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薩摩の二英傑 第十話

※をマウスオン/クリックで標準語訳(適当)が出ます

【主劇】小娘


ほわほわと、やわらかい感触と暖かい安心感に包まれて、わたしは眠りの谷間を漂っていた。
寝返りを打った拍子に、つむったままの目に明るい光が差し込んだけれど、惰眠を貪りたい身体が無意識にそれを避ける。

ああ。おふとんってなんでこんなに気持ちいいんだろう。
もっふもふでふわふわ。うちのベッドよりも寝心地がいい。いつまでも寝ていられそう…………。

───め!……───むすめ!)

んん……?なんか……そこはかとなくうるさい……。
人が寝てるっていうのに……なんだろ……静かにできないのかなぁ……ああ、おふとんに顔をつっこんでればあんまりきこえないかも……。

そう思って、頭をほわほわの中に押し込んだとき。
突然背中に衝撃が走って、ぬくぬくのおふとんではなく硬い畳を頬に感じた。


【薩摩藩】大久保 利通


小娘が起きてこないと連絡が入ったのは、朝の執務を終えた頃だった。

いつもの時間になっても現れないので女中が様子を見に行ったところ、昏々と眠り続けていたという。
元より、小娘は陽の出る前に起きたことなどなく朝寝坊なのが常だったが、あまりに酷いので体調でも悪いかと心配になったそうだ。
女中の見た限りでは何ともないが、何度起こしてもどうしても覚醒しないので、私まで報告が上がってきたらしい。

全く、あの小娘は面倒事しか起こさん。
こちらは半徹夜で執務をしていたというのに、昼を過ぎるまで寝とぼけているとは何事だ。
別にあやつが寝ていたとて困ることは何もないが、躾と自らの多忙の側杖を食わせてやるつもりで、私は小娘の部屋に足を運んだ。

「小娘。入るぞ」

女子の部屋に入るには簡素すぎる問いかけだったが、どうせ寝ているのだと気にせず障子を開ける。
紗綾柄の几帳で仕切られた部屋の奥に、白い布団と小娘らしき人影がちらりと見えた。
何と言って叩き起こしてやろうか、と脳内であれこれ選びながら、几帳をがたりと脇へ寄せる。

「こむ───

昼の光の中に現れた惨状を見た途端、頭と体の動きがぴたりと静止した。

本来は寝床ではなかったであろう隅の方、両手と片足で布団を抱え込むようにして、小娘は安らかに寝息を立てている。
確かに、この顔からすれば体調が悪いことはないだろう。だがその姿は、安らかとは程遠い。

そこはまるで房事の後のようにはしたなく乱れ、敷き布団も上掛けもどれがどれなのか定かではない。
浴衣ははだけるという言葉が虚しくなるほど捲れ上がり、どちらかというと素肌をわずかに隠しているといった具合。脛どころか腿、腹、背中に胸元まで露わになっている。
帯だけはしっかり付いていたが、細い浴衣の帯が締め付けているせいで、却って肉付きの柔らかさを強調してしまっているようなものだ。
自分の寝相を分かっているのか、局部は見慣れない撫子色の布で隠されていたが、それがなければ何もかも見えているだろう。半裸、というよりはむしろ全裸に近い。

女中がこの姿を放っておくとは思えない。おそらく、起こされたときに一度直されたはずだ。
それからわずか数刻でこのようになるとは、この娘は一体どれほど気ままな寝相をしているのか。
そこまでぼんやりと考える間、無遠慮に小娘の姿を眺めていたことにようやく気づいて、私は内心焦りながら視線を外した。

「こ……この阿呆は……!」

一瞬でも本気で焦ってしまったと自覚しているせいで、憤りの台詞が上滑りする。
しばらく声音を整えてから、私はぐっと腹に力を入れて、もう一度小娘に向き直った。

「小娘!起きんか!小娘!!」
「……ん……うるさ……」
「うるさいではない!起きろ、この跳ねっ返りが!」
「何……静かに……」
「小娘ッ!!」

どん、と背中から掬い上げるように蹴飛ばすと、布団に潜り込もうとしていた体が米俵のようにごろりと転がる。
その弾みで隠されていた臍と胸が露わになったが、胸は腰布と同じ色の帯のようなもので覆われていた。
大方、小娘のいたところの下着か何かだろう。乳と股を辛うじて隠しても、見た目の際どさがましになる訳でもない。

