ピピピピピ、と鳴り響くアラームに、シートにだらしなく腰掛けていたクルルはふと身を起こした。
いまどき音声通話ではない、音声を文字に変えて送るメッセージメール。同じ敷地内にいて、こんなアナログな形式で通信してくるのは、ただひとり。
そしていつでもどこででも受け取れるよう、クルルが緊急回線に直結させている発信者も、ただひとり。
「さて、一体何の用かね、と……」
呟きながら、メールを開く。
それは確かに、彼の想い人からのものではあったが、読み進めるうちにクルルはわずかに眉を顰めた。
「……んだよ、本部へ送る荷物……?」
以前、高速ネットワークに乗せて送るように頼まれていたもの。
メールには、それについての依頼が簡潔に書かれてあった。
『明日、できるだけ早くに送ってほしい。アドレスは前に送ったが、必要があれば再度送る。
精密機械なので、取り扱いには注意してくれ。手間をかけてすまんな……お前にしか頼めんのでな?』
最後の言葉に、お愛想かよ?と一瞬毒づくが、そんなことができるはずもない相手を思い出して少し笑う。
クルルは手早くメッセージを返した。
『あー、あのメールなぁ。どこやったっけなぁ〜……悪いが、もっかい送ってくれよ先輩〜。
アンタのアレの為だ、ヤブサカじゃねぇダロ?報酬は…そうだなァ、とりあえず今夜…待ってるぜェ?クック〜』
返事はすぐに返ってきた。
『ば、馬鹿者!これも一応任務のうちだろう、誤解されるような言い方をするな!
アレとか、報酬とかっ……こここ今夜とか!何を言っているんだ、おまえは!
と、ともかく、アドレスを送る。……おまえ、通信記録くらいはきちんと管理しろよ。通信兵の名が泣くぞ?』
そんな、いつも通りの小言に、また笑って。
『そんなモン無くたって、俺はいつでもアンタの事を把握してる。いつどこで誰と会って、何を話したのかもな。
必要がありゃ見れもするぜェ?クックックッ……まぁ確かに、天才な俺様にしちゃヌルいミステイクだ。
しょうがねェから、今夜はクスリだけは勘弁してやるよ……正気ってのもなかなかオツなもんだろ?』
別に、通信記録からそれを拾い出すのは造作もないことだけれど。
あえて、そう言って反応を見てみた。
しかし、それに対する返事は、なかなか返ってこなかった。
別に大しておかしいことは言ってないだろう?言ったのか?と、自分の送信ログを見返して考え込んでいると、30分も経ってからようやく返信が来た。
『スマン、風呂に入っていた。
……しかし、把握しているとはどういう意味だ?……まさか、管理システムに不正侵入しているのではあるまいな!
馬鹿者、そんなことが本部にばれたら、降格の末に本星帰還は避けられんぞ!
貴様がいなければ、俺は…………いやその、そうだ!作戦遂行に多大な支障が出る!身を慎むがいい!!』
ガクリ、とコンソールの上に伏せる。
ノンキに風呂入ってんじゃねえよ!
しかもツッコむのはそこじゃねー!
バレるような手落ちが俺にあるわけねーだろうが!
そもそもあんな欠点だらけの軍のシステムなんか、頼まれたって使うかっつーの!
言いたいことは色々あったが、とりあえず。
『先輩、俺様を誰だと思ってんだい?本部のアホウ共に俺の仕事がバレるって?
……イッペンよォ〜く教えとかなきゃだなァ、その身体に俺の仕事ってヤツをたっぷりな……。
あり得もしねえコト考えてるヒマがあったら、風呂上がりのカラダが冷めねェ内にさっさと来いよ。
それとも……拉致りに行こうか?』
自分が少し、焦っているような感覚はあった。
これでもし彼が否定するようなことを言えば、本当に攫いに行っていたかもしれない。
けれど。
『な……!おま……!!
…………………
お、おまえの慢心は目に余る!そんなことを考える暇があったら、軍人らしくトレーニングでもするがいい!
