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薩摩の二英傑 第十一話

※をマウスオン/クリックで標準語訳(適当)が出ます

【主劇】小娘


わたしは藩邸の廊下を走っていた。

大久保さんに見つかったら怒られそうな勢いで、一生懸命裾を押さえて走る。
もう、着物ってすごく走るのに向いてない!セーラーだったらもっと早く走れるのに!
ここの女の人は走るときどうしてるんだろう?今度女中さんに訊いてみようと考えながら、一心に表座敷の方へ向かう。

会合で、寺田屋のみんなが来ると知らされたのはついさっき。
会合というと長州藩邸や他の場所ですることが多くて、なかなかゆっくりみんなと会えなかったんだけど、今日はかなり長くいる予定らしい。
女中さんにそれを聞いて、会いに行ってもいいかと訪ねたら、会合が始まる前と後なら大丈夫じゃないかと言われた。

だからすごく急いでる。
早く、みんなに会えるように。

表座敷の近くまで来ると、ちょうど障子に手を掛けて、そこへ入ろうとしている人がいた。

「あ!龍馬さんっ!」
「お?」

叫んで、スピードを上げて駆け寄る。
一瞬驚いた顔をした龍馬さんは、わたしの姿を見ると、満面の笑顔を浮かべた。

「おお、咲弥さん!」
「きゃ!?」

ようやく辿り着いたわたしが目の前で止まろうとしたら、その勢いのままぐいっと腕を引かれて、ふわっと体が宙に浮いた。

咲弥さん!久しいのう、元気にしちょったか!?」
「わっ、龍馬さん!」

軽々と、わたしを抱き上げて笑う龍馬さん。
龍馬さんはいつも、わたしのことをまるで小さな子供みたいに扱う。困ってしまうこともあるけど、でも、龍馬さんなら子供扱いされるのも嫌じゃない。
というか、なぜかわからないけど、実はそれがすごくうれしい。

「わわ、下ろしてください!重いですよ!」
「なんの、羽根のように軽いぜよ!おんしはもっと食わねばならんぞ!」

ぐるぐると何度かその場で回った後、ふっと腕の力を抜かれたので、わたしはあわてて龍馬さんの首にしがみついた。
きらきらした笑顔が、すぐそばにある。ずっと前から知ってるわけじゃないのに、なぜか懐かしいと思う笑顔。
それに触れるとどんな悩みも憂鬱も吹き飛んで、顔が勝手に笑ってしまう。

「りょうまさん。会いたかったです!」

わたしが言うと、龍馬さんがにしし、と目を細めた。

「いや、わしの方がずっとずーーっと会いたかったきに!まっこと、大久保さんはおんしを独り占めしちょる!」
「そ、そんなことないです。わたしの方が会いたかったです!」
「いーや、わしじゃ!わしは何度、薩摩藩邸に忍び込もうとしたか知れんぞ!」
「えっ、忍び!?」
「その度に中岡には止められ、以蔵には阿呆と言われ、武市には殴られ……」

な、殴っちゃうんだ……。武市さん。

「大久保さんに会う度に藩邸に行くと言うたが、用もないのに来るなと断られ」

大久保さん……。

「果ては高杉さんと桂さんにまで、おんしに会うたと自慢される始末じゃ。咲弥さんはわし泣かせじゃの」
「ああ、あの茶屋で……えっ!泣いたんですか?」
「おう、そりゃもうぼろぼろと」
「ふふふ、龍馬さん、冗談ばっかり」
「冗談ではないぜよ?わしは本当に心配だったんじゃ。寂しいことや、困ったことはなかったかのう?」
「んーと」

本当は、ないこともないんだけど。みんなに助けてもらって、ちゃんと解決できたし。
わざわざ心配させることはないよね?
そう思ったのに、思っただけで分かってしまったらしくて、龍馬さんは少しだけ眉根を寄せてコツンとおでこをくっつけた。
龍馬さんの顔が、もっともっと近づく。まつげ同士が触れ合いそうな距離で覗き込まれても、わたしは動揺も躊躇もせず、まっすぐにその瞳を見返した。