「起きろ!いつまで見苦しい物を見せる気だ!」

そう怒鳴りつけると、小娘はようやく目を瞬かせてこちらを見、訳が分からないという顔でゆっくりと辺りを見回して───最後に自分の格好を見下ろし『ぎゃわあ!?』と野良犬のような叫びを上げた。

「ぎゃわー、ではない!叫びたいのはこちらだ!」
「な、な、なに言ってるんですかっ!怒りたいのはこっちです!なっなんでっおっ大久保さんっここにっっ」
「私の与えた部屋に入るのに何の躊躇いが要る。いいからさっさと着物を戻せ!」
「はっ……!あ、わわわ!」

慌てて後ろを向き、帯にぶら下がっている浴衣を羽織り直す小娘に、私は冷たい声を投げつけた。

「小娘が起きて来ぬ、と女中から知らせがあった。具合でも悪いかとこの私が案じて来てみれば、言う言葉がそれか」

『この』『私が』に力を篭めて言うと、着物を整えた小娘はそろりと顔だけ振り向く。

「起きて……?も、もう朝ですか?」
「いや、違う」
「え?えっ?」
「昼だ。午の正刻はとうに過ぎた。朝寝坊とは言えんな」
「え?ひる……?ええっ?なんで?」

驚きに丸まった目が、室内を意味もなく眺め回す。
まだ頭が働いていないのだろう。大雑把にかき合わせた襟から肌がちらちら見え隠れするのが余計に猥褻で、それに全く気づいていない小娘に苛立ちが募った私は、大股で歩み寄ってその着物に手を掛けた。

「ぎゃっ!?」

猫を持ち上げるように思い切り襟を抜きながら立ち上がらせ、緩んだ身頃を真っ直ぐに整えてから、腹と背中の辺りを掴んでピシリと引き下げる。
最後に帯の辺りが縒れているのを直して、やっとまともになった姿に心中で息を吐き、それから小娘の頬を常の三割増しの強さでひっ掴んだ。

「いひゃひゃひゃ、いひゃい!!」
「小娘。この私に見苦しいものを見せた上、着付けまでさせた代償は大きいぞ」
「おおくおひゃん、いひゃい!ふぉんとにいひゃいって!」
「今後、寝過ごすことは許さん。寝ている時でも着崩れればすぐに直せ。そもそも、着崩れないように寝ろ!」
「ひょんな、むひゃな……」
「次に寝坊したら、誰を起こしに来させるかは私が決める。その辺の平藩士に来させたら、手籠めにされるかもしれぬな?」
「?ひぇごめって?」
「…………。分かった、阿呆なお前のために言い直してやろう。半次郎や今津や五代に来させる」
「!!!???」
「おまえを叩き起こすことができないあやつらは、小娘の野放図な寝姿を何刻眺める羽目になるだろうな?」

藩邸の中でも比較的交流のある男共を列挙すると、小娘は仰天して口をぱくぱくと開け閉めした。
今度は思い通りの反応を得られたことに満足しながら、餅のように伸びた頬を解放する。

「分かったら、夜明けと共に目を覚ますことを日課とするか、せめて浴衣を着崩さぬ所作を身につけろ。
 これは着付けや読み書きのような出来なくても良いことではない。己の身を守るために必要なことなのだ」

そう言ってじっと目を見ると、しばし呆然とした小娘が、面目なさそうに頷いた。

 

◇     ◇     ◇

 

【主劇】小娘


「着崩さぬ所作……って、言ったってなぁ」

着物の裾をいつも以上に気にしながら、わたしは小さく呟いた。
今日は一日、さんざんだった。朝あんなことがあったせいで、どうしても頭が落ち着かず、雑巾掛けの桶は蹴飛ばすわお膳はひっくり返すわ……あげくの果てに書き物の墨を盛大にぶちまけて、書類は死守したけど畳が悲惨なことになってしまった。
女中さんが苦笑いしながら処理してくれて、なんとかきれいになったけど、自分の落ち着きのなさに本当に落ち込む一日だった。

「でも、大久保さんも悪いよ……」

心配してくれたのはわかる。あの時来たのが大久保さんじゃなくて他の人だったら、起こせなくてずっと見られちゃうか、場合によっては変なことをされてたかもしれないんだ。
わかってるけど、でも、そもそも寝てるとこに親しくない人が入ってくるっていうのがありえないよ!!
わたしの世界で、そんなのを普通だと思う人が何人いるだろう。家族や恋人以外と同居してる人もいるかもしれないけど、ちゃんと部屋の鍵は掛けてるはず。襖と障子の家がどれだけプライバシーに配慮されてないか、身をもって知ることになってしまった。

