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林檎の花 -出逢い頭に-

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【土佐藩】坂本 龍馬


「あの、わたしが言うのも違う気がするが……初対面の人間をそうまで信用して大丈夫なのか?」
「へ?」

突然そう言われて、わしはぱちくりと目を瞬かせた。
目の前で、妙な服を着たもんが心配そうにこちらを見よる。
これは、西洋の『すーつ』というやつじゃったかのう。じゃが上着の下には白いしゃつのみで、中衣は着ちょらん。
細身の黒のすーつと白のしゃつがよう似合おうておる。こうまで着こなしておるからには生粋の異人やもしれんと思うたが、意外にもそやつは日本人じゃった。

「信用……とは、どういう意味じゃ?」

わしが問うと、そやつは呆れたようにわしを見返した。

「だから。今会ったばかりの人間を連れ歩くなんて、非常識なんだろう?」
「ん?ほうなんか?」
「知らんが、そっちの男の顔がそう言っている」

そんなことを言って武市を指差すものだから、思わずわろうてしまう。これは面白い。
差された武市は、一瞬目を窄めたが、頷いてわしに言うた。

「龍馬。相手に言われてどうするんだ。少しは考えて物を言え」
「いや、考えちょらん訳ではないが……」
「そういうあんたも、いきなり挨拶も無しで人を睨みつけるとは、礼儀知らずと言われないか?」
「……………」

続けた言葉に武市は絶句し、今度こそわしは吹き出してしもうた。
以蔵が半ば本気で刀に手を掛ける。

「き、貴様!!先生になんて口の利き方をしやがる!!」
「いちいち喚くな。耳はまだ遠くない」
「なっ……」

ぱくぱくと口を開け閉めするだけで、二の句が継げん以蔵。
以蔵も撃沈か。いや、まっこと面白い!
わしがもう一度話しかけようとした時、鳥居の向こうから見知った顔が駆けてきた。

「あーっ!龍馬さん、こんなとこにいたっスか!」
「中岡?」
「もう、いい加減にしてください!お客様がお待ちっス!」
「しもうた、そんな時間か。ちくと急がなならんな」
「そうっス!……あれ、こちらの方は?」
「おう、さっきここで会うたんじゃ。困っちょるそうでな。そうじゃ、おんし、名は?わしは坂本龍馬ぜよ!」
「坂本……龍馬……?」
「ちょ…!」
「この馬鹿っ」

わしが名乗ると中岡と武市が焦っちょったが、今更じゃ。おんしらさんざんわしの名を叫んでおったろうがよ?
それで、と目で問うと、しばらく考え込んだ後、そやつは諦めたように答えた。

「……宮道咲弥だ」
「ほうほう、咲弥言うちや。ええ名前じゃのう」
「ありがとう。急いでいるところをすまなかったな、気にせず行ってくれ」
「え?」
「い、いやいや、待っとおせ!放り出すわけにはいかんぜよ!」
「なぜだ?」

慌てて言うと、きょとんとした顔が返ってくる。
ううむ、なにやら子供みたいな顔しちょるのう……。おのこにしてはなんちゅうか、無邪気すぎるきに。

「なぜって、おんしここがどこかも分かっちょらんじゃろう?しかもそんな格好しとったら、本当に命が危ないんじゃ!」
「ああ、心配してくれるのか。ありがとう。だが気にするな、宿も着物も何とかする。要は異国物じゃなければいいんだろう」
「そういう話じゃのうてだな……」

まだ激昂中の以蔵を除く三人から、ため息がもれた。
これは、放っとくとややこしいことになりそうじゃ。なんとしても連れて行かねば。
同じことを思うたんか、武市が仕方なさそうにわしの肩を掴んだ。

「……分かった。連れて行こう、龍馬」
「ああ、そうじゃな」
「わたしの意志は無視か?」
「この際、無視だ」
「……………」

武市と咲弥の間で剣呑な雰囲気が起こりかけた時、中岡がすいと前に出て、正面から咲弥に向き合う。

「姉さん、おれは中岡慎太郎と言います。事情は分かりませんが、おれたちは姉さんの力になりたいッス。
 もし姉さんが危ない目に遭ったら、自分を許せない。それを汲んで、どうか一緒に来てもらえませんか?」
「……………」

中岡の真摯な言葉に、初めて咲弥は口をつぐんだ。
しかしそれよりも、わしは───わしと武市と以蔵は、中岡の言うた一言にたまげとった。

「姉さん!?」
「お、おんしもしかして、おなごなんかや!?」
「なんだと!?こいつのどこが女だ!」
「……これは、怒っていいところだよな?」
「すんません……その服、男物っスから。異国の服をそんな着こなされたら、なかなか女子とは思えないっス」
「そういうものか……?」
「はい。それに今から会う人は、なんというか姉さんに感じが似てるっス。物見遊山で見に行きましょう?」
「な、中岡……」
「大胆な……」

その発言に、仰天しとったわしらも更に仰天して我に返った。
服のことやら、あん人を物見遊山と言うやら、中岡は侮れん。
戦々恐々とするわしらをよそに、ちっとの間中岡を見つめてから、咲弥は礼儀正しく頭を下げた。