「こら。まーた心配させとうないち考えとる」
「えっ」
「わしにそんな気遣いは無用じゃ。わしに対してだけは、どんな我が儘でも言っていいんじゃよ?」
「りょうまさん……」

そう言ってくれるだけでうれしくて、ちょっとだけ泣きそうになった。
龍馬さんは、無条件でわたしに優しくしてくれる。一緒にいた時間は長くないのに、こんなにも安心させてくれる。
それだけで、十分守られてるって、思える。

「だいじょうぶ、です。龍馬さんが心配してくれてるって思うだけで、わたしは十分なんですよ?」
「ほうなんか?ほうなら、嬉しいのう!」
「はい!いつもありがとうございます。わたしも龍馬さんを心配していますから、無茶はしないでくださいね」
「これは、言われてしもうた。確かにわしの方が無茶をしそうじゃ」
「そうですよ!でもほんと、会えて嬉しいです。今日はうちで会合ですか?」
「……うちで?」
「はい。そういえば、なんとなく朝からばたばたしてました。皆さん準備してたんですね」
「うち、か……そがぁに言うとは、咲弥さんは随分と薩摩藩邸に馴染んでしもうたんじゃのう」
「藩邸に?……あ!」

ちょっと寂しそうに言う龍馬さんに、わたしははたとそれに気づいた。
は、恥ずかしい!無意識にうちとか言っちゃった!
龍馬さんは慌てて首を振ると、いたずらっぽくわたしの頬をつついた。

「いや、馴染むのはええことじゃ、ええことなんじゃが……ちくと残念でもあるの。
 もしおんしが寺田屋に来とったら、寺田屋をそがぁに言うてくれたかと思うと」
「龍馬さん……」
「いっつもわしの傍に置いて、咲弥が作ってくれた飯を食うたり、一緒に昼寝したりしたかったぜよ」
「ふふ。ごはんくらいいつでも作りますよ?最近、わたしの所で食べてたお料理が作れるようになってきたんです。
 もし今夜宴会になるなら、何か作りますね」
「なんとっ!ほんなら、何としても夜まで引っ張らんといかんの!!」
「い、いえ、無理はしないでください。……あれ、でも他のみんなは?龍馬さん一人ですか?」
「ああ、中岡は挨拶にいっちょる。他の二人は別々に出たから、そろそろ着くはず……」
「「龍馬っっ!」」

龍馬さんがそう言いかけた途端、廊下の向こうから二人分の大声がして。
見ると、以蔵と武市さんが慌てた感じで走り寄ってきた。

「おまえ、こんなところで何をしているっ!」
「そ、そうだ、先生の仰るとおりだ!なんだそれは!」
「それ?」
「なんじゃ?」

突然怒鳴られて、二人してきょとんとして顔を見合わせてしまった。
武市さんは顔を赤くして、ぶるぶると拳を震わせる。

「こ、こんな廊下で、だ、抱き合うなどっ……!」
「えっ。……あっ!?」

そうだった。さっき落ちそうになってしがみついたままだった!!

「り、龍馬さん!下ろしてください!」
「もうちっとくらい、ええじゃろ。久々の咲弥を堪能したいんじゃ〜」

そう言って、龍馬さんはわたしをぎゅっと抱きしめ、頬をぐりぐりとこすりつけた。
く、くすぐったい!息ができない!

