「申し訳……ありません……」
震える声。
俯く視線。
「私は……私は本来、王子殿下のおそばにいてはいけない人間です」
罪を悔いるとき、君の口からはなつかしい敬称が出る。
すでに王子ではない僕を、普段は騎士長閣下などという他人行儀な名で呼ぶくせに、こんなときだけ君はその矛盾に気づかない。
「……僕にはルセリナが必要だと、何度言えば分かってもらえるのかな」
君の中で、罪を償う相手は今でも『あの頃の僕』なのかもしれない。
答えながら、僕は頭の中でそんなことを考えていた。
おざなりに答えているわけでは、もちろんない。けれど目の前の恋人は、自分に足りないものを探すのが得意で、自分の優れている点を卑下するのに余念がなく、そして自らの立場を確認せずにはいられないひとなのだ。
幾度となくその渦中に置かれている僕が、そんな彼女の癖に気づくのは、当然のこと。
「君が僕のそばにいることは、別に特権でもなんでもない。ただの僕のわがままだよ」
「ですが、殿下。……私…は…っ」
涙は絶対に流さない。泣いて縋りたいわけではない。
ただ、自らの罪の重さに懸命に耐えているゆえの、戦慄き。
それを弱さだと思う者は、きっとルセリナを見たことがないんだろう。
だってこんなにも強くて、儚くて、綺麗な僕のルセリナ。
「……………」
もう五秒も黙っていれば、君はひらひらとドレスの裾を揺らして、出て行ってしまう。
それまでに、君を取り戻す戦略を練らなくてはならない。見惚れている暇はない。
僕はそっと手を伸ばして、身を翻しかけた最初の挙動を止めた。
「ね。君が必要、というのは、どういう意味だと思う?」
「……?」
言われたことの不可解さに、ようやく君の顔が上がる。
それに満足して、僕はちいさく微笑んだ。
「例えば……昔はよく、父上や母上と一緒に食事をしたんだ。
二人とも忙しい人だったけれど、いつも僕やリムのために時間を取ってくれた。幸せ、だったね」
「……!」
瞬間、ルセリナの表情がゆがむ。
そんな顔をさせることが目的ではないけれど。
「そう………です、ね。……それを、バロウズが」
「でもね。僕は今でも、食事をするのが楽しいと思うよ」
「……え?」
「だって、今はルセリナがそばにいてくれるから」
「……!」
彼女の息が止まり、瞳がまん丸く見開いた。
その髪を、僕はさらりとすくい取った。
「君も、忙しい仕事の合間を縫って、僕と食事をするためにわざわざ足を運んでくれるよね」
「殿……下」
「遊びに連れ出してくれる叔母上はいなくなったけれど、君が息抜きに付き合ってくれる。
失くした家族の代わりに、君が僕に幸せをくれるだろう?」
「殿下……!」
口元に両手を当てたルセリナの吐息が、初めて潤んだ。
罪を悔いるためには決して泣かない代わりに、心に響いた涙を抑えられるひとではないから。
なかしたい。ぼくのめのまえで。
ないてほしい、ぼくだけのために。
そうして、君が僕に幸せをくれるように、
僕も君の失ったものの代わりになれればいい。
「必要だというのはそういうこと。僕はちゃんと幸せだよ、ルセリナ」
だから僕のそばにいてくれる?と囁くと、瞳を閉じたルセリナが震えながら頷いた。
その頬に伝わる雫に、そっと唇を寄せる。
僕はもう、あの頃の僕じゃない。
どうやって君が好きだと信じさせればいいのか、悩んでいた僕じゃない。
今はただ、この溢れる想いを表現する言葉を求めている。
なんて言えば、君が僕だけのものになるのか、それが知りたい。
父や兄がいなくてもあなたがいればそれでいいと、言ってくれる日が来るように。
その日が来るまで、僕は少し意地悪をして君をなかせよう。
泣かない君を、持つ力の全てを使ってなかせよう。
それは、いつまでも素直になってくれない君への甘い罰。
END. |