて。
上層からの密命を無視しようと思えばできたのに、自分の身勝手な都合でそれを甘受したなんて。

あなたを助けるために、無辜の民一万を見捨てただなんて

このひとを苦しめるのが怖い。
このひとから軽蔑されるのが怖い。
あのときすでに発病していた人々が、今どんな状態なのか調べるのが、怖い。

「……なんでも、ねえよ。俺様も、ちょっとイロイロあってなァ…?」

別にこんなこと、作戦参謀としては珍しいことじゃない。一個師団を丸々オトリにして奇襲をかけたこともあるし、侵略する星に民間人を連れていって油断させたこともある。
軍人とはそういうものだ。戦争とはそういうものだろう?
軍が民のためにあるなんて、このひとか、さもなくば新兵くらいしか信じていない絵空事だ。
自他ともに認める腹黒い俺様が、今さら一万人くらい見捨てたって、何をビビることがある?

「くだらねぇことばっか多くて、さすがにウザったくなったんだよ」

ククク、と無理に喉の奥から笑うと、大きくため息をつく音がして、こつんと額が叩かれた。

バカだな。おまえは」
「……?」

驚くほど近くで呟かれた言葉に、思わず顔を上げると。
あのひとは、予想と正反対の目をしてこっちを見ていた。
全てを見透かすような、優しい、ひとみ。

「おまえが何に苦しんでいるのか、俺などには分からんが……おまえは天才だ。俺が一番よく知ってる」
「……!」
「おまえの判断は、間違っていない」
「……センパイっ……」
「今、そうして苦しんでいることも、無駄ではない」
「………っっ、」
「おまえが自分を疑っても、蔑んでも、俺が知っている。おまえがどんな人間なのかを。……それで十分だろう?」

少し照れながら、でも慈しむように、頬が撫でられて。
彼がいつも武器に結んでいる麻布が、くるりと傷口に巻かれた。

「だから、怖がらずに行ってこい。おまえが一番いいと思うように。俺は先に、おまえの家で待っているから」

おまえの帰りを、待っているからと。
囁いて、あのひとは俺の身体を、きゅっと抱きしめた。

「……………セン、パイ」

もし、俺の命と民衆の命、どちらかを選べと言われたら。
このひとは必ず、民衆を選ぶ。
悩んでも、苦しんでも絶対に途を違えることはない。

「……ラボに、医療プログラムを組んでおいたから。着いたらまず、それで検査してくれよ」
「分かった」
「機密だから、事情は話せねえし……何日かかるか、分かんねーけど」
「大丈夫だ」

でも、それでも。
俺は何度でも、選択し続けるだろう。
割り切れない想いのために。見捨てられない辛さのために。
輝ける途でなくていいから、赦されなくてもいいから、誇り高いあなたのそばでせめて存在していられるように。

「……行ってくる」

そう告げて、センパイから手を離すと、俺はエアポートへの通路に足を向けた。

 

END.

 

 

 

 

クルル へ た れ す ぎ !
いやー長かった。普段、特にクルギロは2時間くらいで書き上げるのに、これは5日がかりで終わらせました。雰囲気創作は苦手なのですー。まあ思いついたからには書かずにおれないわけですが。
いつも思うけど、クルルはギロロを崇拝しすぎです(笑)確かにうちのギロはクルの思うような人間ですが、だからといって弱くないわけでも愚かでないわけでもないのですがね!ギロはギロで、クルに劣等感を感じているわけですし。
でもそのすれ違いが楽しいと思います。こんなにできあがってる甘カプなのに、完全には分かり合えない。分かり合えたらつまんないじゃん!誤解→傷心→ハピエンドもないしさあ(好物)!
あー、心臓痛くなるような創作が書きたいです。ハピエンド前提で。

あと、一つどうでもいい説明を。
ワクチンというのは感染予防のための医薬品であって治療に使うものではないので、ここでの「薬」はおそらく免疫グロブリンみたいな生物学的製剤だったと思われます。
でも抗体作るのには違いないし、クルルなら色々使えるものを作るだろうという考えからこのままで。
わりと悩んだとこだったのですが、「ワクチン」の方が語感の収まりが良かったので……まあクルルは一度もワクチンとは言ってないし、ギロロは薬とワクチンの違いも分かってないんで、ほんとどうでもいいんですがね!w

ちなみに「羽を交わせる鳥」=比翼の鳥のこと。なので交わせないってことは、自分は飛べないって蔑んでますクルル。
考えてみればコレ、一作目「地に堕ちては連理の枝」の対になってるかんじ。あの時はまだ恋人じゃなくて、同じ所に立ってると思ってたのに、ラブになってみたら相手は戦っても殺しても自分と同じ所へは堕ちてこない、そんな絶望がひしひしと。
それに全く気づかないギロはひどいと思いますが……天然ギロモエなので!