「わっぷ……よ、よくないです!恥ずかしいです!」
咲弥さん、はっきり言ってやってください。そんな無理難題を吹っ掛ける男は大嫌いだと」
「なぬっ!」
「武市さん?」
咲弥、そこにいたら身が危ない。早く龍馬から距離を置け」
「い、以蔵?」
「ほら、おまえが好きな菓子も買ってきてやったぞ!だから……」
「えっ、お菓子?わたしに買ってきてくれたの?以蔵大好き!」
「う……、そ、そういうわけじゃないが!おまえにやっても構わんっ」
「以蔵、ずるいぜよ!わしは!?わしは好きじゃないんか!?」
咲弥さん、僕は?」
「もちろん、龍馬さんも武市さんも慎ちゃんも大好きです!」
「おい、話す前にまず離れろ。こっちに来い」

以蔵が犬を餌で釣るように、お菓子の包みを見せびらかす。
なんだかその扱いは不本意だったけど、支えるように両手を差し出してくれたから、わたしはそれに掴まって降りようとした。
その時。

「……お嬢さぁ」
「!」

以蔵たちが来たのと反対側の廊下から、よく知っている声がして。
それまで感じなかった気配が、さっとこっちへ近づいてきた。
うわっ、恥ずかしい!今、わたし龍馬さんから以蔵にだっこで移されてるみたいな状態なのに!

「あ、はんじ……っ!?」

名前を呼ぶ間も、振り向く間もなく、体がぐいっと後ろに引っ張られた。
お、落ちるっ……!

「……あれ?」
「お嬢さぁ。大久保さぁがお呼びです。はよ行ったもんせ」

すとん、と反対側の床に下ろされて、そのままそっと背中を押される。
その言葉に、龍馬さんが首を傾げた気配がした。

「いや、中村さん?大久保さんはまだ御所におるはず……」
─────

あれ?今、一瞬寒気がしたような……?

「半次郎さん?」

不思議に思って呼びかけると、半次郎さんがちょっとこっちを振り返って、いつもの顔で笑った。

「お部屋に戻っいてくいやい。後から行きもす」お部屋に戻っていてください。後から行きます
「わかりました。んじゃ龍馬さん、武市さん、以蔵、また会合の後で!慎ちゃんにもよろしくね」
「お、おう。……後で、な」
「また、ね」

ん?なんだか、龍馬さんたちが妙に引いてる感じがする?
まあいいか。

「じゃあ、部屋に行ってますね。あ、それから以蔵、わざわざお菓子買ってきてくれてありがと!後で食べようね!」
「あ、ああ……」

やっぱり引いたような以蔵の言葉を聞きながら、わたしは一人部屋に帰った。


【土佐藩】坂本 龍馬


まっこと、命の危険を感じたぜよ!!

久しぶりに咲弥に会えて、嬉しゅうて嬉しゅうて、もうすっかり会合のことなぞ忘れそうじゃった。
わしが勢いをつけて振り回すと、子供のようにきゃっきゃと笑うあん子が可愛うてならん。

思えば、最初の日に咲弥が薩摩藩邸に逗留することを選んでから、なかなかゆっくり会うこともできんかった。大久保さんなら咲弥を蔑ろにすることはないち思うが、それでも、こん子なら遠慮して言い出せん心配があるかもしれんからのう。
自惚れかもしれんが、わしにだけは他より甘えとるように思えるから、わしは抱き上げたあん子の目を見て問うてみた。

「わしは本当に心配だったんじゃ。寂しいことや、困ったことはなかったかのう?」

すると、あん子は少しだけ思い出すような目をして、それから大丈夫です!と言わんばかりの笑みを浮かべた。
いかん、やっぱり遠慮しちょる。それはいかんぞ!

「こら。まーた心配させとうないち考えとる」

咲弥がそんな気を遣う必要はない。むしろ、こん子の不安を拭ってやれんわしらが不甲斐ないんじゃ。
それすらできずに、国を動かすちやよう言うたと、そう思う。
咲弥は大義には関わりのないただの娘さんじゃが、わしはその笑顔を守れてこその維新じゃと思うちょる。

「わしにそんな気遣いは無用じゃ。わしに対してだけは、どんな我が儘でも言っていいんじゃよ?」

そう言うと、本当に嬉しそうな顔をして、心配してくれるだけで十分だと答えた。
それは本当の気持ちだと分かったから、わしもそれ以上は聞かずに話を続けたが……。

それからが問題じゃった。
薩摩藩邸を「うち」と無意識に言うたことが寂しゅうて、傍に置きたかったと言った時から、なんとなく気配は感じちょったんじゃが……まさかあん人があれほど分かりやすい態度に出るとは。まっこと、人の気持ちは簡単には計れん。