待っていろ、俺が直々に監視・指導をしに行くからな!く、くれぐれも不穏な考えを持つんじゃないぞ!?』
ククク、と思わず満面の笑みが漏れた。
そういうことを先に宣言してしまう彼が、本当に可愛らしいと思う。
『ヘェヘェ、トレーニング、ね。分かってるよ先輩……確かにありゃ基礎体作りに持ってコイだしな。
その上今夜は先輩が『指導』してくれるときたモンだ。願ったり叶ったりだぜェ?
今夜つったって朝までに終わる保証はないしな。覚悟して来いよなァ〜?
ほら、そんなトコで赤面してねぇで、さっさと入って来な。どうしたってアンタは俺のモンなんだからよ?』
ドアの外に、監視システムなんか使わなくても感じる、気配。
モバイルで通信しながら歩いてきたのだろう、その気配が、狼狽えたように揺れる。
『……!……!
……………………!!
も、もういい!黙れ!おまえの、その、悪ふざけには付き合いきれん!俺は帰るっ!』
それが照れ隠しであることは分かっていた。
帰るつもりなどなくて、クルルが引き止めることを前提として言っていることも分かっていた。
けれど、それを読んだ瞬間、何処からか冷たい風が吹き込んできたような気がして。
気がつくと、ドアの前で踵を返しかけたまま返事を待っているだろう彼に、いつもなら言わないようなメッセージを投げていた。
『へえ?帰ンの?帰るんだ?ならイイゼェ、帰んなよ。
…………アンタが俺の事どう思ってンのか、理解ったって言ってんだよ。悪ふざけってのはイイ評価だ、泣けるねェ。
要らねえモンはさっさと見捨てりゃいい、そうだろう?何迷ってんだい?』
返事は、しばらく返ってこなかった。
やがて。
『……クル、ル…………
………………おまえ、だろう……俺を見捨てているのはおまえの方だろう!どうしてそうなんだ、いつもいつも!
お、俺は……俺は……おまえのことなんか……っっ……』
要らないと言おうとして。
それでも、どうしても、言えない彼に。
クルルは軽くため息をついて、白旗を掲げた。
『見捨てる?違うな、先輩……分かってるハズだぜ?俺は生きてる限り、アンタを手放さねェ。
アンタが俺を捨てても、何をしても、どう思っても、だ。もし俺をいらねェと思う時が来たら、俺を消してくれよ。
アンタのその眼で見据えられてアンタの手で引き金引かれるんなら、これ以上の幸せはねェから』
「ギロロ先輩……アンタを愛してる。俺の下らねェこの身体が消え去るその瞬間まで、だ」
ドアを開けてそう言うと、廊下の壁に寄りかかっていたギロロが、ゆっくりとこちらを向いた。
潤んだ瞳が、ラボからの光に反射して煌めく。
一度、ゆるりと首を振ってから、ギロロは唇を噛んで俯いた。
「俺がお前を……殺せる訳がないだろうっ……」
「センパイ」
「……俺だって……俺だってお前のこと、を、………あ、あ、あああ愛っ……」
「センパイ、ちょい待ち。ところで、4月1日って何の日か知ってるかい?」
「?今日?確か、ケロロが朝なにか……
…………!!?」
「あぁ、今ちょうど、昨日になっちまったけどな。んで?先輩が俺のコト、何だって?あい?」
ギロロは三瞬ほど、呆気にとられたように目の前の男を見て。
それから、ぶるぶると握り拳を震わせると、手元の空間をガチャリと揺らした。
「……き、貴様……最初からそれが目的か!!許さん、そこへ直れッッ!!!」
「うわ!?」
どがーん、と派手な爆発音をさせて、クルルの今いた場所に黒煙が立つ。
「馬鹿者!(どがーん)貴様はいつもそうだ!!(どがーん)いつもいつも俺をからかって、馬鹿にして!!
いつもいつもっっ……いつも、おまえはっ…………」
「う、うわわッッ!先輩!ちょ、待っ、なん……!……あー、もう!!」
半泣きが全泣きになりつつも武器を手放さない彼にチッと舌打ちして、クルルはボケた視界のまま闇雲に弾を撃ち込む背後を取った。
「んだよ!誕生日くらい、アンタの口からはっきり聞かせてくれたってイイだろうが!?
