「殿下……どうかご無事で。ご武運をお祈りしております」

それが、ようやく言えたすべてだった。

自分にできることはもうない。たったこれだけしかない。
他の皆のように戦いに出ることもできなければ、知略や博学を役立てることもできない。
せめてと思って皆と共にこの遺跡に来たけれど、ここでも自分は他の待機者に守られているだけ。
ただ、それだけ。

城で待っているときよりも尚強く自分の情けなさを感じながら、ルセリナは王子の進んでいった入口を見やった。
その先は蒼くきらめく輝きに彩られていて、少し先に行くともう見通すことができない。
きゅ、と無意識に唇を咬んで、祈るように胸の前で両手を組む。

「殿下……」

もう二度と彼の姿を見ることはないのでは、という思いが一瞬だけ頭を掠めて、途端に視界が薄くぼやけた。
自分はこんなに気弱な人間だったろうか。バロウズ家の領地を任され大人の間で仕事をしていたときも、民間兵から反逆者の誹りを受けたときも、人前で涙を見せたことなどなかった。
なのに、起こってもいないそれを考えただけで、こんなにも気持ちが揺らぐ。
自分が強がりを言えるのはもう、彼の前でだけになってしまったのかもしれない。

せめて周りの人たちに気づかれないように、と彼女が隠れて涙を拭った時、目の前の入口から軽快な足音がした。
見ると、王子が供も連れずにひとりで走ってくる。

「殿下？どうなさいました？」

何かあったのか、と慌てて駆け寄ったルセリナに、王子は笑って首を振った。

「いや、別に何でもない」
「そう…ですか？では、引き続き調査の方、よろしくお願いいたします。
　……くれぐれも……お気をつけて」

また泣いてしまいそうになる心を抑えつけて、笑う。
戦いに赴く彼が、余計なことに気を取られないように。
そんな彼女に少しだけ眉を寄せてから、王子はすっと手を伸ばして、ルセリナの頭に手を置いた。

「大丈夫」

ぴくり、と彼女の肩が震える。

「帰ってくるよ、必ず」

ね？と覗き込むと、また肩を震わせて、彼女はおずおずと頷いた。

「……は…はい。……必ず」
「必ず。君の元に帰ってくるから、僕を信じて待っていて」
「…………は、い」
「言い忘れたのはそれだけ。じゃ、行ってくる！」

身を翻して戻っていく王子の後ろ姿を見送り、ルセリナは再び両手を握り締めた。


もう、強がりは必要ないのかもしれない。
口に出さなくても、顔を見なくても、彼はすべてを見抜いてしまう。
自分が何の役にも立たないのを知っていて、それでもそんな風に役目を与えてくれる彼だから。
だから、それだけは最後まで守り抜こう。


『彼を信じる』という、役目を。

END．