「うぐ」
デスクの書類に手を伸ばした瞬間、肩が外れたような音を立てて、俺は思わず低く唸った。
コンピュータの前に長時間いるのはいつものことだが、こうずっと集中していると全身が凝り固まったようになってしまう。
ゆっくりとシートの上で伸びをしてから、立って歩いてみる。
「……動脈血栓になってもおかしくねえな、こりゃ」
歩く力も、少しおぼつかない。かなり弱っているのかもしれないと思うが、今やっている仕事は急ぎのうえ最重要事項だ。いくらひねくれ者の自分でも、これを疎かにするのは研究者としてのプライドが許さなかった。
しかしそれも、そろそろ終わる。
完了までの時間を目算してからふと、久しく見ない赤い顔を思い浮かべて、俺はモニタに目をやった。
……おかしい。
あのオッサンなら、もうとっくに連絡してきて、ごちゃごちゃと世話を焼いていたっていい頃合いなのに。
何日こうしているのか記憶は定かでないが、一日や二日でないことは確かだ。なんだかんだ言って心配性のあのひとが、こんなに長く姿を見せない自分を放っておくのは、珍しいことだった。
「……別に、それを期待してるワケじゃねえけどよ」
無意識に呟いた声に、着信音が重なった。
タイミングいいねえ、まさか俺様お見通されちゃってンの?と苦笑しながら、メールを開く。
そこには予想通りのメッセージが記されていた。 |
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クルル、仕事は終わったか?終わったのならば、食事を作りに行くから連絡してくれ。 ……簡単な物しか出来ないが。 |
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ああ、ああ、いつ聞いても信じられねえよなあ。あのアクマさんがこんなこと言ってんだぜ?なんだよこのメロメロに甘い台詞は、悩殺するにも程があんだろ。『食事を作りに行く』だってよ、これは所謂一つの『通い妻』ってカンジー?
クク、と笑いながら、わざとつっけんどんな答えを返す。
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メシ?食うと眠くなるんだよなァ…昨日も一昨日も寝てねえし、仕事もまだ終わらねぇしな。コーヒーなら飲んでやってもいいぜェ? |
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そ、そうか……そうだな。すまん。少しでもおまえの手助けができればと思ったんだが、余計なことだったな……。
俺では何の助けもしてやれないが……その、任務が無事終わることを願っている。……スマン。 |
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……?先輩、何かあったのかよ?いつもはムリヤリ食わしに来るくせに。
悪いけど、アンタの癖は全部覚えてっからな……会いたい時ほど尻込みするのも悪いクセだぜぇ?
アンタはいつも青筋立てて怒鳴ってんのがお似合いなんだよ。あー、腹減りスギで目が回りそうだぜ〜。 |
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な、何もないぞ?おまえの思い過ごしだろう!
俺は、ただ……俺が行くことで、おまえの邪魔になってはいかんと思っただけだ。
今やっているのは、とても重要な任務なのだろう?ガルルも珍しく感心していた。『万が一にも間違いがあってはならない任務だ、それを任されたとは』……とな。
腹が減ったのなら、誰かに食事を届けさせよう。だから、頑張れ。 |
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「……なんでソコに、あいつの名前が出てくんだよ」
まさか、俺が籠もってる間にあのヤロウが来てたってことか?ふざけんな、こら。
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万が一ィ?アンタ言っといてくれよ、『俺のクルルは宇宙一の天才様なんだからテメエと一緒にすんじゃねぇ馬鹿ムラサキ! By G66』てな(笑)
だが、アンタ以外の誰かが仕事中の俺のラボに入って来れると思ってるたぁ、見くびられたモンだ……俺はケロン軍元帥がメイド服で跪いてきても門前払いくわせる自信があるぜェ?クックック…… |
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なっ…!だ、誰が『俺のクルル』なんだっ!誤解を受けるような言い方をするな!
それに元帥閣下に対して不敬は許さんぞ!そんな発言が上層に知れたら、またややこしいことになる。少しは身を慎まないか!
おまえはどうしてそうなんだ……そんなだから、俺がおまえを甘やかしているなどと言われ……
……いや、何でもない。ともかく、何か食べろ。いいか、何でもいいから絶対に腹に入れるんだぞ?いいな? |
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「……あのクソムラサキ芋野郎」
舌打ちと呪詛の言葉が、同時に漏れた。
クソムラサキに何を言われたのか。そんなものは、このひとの分かりやすい発言と行動からすぐ知れる。
大方、『おまえはあの男を甘やかしているのではないか?このような重要な任務をしている最中に気を散らせば、大問題になりかねない。それこそ身の破滅だ』とかなんとか、オッサンの心理を揺さぶったんだろう。
別にあのクソムラサキが何を画策しようと関係ねぇが、俺のセンパイに干渉してるってとこが許せねぇなぁ〜……今度会った時は覚えとけよ、瞬殺してやっからなァ……?
