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俺好みの世界〜My interesting world〜

「お師匠様〜!お師匠…あぁ、こちらにいらっしゃいましたか!」

息せき切った弟子の大声に、難解な帯を手早く扱いながら心の中で舌打ちした。

「三の姫の御婚儀の日取りを占うのでしょう?右大臣家から昨日も一昨日も早馬が来ましたよ!?」
「そんなもん、俺じゃなくても出来るだろう?」
「右大臣家はくれぐれも晴明様直々にと仰っていますとお伝えしたではありませんか!使者に言い訳する私の立場にもなってください、お師匠様!」
「分かった、分かったから大きな声を出すな。明日行くと言っておいてくれ。……やれやれせっかく面白い物を見つけて来たというのに…」

ぶつぶつ言いながら締めた帯にもう一度手を掛ける。
弟子が念を押しながら去っていったのを御簾越しに確認して、部屋の隅に置かれた段ボール箱を見ながら盛大に溜息を吐いた。

『安倍晴明』の名が世に広まるに連れ、金と身分にあかせた貴族共が何をするにしても自分を呼ぶ。
それは自分の才能を評価、というより、アイドルに追っかけが群がるようなもの。
合間を見つけて遊ぼうにもくだらない予定が詰まっていて身動きが取れない事に、彼はかなり嫌気がさしていた。

占いとは名ばかりで、帝の覚えめでたい自分と繋がりを持とうとする右大臣家に招かれもてなされるよりは、時空間移動した先の世界でマクドナルドに行きたい。ドラクエの発売日ももうすぐなのに。たまごっちは並ばないと駄目だろうか?

「俺がもう一人いればなぁ…」

ぼんやりと呟いた言葉が、何かに引っ掛かったようにもう一度声になって。

「……俺が…もう一人?………んっふっふっふ…俺がもう一人、ねぇ…」

意味が脳に伝わり指令を受けて幾重にも計算された答えが出るまでに、彼は水行の白装束に着替え終わり、満足したように頷いた。
仕事の為では滅多に水行なんかしないのだが、遊ぶ為となると話は別だ。
最高級の供物を用意するよう弟子に言いつけておいて、半日も冷たい水の中で気を溜め、精神統一して。
念には念を入れて、その日は何も口にせず早々に布団に入ったのだった。

翌日が新月だったことは彼にとって運命的な程都合が良かった。
右大臣家には夢見が悪かったと早々に物忌みを告げ、夕刻に一人牛車で屋敷を出る。
遠方なのでヘリを使おうかとも思ったが、今日を邪魔されては滅多にしない努力が水の泡なのだ。

夜半に予定通り伏見稲荷に到着。
月も雲もない絶好の闇夜に、彼は不敵な笑みを漏らした。
ついこの間手に入れた自慢のGショックで時間を計り、供物の祭壇を整え、陣を描き。
夜が明け切らぬ内に滞り無く終わったその秘儀の結果、現れたのは緑瞳と緑髪の自分自身だった。

「…全く、俺は天才だよ。」

外見を似せると面倒が多そうだったので面立ちは全く違うが、そこに立っているのは自分の余剰な陰の気を固めて出来た、生まれながらにして優れた陰陽師。
生活する上で必要な知識は入れてあるし、端正な顔立ちは貴族や姫君達にも好まれるであろう。
これでしばらく供に付けて仕事をすれば、宮廷の話題をかっさらい名指しの仕事は確実に減る。

「おっと、名前を付けないとな。お前は……泰明だ。安倍泰明。」

言霊の光が彼に宿り、美しい緑瞳が自分を見つめる。

「私はお前のぉ……ゴホン…師匠だ。お前には色々と仕事がある、しっかり頼むぞ。」

ついあの小僧の正体である『陰陽頭おんみょうのかみ』の一字を取ってしまったので、この上親と高らかに宣言出来るはずもなく言葉を濁した晴明を不思議そうに見て。
やがて泰明が微笑んだ。

「……はい、お師匠様。」

後の世に永く語り継がれる伝説の陰陽師は、京の月の無い夜に生まれた。
安倍晴明またの名を『ユータス』という、一人の男のワガママの為に。

FIN.

あとがき