「……分かった。迷惑を掛けてしまうが、よろしくお願いする」

 

◇     ◇     ◇

 

【薩摩藩】大久保 利通


訳が分からん。
それが、私の正直な心持ちだ。

時間に遅れてきた中岡君と岡田君に、私の貴重な時間を無駄にするなと恫喝したら、彼らが連れてきた黒ずくめの妙な奴が後ろでぼそりと呟いた。

「流れている時間が違うとは、随分人間離れした奴もいたものだ。妖怪か」
「……………」

思わず、虚を突かれて唖然とする。
なんだ、こいつは?誰に何を言っているか分かっているのか?
私がまだ反応しきれないうちに、そやつは中岡君にすっと一礼した。

「中岡さん、どうやらわたしは邪魔らしい。迷惑をかけて申し訳なかったが、ここで失礼する」
「ね、姉さん!」
「物見、楽しませてもらった。ではな」

腰を上げて出て行こうとするのを、中岡君が慌てて止める。
使い古された駆け引きかと思ったが、そのような意図でもないようだ。漸く自失から戻ると、とたんに興味が湧いてくる。

───待て」
「なんだ」

戸口で振り返った顔は、心から面倒くさそうだった。
本当に、不遜な奴だ。

「不貞不貞しいことこの上ないな。私が誰か知っているのか?」
「少なくとも、わたしが仕えている人間でないのは確かだ」

だから謙る必要はない、と言外に言う。
その目を睨みながら、私はふっと笑って、居住まいを正した。

「これは失礼した。私は薩摩の大久保と申す。其許は?」

頷く程度に頭を下げると、そやつは細めていた目をまん丸に見開いた。
やっと謙る気になったかと思ったがそうではないようで、おおくぼ、と声に出さずに呟きながら、余計に不躾になった視線がまじまじとこちらを凝視する。
やがて、そやつはため息をついて、もう一度その場に座った。

「わたしは宮道咲弥。郷はあるにはあるが、由はないので勘弁願う」
「氏持ちか。武家の出なのか?」
「そういうわけでもないんだが……まあ、細かいことは無しだ」
「ふむ。面白いな。郷も氏も関係ないと申すか?」
「そういうことだ。坂本さんや中岡さんには、先程初めて会って拾ってもらった。それで遅れたんだ、申し訳ない」
「拾われた、か。念のため確認するが……」

一瞬だけ躊躇ったのを透かし見たように、そいつは───咲弥はにこりと笑った。当てつけるような笑みだった。

「ああ。女だが、それが何か?」
「いや……面白い。おまえ、行き先がないなら薩摩藩邸に来ぬか」
「……は?」
「大久保さん!?」

そこで、固唾を呑んで見守っていた中岡君が割って入った。
大方、寺田屋に連れて行くつもりだったというのだろう。だがそんなことを許すわけにはいかん。このような者を今、坂本君の近くに置いてはおけぬ。
構わずに、咲弥だけを見つめる。

「どうだ?不自由はさせんぞ」
「薩摩藩邸……伏見か?」
「いや、二本松の方だ」
「ああ。同大の」
「どう…?」
「すまない、こちらの話だ。しかし、京の二本松藩邸に在って大久保、更に坂本、中岡とは、これはまた……」

小さく言って、うっすらと笑みを浮かべる。
岡田君が眉を顰めてこちらを窺ったが、咲弥の顔には嘲りでなく途方に暮れたような色があったので、ちらと一瞥しただけで納めておいた。

「我が藩の情報に詳しいようだな」
「そうでもない。知らぬ場所に突然連れてこられて、右往左往しているだけだ」
「突然……?坂本君らに連れてこられたのか?」
「いや、右往左往しているところを坂本さんに助けられた。主に岡田さんの脅しから、だが」
「ふ、その格好なら仕方あるまいよ。それは異国の物だな。この時世に妙な服を着おって」
「言っておくが、これはわたしの所では普通の服、むしろ正装だぞ?」
「それは失礼仕った」

ぽんぽんと交わされる言葉に、中岡君も岡田君も目を白黒させている。
まあ私も、何故こうまで放言を許すのか理解しがたい所はあるから、分からんでもないが。

「姉さん……すごいっス……」
「ん?何がだ」
「大久保さんとそんな風に話せる女子なんか、見たことないっス!」
「中岡君、こやつを女子とみなすのは無理があるぞ」
「あんた本当に失礼だな。同意はするが」
「そうだろう?」

ニヤリと笑ってみせると、中岡君がぽつりと呟いた。

「……なんか、会わせたらますますそっくりっス……」

失礼なことを言われているのは、こちらの方だ。
私は殊更に顰め面を作って、中岡君を睨みつけた。

 

◇     ◇     ◇

 