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何でも?じゃあスピリッツと……それからアンタが二週間前に持ってきて冷蔵庫に入れてった軍食堂のランチ、あと俺様発明ヤバさMAX激辛パウダー入りカレーパン。そんなとこでいいかい? |
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いや、ちょっと待て!!何だそのラインナップは!そんなものを空きっ腹に詰め込んだら、本当に死んでしまうぞ!?
お、おまえ、わざとやっているだろう!……俺にどうしろというんだ! |
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イラ、と憤りが腹を巡る。
俺がここまで言っても、まだあのクソムラサキの言いなりかよ。ソレがアレかよ、俺のため?俺のためとか思っちゃってんの?それで来ねえの?俺のためなのに、俺よりムラサキを信じちゃってるワケ?
なに、ソレ?
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……分からない?単純思考のアンタの為にこの俺様がこんなに分かり易くやってんのにそれが分からねぇだといい加減にしろよオッサン俺はアンタ以外誰一人ここには入れネェっつたんだぜ腹が減ったとも言ったハズだぜアンタに来いっつってんだ解ったかバカヤロウさっさと……来ねぇ、と……………プツ |
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途中で通信をブチ切ると、慌てたように返信が返ってきた。思うツボだ。
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……クル、ル?クルル!?大丈夫か!?
まさか、倒れているのではないだろうな!? |
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るんじゃねーよ、馬鹿ヤロウ。
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……っ…っっ……
お、怒った……のか……?
…………い、今すぐ行くっっ……行くか、ら…っ、や……いやだっ……クルル、
………………す……捨てないで……くれっ……! |
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「……は?」
ぽか、と口が開くのが自分で止められなかった。
なんだ?捨てる?何の話だ?誰が?俺が?誰を?
「ク………………ク、ククククク……あのクソ芋……」
何を吹き込んだか知らねえが、チンケな罠仕掛けてくれるじゃネェか。こりゃ、盛大にお返ししねえとなぁ……?
報復の手はずをシミュレートしながら、俺は涙目で怯えているだろうセンパイにメールを送った。
ただ一文。
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カレー食いたい、なんて、口が裂けても言わないぜぇ〜?ク〜ックックッ… |
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……か、カレー…?
……っ…い、今すぐ行く!待っていろ!! |
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しばらく後。
頭の中で復讐計画を、手と目で任務をやり終えた頃、ラボ内に派手な音が響き渡った。
(ぴんぽーん)
(ぴんぽーん)
(ぴぽぴぽぴぽぴぽぴ)バシュッ!
「クルルっっ!!生きているか!」
「いや……ちょっと、生きてる状態から離脱するかもしんね〜……」
「ま、待て!離脱するな!ほら、これを食え!」
「……?なんだ、これ」
「カレーだ!」
「て、オッサンこれ、レトルトじゃねぇかよ」
「う……し、しかし、作っている時間はなかったし……」
「ここまで腹減らしてインスタントかよ〜勘弁しろよ、オイ」
「ぜ、贅沢を言うな!ほら、温めてやるから、食え!」
「ウゲ、しかもこれ子供用じゃねえか。カレーの王子様〜?こんなもん食えねっつんだよ〜激辛カレー食わせろよ〜」
「駄目だ、そんなもの胃に悪いに決まってるだろう!これなら胃に優しい!……いいから、ほらっ」
「じゃあ口移しなら、食う」
「!?!?」
「イレモノくらいサイコーじゃねえと、やってらんね」
「な……!おま……!そ、そんなことできるわけないだろう、水ならばともかく!」
「んじゃ、水でもイイや」
「な!?」
「センパイ〜早く〜ハラ減ったよ〜」
「………………はぁ……。
……俺は本当に、おまえを甘やかしているのかもしれんな……。」
力なく肩を落としたセンパイは、それでもスプーンを取り上げて、俺の口の中に激甘のカレーを押し込んだ。
END.
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突発3。相変わらず妹とのメールにて。
仕事が一時的に立て込んで、ぐたーってなりながら帰ってきた日に届いたメールが冒頭のメール。
私はクルがガルに張り合うのが好きです。ガルに対しては他よりも余裕なくなる(脳内印象)ぽいので。
本当は、妹がギロから入ったので私がクルを担当する流れだったのですが、無理でした……。やっぱクル難しい!私にはギロが向いてます!
とか言いつつ、まさに今やってる最中の突発メール劇場では、クル担当してるんですけどね私☆(相手がもっと難しい、というか私が知らないキャラなので)(そしてラブ話が全く似合わないぽいキャラなので!)
妹とのメール劇場はかなり最強なので、難しいお題もこなせそうです。というか毎回どういうオチに着地するのか双方予想せず、終わったメールを眺め渡して説明とかつけるんで、これからどうなるのかさっぱり分からないのですが!w
初のクルギロ以外の突発劇場、もしちゃんと終わればアップします〜。終わらないかもしれんが。なにせお題が『鬼畜もSMも変態もエロもない、ラブ甘さがにじみ出るガルクル』なので!(笑)は、腹いてー!無理だ!!
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