はぁ、と今日何十回目かのため息が膝に落ちた。
縁側に座って足をぷらぷらさせると、それだけで裾は乱れてしまう。
部屋に戻ろうと立ち上がれば、手をついた拍子に襟元がよれて緩む。
起きていてさえ崩れるのに、寝ていて崩れない方法なんてあるわけない。っていうかそもそも、ひもで一カ所結んだだけの浴衣で寝ること自体に無理があると思う。

───あ!そうだ!」

そこまで考えて、頭に閃いた考えに、わたしは思わずぱちんと指を鳴らした。


いったん部屋に戻って、スクバを漁る。
そう大きくもないカバンの中で、それはすぐに見つかった。

「わぁ……やっぱり、可愛い」

ひっぱり出したのは、この合宿のために買った、おろしたてのキャミとショーパン。
肩ひもが何重にもなってて、ひもの端っこにリボン結びがしてあって、キャミの裾とショーパンの裾におそろいの刺繍が入ってる、一目惚れした上下セット。
無理に浴衣で寝るから着崩れるんであって、初めから崩れようのない服で寝ればいいんだ!と思いついたのはよかったものの、わたしが持ってきた服なんていくつもない。
このセットは旅館で着ようと思って、先月のお小遣いをはたいて買ったお気に入り……なんだけど。

「これは……いくらなんでもまずい、よね?」

大久保さんに見られたら、裸も同然だ!とか言われそう。
わたしの世界では外出着なんだけどな……としょんぼりしながら、もう一度スクバを漁る。
それ以外に服と言えば、学校指定の半袖Tシャツとハーフパンツだけ。
ジャージ地の紺のハーパンなんて可愛らしさのかけらもないけど、背に腹は代えられなくて、わたしは諦めてそれに着替えた。

うちの学校では大きめが流行ってたから、上も下もだぶだぶで、そのユルさがほっとする。
───でも、できればこっちを着たかったなぁ……。
未練を残しながらキャミをしまって、わたしはもう一度縁側に出た。

「うん、やっぱり涼しい!」

着物より断然涼しくて、着心地も良くて楽で、さっきまでそわそわしてた気持ちも自然と落ち着いていく。
もう一度足をぷらぷらさせてみても、当たり前だけど裾は崩れない。手をぐるぐる回したって胸もおへそも出ない。
久々の開放感に、わたしはとてもご機嫌だった。

思わず鼻歌が出そうになった時、庭の向こうから誰か歩いてくる物音がした。
朝の出来事のせいで、まさか大久保さん!?と慌てたけど、大久保さんが庭から来る訳ないよね。

「……あ。半次郎、さん?」

見回りの藩士さんかな?と思って見ていると、薄暗がりでようやく見えてきたその人は、半次郎さんだった。
片手に薩摩藩の家紋が入った行灯を持ってる。夜目が利くせいでいつもはそんなもの持ってないから、見回り中なんだとすぐ分かった。

そういえば、庭を見回る半次郎さんを見るようになったのは、ここしばらくのことだ。今までは夜でも大久保さんの側に控えていることが多かったから、見回りなんてしてていいのかなと思うけど、もしかしたら当番とかあるのかもしれない。
それに、時々こうやって部屋のすぐ外で会えるのはうれしい。ついつい縁側に出てしまうのはそのせいなのかも。
一瞬、あ、服!と思ったけど、半袖とハーパンなら浴衣とそんなに変わらないし、半次郎さんなら元の世界の服を着てても構わないか、と思い直して、わたしはそのまま声を掛けた。

「半次郎さん、こんばんは!夜の見回りですか?」
「あ、お嬢さぁ、よかばん……」

にこやかに振り向いた半次郎さんが、びしりと音がしそうなくらいきれいに、固まった。

「??半次郎さん?どうかしました?」
「……お……」
「お?」
「っお、お、お嬢さぁ!?なんち格好しとっか!!??」
「え、格好?ああこれ、わたしの世界の服なんですよー。体操着です」
「た……体操着?」

なんだかおろおろとしている半次郎さんに、考え考え説明する。

「んーと、みんなで運動する時に着る、動きやすい服?あ、ほら最初に着てたセーラー服。あれの運動バージョンです」
「み、みんな……?」

あ、バージョンは英語か。と思ったけど、半次郎さんはそれどころじゃないみたいで、聞き返しては来なかった。
代わりにもごもごと言い淀んで、さまよった視線がついと向こうを向く。