わしもちくと面白がってしもうた気持ちがないとは言えんが、武市と以蔵が離せと騒ぐのであん子を抱きしめて頬をすり寄せたら、廊下の向こうから隠しきれない苛立ちが漏れちょった。
おそらく、武市達も気づいたんじゃろうな。無邪気に大好きと言われて、構わず咲弥を抱き取ろうとした以蔵が、むしろ宣戦布告したようなもので。
ついに業を煮やしたのか、素早く近づいたあん人に咲弥は奪い取られ、いるはずもない大久保さんを理由に遠ざけられた、ちう訳だ。

意地悪をして大久保さんは御所に、とばらしかけた時の殺気は、わしら三人が鼻白むほどだったぜよ。
もちろん、あん人はきちんとした人やき、あん子がいなくなった途端に頭を下げて謝ってきたし、わしらも人のことは言えんので笑っておしまいにしたが。
じゃが、いつも黙って大久保さんの後ろに控えているあん人にまであがぁなことをさせるとは、咲弥の魅力も凶悪なことこの上ないのう……。

「「「…………。」」」

部屋で中岡を待ちながら、なんとなく我が身を振り返って同情しちゅうわしらじゃった。

 

◇     ◇     ◇

 

【主劇】小娘


しばらくして、わたしが部屋で髪を結い直していると、外から半次郎さんの声がした。

「お嬢さぁ。入ってよかとか?」
「あ、半次郎さん?いいですよー」
「失礼しもす」

すっと音を立てずに障子が開いて、半次郎さんが入ってくる。
手を後ろに回したまま振り向くと、驚いたような顔と目が合った。

「あ。さっきので崩れちゃったのでアップにしなおしてました」
「あっぷに……」
「見苦しいですよね、ごめんなさい」
「そ、そげんこっはなか。ゆるいとやっちくやい」そ、そんなことはない。ゆっくりとやってくれ
「はい。ちょっと崩れても目立っちゃうんですよねー」

着物を着るときはなるべく他の人と同じようにしたいんだけど、こっち風の結い方はいまだによく分からないので、自分でやるときはポニテを三つ編みにして巻き、かんざしかバレッタで留めている。
これって意外と違和感が目立たないらしくて、重宝してるんだ。
半次郎さんは物珍しそうに近くに来て、かがんで覗き込んだ。うっ、間近で見られるとちょっと恥ずかしい。

「は〜…まるでうしとい目があっようじゃと」は〜…まるで後ろに目があるようだ
「そうですか?簡単ですよ?」
「女子のこういう手付っな、男にゃ理解できんで」女子のこういう手付きは、男には理解できないから
「ふふ、そうなんですか?半次郎さんの髪もアップにしてみましょうか?」
「お、おいの!?いや、おいは別に……」

あんまり気乗りしなさそうだったけど、ちょうどすぐ触れる距離にあったから、わたしは持っていたブラシを半次郎さんの髪に当てた。
ん、ちょっと固い。というか、絡まってる?

「半次郎さん。ちょっとだけ後ろ、向いてください」
「あ、え、」
「いいから!変な髪型にはしませんから!」

ぐいぐいと押して、半ば強引に後ろを向かせると、組紐を外して髪を梳く。
髪質はふわふわで気持ちいいけど、やっぱりちょっと荒れてるなあ。ここの男の人ってあんまり手入れしないのかな?いや、武市さんや桂さんはどう見ても手入れしてるから、人によるのか。
あの二人が何もしないであれだったら、女子として立場ないよ……。
そんなことを考えながら、丁寧に梳いていくと、半次郎さんが前を向いたままもごもごと呟いた。