「こいつは面白い!」

もう時間がないということで移動した長州藩邸では、予想したとおりの展開になった。
私ですら面白いと思うのだから、この男が見逃すわけもない。

「おまえ、未来から来たな!」

高杉君の言葉に、広間に集まっていた皆に苦笑が浮かぶ。
また突拍子もないことを、と誰かが言いかけたが、私と咲弥だけは笑わなかった。

「ああ。そうらしいな」
「!?」

返された台詞があまりにもさりげなかったので、誰も咄嗟に反応できず、息を呑む空気だけが部屋を巡る。
私は薄い茶を飲みながら、二人のやりとりを眺めた。

「おお、やはりそうか!分かるのか!?」
「まあ、な。多少の知識はあるし」
「そうかそうか!よし、教えろ!未来はどうなっている!?」
「聞かない方がいいぞ」
「んん?!」

すげない態度に、高杉君の眉が跳ね上がる。
ずるいぞ!と騒ぎ立てる彼に、こちらも茶を飲みながら、咲弥が言った。

「これからどうなるかなんて、今聞いても仕方ない。実際に起こった時の楽しみが薄れるだけだろう」
「ん……あー、それはそうか」
「そうだ。しかも、わたしの世界だってたかだか150年程度しか離れてない。進歩はあるが、さほど変わらん」
「…………。」

わざとらしくちらりとこちらを見るので、私も薄く笑みを返してやる。
こいつは、どうも相当の食わせ者のようだ。嘘で塗り固めているとは思えないが、本当のことも言っていない匂いがする。
結局、咲弥はそれだけで、執拗な高杉君の攻撃をかわしてしまった。
しかしその代わりに、咲弥を胸に抱え込んだ高杉君から、とんでもない発言が飛び出す。

「気に入った!おまえ、オレの女になれ!」
「ええええええーーーー!???」

突拍子もないそれに、私以外の全員の叫びが重なった。
その一人一人を、抱え込まれたまま『おまえら、失礼だぞ』と指差してから、咲弥はあっさりと首を振った。

「おまえの女にはならない」
「!なぜだ!」
「わたしは誰かの物になるつもりはない。友人になら、なってやってもいいが」

気負うでもなくそう呟き、至近距離にいる彼を真っ直ぐに見つめる。
天下の高杉晋作に怒り顔で迫られて、こうまではっきり物を言える人間も、なかなかおらんだろうな。
高杉君はしばらく咲弥をじっと見て、それから大きく頷いた。

「よし、わかった!オレに嫁ぐ気になるまで、友人で良い!」
「ならないと言うのに……」
「そんなの分からないだろ!それじゃあ、毎日口説いてやるから、ここに逗留しろ!」
「高杉君。そのことだが」

そこで初めて、私は口を挟んだ。
これまで成り行きを見ていたが、ここだけは黙っているわけにはいかない。

「こやつは薩摩で預かることになっている」
「なにっ!?いつの間に!」
「なんじゃと!?そんなこと、決まってないぜよ!」
「大久保さん!」

高杉君だけでなく、他からも次々と異論の声が上がる。
ふん。そんなもの、予想の範囲内だ。

「薩摩藩邸ほど安全な場所はない。こやつにとっても、おまえたちにとっても、だ。何か文句があるか?」
「そ、それは……」
「じゃが!咲弥さんを連れてきたのはわしじゃきに!」
咲弥を一番気に入っているのはこのオレだ!」
「おいおい。わたしはまだ何も決めていないぞ」

呆れた顔で咲弥が言うので、私は満面の笑みを向けてやった。

「ならば、この場で選ぶがいい。薩摩藩邸、長州藩邸、寺田屋。さてどこに行く?」
「…………」

おまえはそう馬鹿ではなさそうだからな、と嘯けば、挑むような視線が絡みついてくる。
ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が静かな部屋に響いた。
7対の視線を一身に受けた咲弥は、ため息をつくと、困ったように眉尻を下げた。
そのような表情をすると、幼い子供のようだ。だが、容赦はいかん。

「そもそも、わたしはあまり誰かの世話にはなりたくないんだが……」
「諦めろ。もう既におまえは関わってしまっている。意味は分かるな?」
「……大体は。だが……誰にも言わないと約束しても、駄目だろうか」
「駄目だな。大人しく選べ」

はぁ、ともう一度ため息が漏れる。
一度膝に視線を落とし、躊躇ってから、咲弥はすっと背筋を伸ばして顔を上げた。

「では……不都合のない範囲で行動を制限しないこと、処遇に関しては事前に相談することを条件に、薩摩藩邸に逗留する」

その選択に、私は会心の笑みを浮かべて、

「委細承知した」

とだけ答えた。

 

つづく?

 

 

 

 

皆と、特に大久保さんと本当に対等にやりあう男言葉主人公っていいよなぁ……と思ったら妄想が止まりませんでした。
なんでこんなに書きやすいのかと思ったら、指輪シリーズの咲弥に似ているからだね。しまったぜ。向こうで使うエピソードがいくつか流れて来ちゃったぜ。
指輪もさっさとできている分を出さないといけません……止まっちゃっててすみません。

時系列で綺麗に並んで更新、とは行きませんが、このシリーズも続く予定です。
お相手は誰になるのか微妙。そもそも相手と言えるほど恋愛色出るのかどうかw