「そ……そいを、皆が揃いで着っな?」そ……それを、皆が揃いで着るのか?
「はい、これ着て走ったり跳んだりします。あ、泳ぐ時はまた別の服があるんですけど」
「泳、ぐ?……お嬢さぁんとこいでは、男子も女子もてのんで学ぶとゆてなかとか?」泳、ぐ?……お嬢さんのところでは、男子も女子も一緒に学ぶと言ってなかったか?
「てのんで?あ、はい、そうです!同じ年の子たちで組になって、一緒に勉強や運動をしますから」
「同じ……年……」

途端に、半次郎さんは難しい顔をして黙り込んだ。
───あれ?なんかおかしいこと言った?
もしかしてこの服、そんなに変に見えるんだろうか。たしかにこの世界にはない服だと思うけど、無地の白シャツと紺ハーパンがそこまで珍妙とは思えないわたしは、半次郎さんが何を気にしているのかよく分からなかった。
しばらく沈黙が流れた後、半次郎さんは意を決したようにこっちを向いて、真剣な顔でわたしに言った。

「お嬢さぁ。そん服は……ちっとゆなかと。部屋ん外い出っは控えたほがよか」お嬢さん。その服は……ちょっと良くない。部屋の外に出るのは控えた方がいい
「え……どうしてですか?」
「そ、そのう、ここでそげんな格好しとったら、男にな目ん毒じゃで」そ、そのう、ここでそんな格好をしていたら、男には目の毒だから
「目の毒?……あ」

首を傾げようとして、その意味に気づく。
半次郎さんがわたしの顔以外を見ようとしない理由にも。

「えっ。え、あれ?でも、この服、浴衣とそんなに変わらない……ですよね?」
「……………」
「えっ!変わるんですか!?」
「そう……じゃ、な。……ちごかどかゆわれっば……ちごっな」そう……だ、な。……違うかどうかと言われれば……違うな
「えええ!嘘ー!」

とても言いにくそうに呟かれた答えに、思わず大きな声が出てしまう。
半次郎さんは慌てて走り寄ってきて、『静かに、人が来たら面倒やっが』と囁いた。
わたしは口を押さえて何度もうなずいた後、小さい声で続けた。

「そんなに、違うんですか?だって、ほんのちょっと余分に見えてるだけなのに?」

そう言った途端、半次郎さんは目を見開いて。
それから苦笑を浮かべながら、わたしの膝に自分が着ていた羽織を掛けてくれた。

「お嬢さぁんとこいでは、変わらんやろが。ここでは、女子の腕や足首がちっと見ゆいだけで大事なんじゃ」お嬢さんの所では、変わらないんだろうが。ここでは、女子の腕や足首がちょっと見えただけで大事なんだ
「あ、足首……?」

思わず絶句する。だって足首って、裾の長いパンツかブーツでも履いてない限り見えるものじゃ……。
いや、そういう問題じゃないのかもしれない。ここではみんながみんな、いつも踝までの着物で足袋をはいてるから、足首って見えることがないんだ。例えばスクール水着の集団に一人だけビキニがいるみたいな感じで、目立っちゃうってことなのかな?
やっぱり浴衣しかないのかぁ、とがっくりしたわたしの心を読んだように、半次郎さんは言葉を続けた。

「じゃっどん、そん格好だけじゃなか。浴衣ん時も部屋ん外は出っならん。庭へ行っなんは以ての外じゃで。
 その……襦袢も足袋も履いとらんち、そこらの男は血相変えっど」でも、その格好だけじゃない。寝間着の時も部屋の外には出てはいけない。庭へ行くなんて以ての外だ。
その……襦袢も足袋も履いてないから、そこらの男は血相を変えるぞ

「あっ!」

そ、そういうことか!
今まで見えてる面積ばっかり気にしてたけど、寝間着って言うなれば下着なしでセーラー服を着てるようなものなんだ!
いくら見えるところは変わらなくても、たしかにそれはまずい。恥ずかしすぎる。
あああ、前に大久保さんが『真夜中に寝間着のまま一人庭に出るなど、何を考えているんだ』って言ってたのは、これだったのか。見回りの藩士さんに下着なしセーラー見られちゃった……。
今さら顔が赤くなるのを感じながら、わたしはそれを隠すように頭を下げた。

