コンコン、とノックすると、小さく応える声が聞こえた。
その声はドア越しに聞いてもいつもより弾んでいるようで、思わず口元が弛む。
ドアを開けると、座って話していた二人が同時に立ち上がった。
「こんばんは、ルセリナ、ユーラム。お邪魔だった?」
「いいえ、殿下。来て下さって嬉しいです」
「殿下!ご用であれば、私どもの方から参りますものを……」
軍に加わったばかりで慣れないユーラムが恐縮するのに、笑みを返す。
「いや、僕はこの城ではいつも出歩いてばかりだから。ルセリナやシウスには度々怒られてるんだけどね」
「は?……この妹が、殿下を……ですか?」
目を丸くした兄に見つめられ、ルセリナは慌てて首を振った。
「お、怒ってなどいません!ただ、お一人で外まで出られたり類の知れぬ者と話されたり、危険なことをなさるからっ」
「そうそう、こういう風に怒られるんだよ」
「殿下!」
「僕なんか顔も知られてないし、服を替えれば大丈夫だっていつも言うんだけど」
「殿下は御身の大切さをご存じないのです。なにかあってからでは遅いと、ご自覚なされませ」
「分かってるってば、ルセリナ」
ぽんぽんと弾むようなやりとりに、ユーラムは呆然としたまま瞬きを繰り返した。
長い間会っていなかったのは確かだが、妹はこんなに溌剌とものを言う娘だっただろうか。
少なくとも、レインウォールで父と暮らしていた頃は違っていた。いつも堅い表情をして親にすら正論を押し通し、煙たがられても疎外されても平然と自分の職務をこなしていた。
まだ幼いと言える年端からそうだったので、自分などは『一人で大人になったような顔をして』と密かに思っていたものだったが。
その妹が、王子であり今ではファレナ唯一の希望である彼と、このように伸び伸びと会話を交わすとは。
尚も話し続ける二人を見比べていると、その視線を感じた王子が、気づいたように首を竦めた。
「あ……ごめん。今夜くらいは家族水入らずで話したいよね」
「い、いえ、そんなことは!」
「うん、でも僕もみんなの所を廻ってるところだから、そろそろ行くよ。おやすみ」
不興を買ってしまったか、とあせる彼に微笑みを投げて、王子は二人に背を向ける。
その時、本当に小さな小さな声で、ルセリナが『あっ』となにかを言いかけた。
「ん?」
「あ、いえ」
ドアに手を掛けたまま振り向いた彼に、しかし彼女は首を振り、取り繕うようにお辞儀をした。
「いえ、なんでもありません。お休みなさいませ、殿下」
「どうぞ、ゆっくりと休まれますよう」
ユーラムも妹に倣い、丁寧に頭を下げて挨拶する。
王子は少し考えてから、二人に向かって手を振った。
「……うん、じゃあまた明日。あ、そうだ、ルセリナ」
「はい?」
「もし眠れなければ、いつもみたいに気分転換をするといいよ」
「……!」
くすくすと笑いながら言われて赤くなった彼女が、不思議そうな兄の視線に答える前に、王子はもう一度手を振ってドアを閉じた。
END. |