「か、髪ば触るこっなんあんまいなかっで、きっさねじゃろ」か、髪を触ることなんかあまりないから、汚いだろう
「ん?確かにちょっと荒れてますけど、汚くはないですよ?というか、ふわふわで手触りいいです〜」
「ふわふわ……」
「はい。半次郎さん、今度トリートメント貸してあげますね」
「とりー、とめ?」
「髪を洗うときにつける、軟膏みたいなものかな?補修成分が入ってて、荒れてるのが治るんです。さらさらになりますよ」
「さらさら……お嬢さぁみてに、か?」
「うっ。わたしもあんまりきれいじゃないですけど」
「おいはほんにみごてか思っが」俺は本当にきれいだと思うけど
「ありがとうございます。武市さんや桂さんくらいきれいだったら良かったんですが」
「…………」
「うん、このくらいでいいかな?」

おだんごとか編み込みとかポニテとか、色々やってみたいのはやまやまだったけど、多分この後もお仕事があるから我慢した。
今度暇なときにいじらせてくださいね、って言ったら、しばらく迷ってたけどOKしてくれたし。楽しみ!

「はい、お疲れさまでした。毎晩寝る前に梳かすといいそうですよー」
「あいがとございもす。……じゃっどん、毎晩おいが髪ば梳かしちょったら、おかしかやろかい」ありがとうございます。……でも、毎晩俺が髪を梳かしてたら、おかしいだろう
「そうですか?男の人だから?」
「そいもあっが……」それもあるが……
「あ、じゃあ、わたしがやりましょうか!」

この間、見回りの時にTシャツハーパン姿を見られてから、半次郎さんはほとんど毎日わたしの部屋の前を通るようになった。
わたしが縁側にいなくても来てるみたいだから、あの時みたいに変な格好で外に出てないか心配なんだろう。
もうやらないっていったのに、わたしそんなに信用ないのかなぁ。ちょっとへこむ。

「見回りの時、縁側でちゃちゃっとやっちゃえばよくないですか?」
「え、縁側で!?」
「はい。5分くらいでできますし」
「縁側でそいは……ちっと……」
「あ、そうか。お仕事中ですもんね。寄り道してたら怒られちゃいますよね」
「いや、あいは見回りちゅう訳じゃ……」
「え?違うんですか?」
「い、いや。見回りじゃっどん、別に寄い道がいかんちわけではなか。……ちっとならよかと」い、いや。見回りだけど、別に寄り道がいけない訳じゃない。……ちょっとならいい
「よかった。じゃあ、縁側で会えた時はブラッシングしますね」
「ぶらっしんぐ?」
「はい。髪を梳くこれがブラシで、ブラシを掛けることをブラッシングっていうんです」
「ぶらっしんぐ」

英語の授業みたいに、半次郎さんがわたしの発音をまねる。
半次郎さんの前だと気が抜けるのか、最近カタカナ語が出てしまうことが増えたんだけど、前は首を傾げてスルーされてたそれを今は聞き返してくれるようになった。
分からない言葉を使ってごめんなさいと謝ると、『おいもお嬢さぁに分からん言葉ば使っから、おんなしじゃ』って笑ってくれる。
言われてみれば、わたしも薩摩弁の勉強してるようなものだよね。教え合いっこしてるみたいな感覚が楽しい。
半次郎さんとわたしがカタカナ語を散りばめた会話をしてたら、大久保さんは自分にも教えろって言い出すんだろうなー。

───あ!」

つらつらと考えていたら、ふと、大事なことを思い出した。

「そういえば半次郎さん、大久保さんはどこに?」

呼ばれているなら早く行かないと、待たせちゃってるかもしれない。
やばい怒られる!と慌てたわたしに、半次郎さんは少し戸惑った顔をした。

「お、大久保さぁは…………会合に行かれもした」
「あ、そうなんだ。じゃあ用事はもういいのかな?」
「さっきのは、そのう、大久保さぁがおらん間はおいがお嬢さぁを守れっち言わるっで」さっきのは、そのう、大久保さんがいない間は俺がお嬢さんを守れって言われてるから

ん?守る?
何か危ないことでもあったんだろうか?

