「………お師匠、何だそれは」
後は任せた、と言い残して一週間。
次々舞い込む仕事をこなす為京中走り回り、やっと一段落ついた途端、それを察知したかの様に彼は帰ってきた。
手に妙な物を携え、大きな箱を紐で引っ張りながら。
「これか?これはルービックキューブといってな、バラバラの模様を全部同じものにするおもちゃなのだ」
嬉しそうにやって見せる彼に、弟子の冷やかな視線が注がれる。
「…くだらぬ。お師匠はそんな物の為に一週間も消えていたのか?」
「言うは易し、だ。難しいんだぞ?ホレやってみるがいい、一面だけでも」
投げてよこされた正方形のそれに一瞬眉を顰め、しばらく目を落としていた彼。
やがて細い指が流れるように動かされ、正確に同じ色が揃っていく。
「一面だけより全面揃えたほうが六手早く完成する」
「…お前は可愛くないね〜。じゃあコレはどうだ!?」
一抱えもある大きな輪に体を通し腰を振りまくる師匠を、黙って見終わってから弟子が口を開いた。
「そんな事よりお師匠に聞きたいことがあるのだ」
「……………」
額に汗した熱演をそんな事、と言い退けられ、ふてくされてそのまま冷蔵庫に向かいビールを取り出す、この男。
氏名 安倍晴明、またの名をユータス。
職業 陰陽師、その他色々。
住所 不定。
弟子は安倍泰明と名付けられたモノ。
師匠である安倍晴明の遊ぶ時間欲しさに作られた人形。
生活に必要な知識は入っているが、ヒトとしての感情がなかなか育たないのが師匠の懸念である。
一口飲んだ缶ビールをちゃぶだいに置き、テレビのチャンネルを回す彼にかまわず、泰明が聞いた。
「最近、兄弟子らが奇妙な事をするのだ」
「あ?」
「仕事の前の清めの間に、私の装束を水瓶に突っ込んだり、結い紐を短く切って置いたり、蛙を部屋に放ったり…何故だと聞いても知らないと答える。支度に手間取って仕方ないのだが、何故そうするのか解らない」
「………さあな。遊びなんじゃないか?同じ事をしてやればいい。誰に何をされたか憶えているんだろう?」
「無論だ。…そうすれば意味が解るのか?」
「何が起こるか、やってみなければ分からないじゃないか」
「そうか」
翌朝、師匠の晴明の元に駆け込んだ兄弟子達は口々に泰明を罵倒し始めた。
「お師匠様!泰明が私の一張羅を池に放り込みました!」
「私など、曳蛙を頭に乗せられたのです!」
「お師匠、何故あんな奴に仕事を任せたりなさるのですか!?私共がおりますのに!」
「愛想笑いも出来ず、言いたい事はずけずけ言うし、今に右大臣家の心証を悪くしてお師匠の足を引っ張るに違いありませんよ」
「兄弟子を差し置いて湯に入るは、清めの滝を使うは、やりたい放題ですよ!」
ふんふんと聞いていた師匠が、思いついた様に膝を叩く。
「おぉ、そうか。分かった、良い考えがある。お前達、全員破門だ」
「……………は?」
心の中でほくそ笑んでいた兄弟子らが目を丸くして、息を飲んだ。
焦りの色を濃く漂わせながらも、何かの間違いではと顔を見合わせる。
「…なっ…何故ですか!?」
「無能だからだ。全員束になってかかっても泰明に勝てまい?それなら居なくとも良い。まぁどうしてもと言うなら、もう一度入門させてやってもいいが…」
兄弟子の言う事を良く聞いて、精進するのだぞ、と。
安倍晴明はにこやかに言い放った。
「泰明、これはどうだ?ラジコンといってな、ここをこうすれば…な、走ったろ?」
「……お師匠」
「ホッピングもあるぞ。プラレールとトミカのミニカーセットも…」
「お師匠、宮中の謡会に遅れる。さあ早く支度をするが良い」
「せっかくの俺の好意を無にするのか?今日は遊ぶのだ」
「お師匠、いい加減にしろ。私は先に行く」
そんな会話を横目に、今日も元兄弟子らが家中を磨きあげる。
この溺愛ぶりを先に見ておけば、と後悔しながら。
FIN. |