ギブ&テイクだろ、なんでそんなに怒ってるんだよ!!」
「…………………は?」
後ろからがっしりと抱きしめられたギロロは、銃を取り落とすくらいに動揺して。
窮屈な空間で、ようよう振り向く。
「た…??誕……???
お、おまえ!また騙すつもりじゃないだろうなっ……!??」
「騙すって何だよ?俺がいつ、センパイを騙したって?
いや……そりゃ、いつもは……けど、今は!」
「………………。」
珍しく素直にむくれるクルルを間近で見て、ギロロも一緒に黙り込む。
やがて、必要以上に顔を赤くして、ギロロはその腕を振り解いた。
「く、くそっ……うるさい、もう黙れ!俺は何も言わん、言わんぞ!!大人しくそこへ直れ!!」
「あー、ハイハイ、分かったよ。これでいいんだろーが。好きにしやがれ」
「……き、今日だけだ!祝いだからな、それ以上の意味は全くないのだぞ!??………うぅ、……」
しぶしぶ、といった風に床にあぐらをかいたクルルの頭を。
立ったままきゅっと抱きしめて。
決死の覚悟、といった面持ちでギロロはそっと、クルルにキスをした。
「……………………え?
せ……センパ…イ…?…今……………………!!!!」
「う!?…わッ、ななな何だ!何をする!離せっクルル!」
「無理。」
「や、あっ、待て!クルル!ここは廊下……!」
「ああもうなんでそんな可愛いんだよ今すぐヤリてえツッコんで掻き回して揺さぶってヒーヒー言わせてえー」
「んんんっ、だ、め…っだめだ、部、屋、にっ……!」
最後の理性が効いたのだろうか。
それとも、敵の襲来を本能で察知したのか。
クルルは身を捩るギロロを軽々と抱え上げると、ドアが開くのももどかしくラボへ駆け込んだ。
後に残ったのは、廊下の先の曲がり角を曲がりかけて止まったままの、二人の男。
「……………あの……ホラ。……仲良き事は美しき事、でありますよ?」
「……………」
視察と称して弟に会いに来た上官を案内していた軍曹は、本当に恐る恐るといった風に、隣を見上げる。
ふ。と、隣の男の口元が静かに歪み……継いでガシャーンという盛大な重火器転送音が聞こえた。
「キィ〜ヤァアアァ〜!!!!」
この後、基地が壊れるのを阻止するために隊長がどれだけ苦労したか……そしてそれを尻目に、絶対に入れない空間と化したラボでどのような行為が行われたかは、読者の想像にお任せする。
END.
【おまけ:超ラブ空間内部のラブ会話】
「……クル、ル……」
「んー?なんだい、センパイ」
「……その……スマン、な」
「?何の話だ?」
「せっかくの誕生日なのに……その日のうちに、祝ってやれなくて……」
「……ク…クックック、アンタって奴はどこまで人がイーんだろうねぇ……たかが生まれた日、てだけだろうがよ。
それにかこつけて慈悲をもらおうってヤローになんざ、謝るもんじゃないぜぇ?」
「いや……昨日一日、おまえが物言いたげにウロウロしていたのは、そのせいだったのだろう?」
「!」
「誰かに祝ってほしかったのだろう?フフ、おまえもなかなか可愛いところがあるんだな?」
「ざ、けんな……人を子供扱いしてんじゃねーよ、こんなカッコウでよ?」
「あっ!こ、こら!もうやめないか!」
「それに、“誰か”じゃねーよ。他人なんかクソ食らえだ。俺が欲しいのはアンタだけなんだよ、分かってんのか?」
「や……わ、分かったから……やめ……!」
「いーーーや、分かっちゃいねえ。アンタはいつも、一番大事なことを分かってねぇんだ」
「……?……何…言って……」
「それを独り、惨めに追っかける俺の身にもなってみろっつーんだよ。……全く」
「ん、……クル…っっ……」
「あぁ、分かってる、分かってるよ。俺は哀れな物乞いで、アンタの欠片をメグんでもらって生きてんだ。
……ちゃんと、肝に銘じとくぜ」
「クルル、……クルルっ……」
「愛してるぜ、センパイ……」
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