「差し出がましか思たんじゃが……」
「?なんだかわかりませんけど、守ってくれたんですよね?ありがとうございます!」

とりあえず、お礼を言っておく。
半次郎さんはほっとした顔でいやいやと首を振って、それからちょっとだけ声を潜めた。

「……お嬢さぁは、坂本さぁとよかなかじゃっと?」……お嬢さんは、坂本さんと良い仲なのか?
「よかなか?仲良しってことですか?そうです!」
「じゃっか……」そうか……
「この世界に来て最初に助けてくれたの、龍馬さんだったんです。あ、以蔵は最初にわたしを脅した人なんですけど」
「お、脅し!?岡田さぁが!?」
「はい、そりゃーもうすごい剣幕で。以蔵が脅して、龍馬さんが助けてくれたって感じかな?」
「そいは、助けたち言わんのでは……」それは、助けたと言わないのでは……
「ふふ、そうですよね。でもほんと、龍馬さんがいなかったらわたし、すっごく大変だったと思います。
 だから龍馬さんには感謝してもしきれないんです」

あの時のことを考えると、ついつい顔が笑ってしまう。
いきなり迷子になってパニックになっているところに、刃物を持った危ない人に肩を掴まれて怒鳴られて、人生で一番危機を感じたと思っても言い過ぎじゃない。
それを止めてくれて、わたしの格好や行き先をすぐに心配してくれた、龍馬さん。
あんな怪しい出会いだったのに、ひとつも疑わずにわたしを大久保さんの所へ連れていくことがどれだけ優しいことなのかは、今なら分かる。
きっとわたし、一生龍馬さんのこと大好きだと思う。あんなお兄ちゃんいたらよかったなぁ……。

そんなことを考えながらくすくす笑うわたしを、半次郎さんはじっと見つめて。
それからふと目をそらして、独り言のようにぽつりと呟いた。

「感謝、言っわいになまっで理無い仲みて話ばしちょったと……」感謝、という割にはまるで恋人同士みたいな話をしてたな……
「んん?」

わりない?ってなんだろ。

「だっおって、かたいごちわがほが会っごたったやら。わがんとけおっとごたったやら。
 なん、薩摩がおはんば取い上ぐったち言おごたいと?なゆきっかやすか」抱き合って、お互い自分の方が会いたかったとか。自分のところに置きたかったとか。
何だ、薩摩が君を取り上げたって言いたいのか?何てこと言いやがるんだ。


え、は、早口すぎて聞き取れない!
聞き返そうとすると、半次郎さんはそれを遮ってわたしの肩を掴んだ。

「あげんつら近づけっち、あんまま口ばすわぶっかと思ちょったど。あん人とはそがん仲か?いまずいそげんこっいっもかっもしちょったんか?」あんなに顔を近づけて、あのまま口吸いでもするかと思った。あの人とはそういう仲か?いままでそういうことをいつもしていたのか?
「???」
「そいとも岡田さぁか?おはんな彼いだけわっぜか気やし思っが。そもなんで呼っ捨てっらるっと?大好っじゃて、おはんなだいんでんそげん言っか?」それとも岡田さんか?君は彼にだけ随分気安いと思うけど。そもそもどうして呼び捨てられてるんだ?大好きって、君は誰にでもそう言うのか?
「えーと、あの。半次郎さん?」

問いつめるような口調に、何を聞かれているのか不安になって見上げると、半次郎さんははっと我に返って手を離した。

「あ……」
「ごめんなさい、聞き取れませんでした……なんて?」
「なっ、な、なんでんなか!」なっ、な、なんでもない!
「?そう、ですか?」
「じゃっど!」そうだ!
「そ、それならいいんですけど」

わたしが頷くと、半次郎さんはすっごい疲れた顔をして、がくりと肩を落とした。

「……大久保さぁが邪魔なさっ気持ちがよっくわかう……こいはたまらん」大久保さんが邪魔をなさる気持ちがよっく分かる……これはたまらん

大久保さんが邪魔をする?なんの話だろう?
詳しく聞きたかったけど、なんだか半次郎さんがよろよろしていたのでそのことには触れず、代わりに『今夜は龍馬さんたちと宴会だそうですけど、半次郎さんも来ますよね?楽しいですよ!』って誘っておいた。

 

つづく?

 

 

 

 

これを書いて龍馬さんが好きだと再認識しました。りょうまさんはいつでも心のオアシス。

なんでこんなに半次郎のヤキモチがだだ漏れているのかと思ったけど、多分それだけ対龍馬さん小娘は破壊力があるのでしょう。なんというか、龍馬さん特別!大好き!っていうのを誰にでも容易に分かる形でたれ流しているので、周りの人間はオイイイイイ!となるんだと思います。
もし兄妹だったら、目に入れても痛くない甘やかして駄目にしてしまいたいレベルの龍馬さんと、おにいちゃんといつでも一緒ごはんも一緒寝るのも一緒と平気で言う小娘、みたいな?

たぶん驚異的な精神力で冷静に邪魔をしてきた大久保さんと、今までより気持ちが育っていることもあって到底冷静になれない半次郎。
半次郎の忍耐を最終的にブチ切ったのは、抱っこでもおでこっつんでも頬ずりでもなく、途中から龍馬さんがさりげなく小娘を呼び捨てしだした(当てつけに)ことだったと付け加えておきます。
半次郎との仲も着々と進行しているはずなのですが、今後も龍馬さんには過敏になりそうですwいや、以蔵もか……?

本当はこの後に宴会話が入るはずだったんだけど、その内容がもっと後の話だったのと、あまりに長くなったので前半だけこのタイミングになりました。
ということは後々また龍馬さんが出ますヤッホー。龍馬さんは異常に書きやすく楽しい!恋愛色ないけど!
いや、半次郎も楽しいですよ?なんといっても、前回に引き続き見回りと称して小娘の部屋の外を毎日徘徊(ストーカーか)とか、誰に見られるか分からない縁側でぶらっしんぐは駄目だろう!→まあいいか のコンボとか、おまえ英語使うようになっちゃってるじゃん!とか、色々つっこみ所満載で楽しいです。
半次郎の髪の長さは特にイメージないのですが、この時代短髪はないはずなので、少なくとも肩下くらいはあるかと。編み込みできるかなあ。

 

 

【ツールチップが使えない場合用の薩摩弁解説リンク】

お部屋に戻っていてください。後から行きます

そ、そんなことはない。ゆっくりとやってくれ

は〜…まるで後ろに目があるようだ

女子のこういう手付きは、男には理解できないから

か、髪を触ることなんかあまりないから、汚いだろう

俺は本当にきれいだと思うけど

ありがとうございます。……でも、毎晩俺が髪を梳かしてたら、おかしいだろう

それもあるが……

い、いや。見回りだけど、別に寄り道がいけない訳じゃない。……ちょっとならいい

さっきのは、そのう、大久保さんがいない間は俺がお嬢さんを守れって言われてるから

……お嬢さんは、坂本さんと良い仲なのか?

そうか……

それは、助けたと言わないのでは……

感謝、という割にはまるで恋人同士みたいな話をしてたな……

抱き合って、お互い自分の方が会いたかったとか。自分のところに置きたかったとか。
何だ、薩摩が君を取り上げたって言いたいのか?何てこと言いやがるんだ。

あんなに顔を近づけて、あのまま口吸いでもするかと思った。あの人とはそういう仲か?いままでそういうことをいつもしていたのか?

それとも岡田さんか?君は彼にだけ随分気安いと思うけど。そもそもどうして呼び捨てられてるんだ?大好きって、君は誰にでもそう言うのか?

なっ、な、なんでもない!

そうだ!

大久保さんが邪魔をなさる気持ちがよっく分かる……これはたまらん