「ごめんなさい……わたし、何にも分かってませんでした」
「い、いや!お嬢さぁが謝るこっやなか!おいなんぞが差し出がましかこっゆて申し訳なかど。
 できっば好きにさせたかじゃっどん、万一お嬢さぁの身にないがあってん取い返しがつかんでな」い、いや!お嬢さんが謝ることじゃない!俺なんかが差し出がましいことを言って申し訳ない。
できれば好きにさせたいけど、万一お嬢さんの身に何かあったら取り返しがつかないから

「はい……わかります。心配してくれてありがとうございます……」

そう言いつつも、ため息を止められなくて、困った顔の半次郎さんから目をそらす。

「……わたし、実はもう一つ服を持ってきてたんです。それはさすがにここでは駄目だろうと思ってやめたんですけど……
 でも、本当に着たかったのはそっちで。我慢したつもりだったのに意味なかったなんて、おかしいですよね」

えへへ、と力なく笑うと、半次郎さんがますます気遣うような顔をする。
もう気にしてません!と笑いたかったのに、なぜかそういう気になれなくて、わたしはまたため息をつく。
すると、半次郎さんがほんの少し空いていた距離を詰めて傍に来て、なぐさめるみたいによしよしと頭を撫でてくれた。
その表情は、もう困ってなくて。いつもの優しい半次郎さんだった。

「どげん服な?ちっと見せてくやい」
「……え?」
「おはんな気い入たちゅう服ば、どげんもんか見せっくるっと?おいにゃ分からん思っが、そいでんよかなら」君の気に入ったって服、どんなものか見せてくれるか?俺には分からないと思うけど、それでもいいなら
「……あ。は、はい!」

ようやく意味が分かって、わたしは急いで立ち上がった。
半次郎さんにとっては見るに堪えない服なのが分かってるのに、そう言ってくれる優しさが、すごく嬉しい。
足を隠していた羽織が落ちて、また目をそらされるのが見えたけど、今さらだよね!とそのまま部屋に入る。

「これです!」
「……………」

キャミとショーパンをじゃーん!と披露しても、半次郎さんはどう身につけるのかさっぱり分からないという顔をしたから。
体操着の上から当ててみせると、さっきの比じゃないくらい、一気に顔を染めた。

「お……お嬢さぁ!こいを、こいをほんのこっ着とったんですか!?」お……お嬢さん!これを、これを本当に着ていたんですか!?
「これはまだおろしてないですけど、夏は同じような服を着てましたよー。すっごい涼しいんですよ?」
「こいは………いかん………」

予想通り、半次郎さんは呆然としていたけど、わたしはもうそれを寂しいとは思わなかった。

「ふふ、ここじゃ絶対駄目ですよね。でも、このリボンと裾の刺繍がすごく気に入って、一目惚れだったんです」
「りぼん?」
「そう、これ。可愛くするひもの結び方、みたいなものです。こうやって……」

いったん肩ひもをほどいて、くるっとリボン結びをしてみせる。
きゅっと結んで止めると、半次郎さんは納得したようにうなずいた。

「ああ。花結びやっか」
「花結び?こっちでは、そういうんですか?」
「よく女子の帯や水引に使うもんじゃで」
「女子の……帯……」

ちらっと目をやると、半次郎さんはそれに気づいて、慌てて両手を振った。

「ち、ちご!おいの姉じょや妹ったっがしとったと!」ち、違う!俺の姉さんや妹たちがしてたんだ!
「お姉さんと、妹さん?お姉さんは知ってましたけど、妹さんもいらっしゃったんですね」
「じゃっど、特に妹はぶちほでな。こまか時はさんざん結ばさるったと。もしかすっとお嬢さぁよりじょしかもしれんで」そうだ、特に妹は不器用でな。小さい時はさんざん結ばされた。もしかするとお嬢さんより上手いかもしれないぞ
「あ、ひどい。わたしだって少しはできるようになったんですからね!」

懐かしそうにリボンを見る半次郎さんに、わたしもなんだか嬉しくなる。
くすくす、とお互いにしばらく笑い合った後、半次郎さんはふと懐に手を入れて、そこから何かを取り出した。

「お嬢さぁの好っな服は、ここじゃ着れんが……」お嬢さんの好きな服は、ここじゃ着れないが……
「え?」

顔を上げると、半次郎さんの腕が伸びてきて、髪がくるくるっと器用に束ねられる。
思わず手を後ろにやったら、やわらかい紐がふわふわと巻き付いているのに触れて、リボン結びされたんだと分かった。

「こいで、今はこらいやったもんせ」これで、今は我慢してくれ

はにかむような照れた顔を見て、わたしは自分が満面の笑顔になるのを感じた。

 

つづく?

 

 

 

 

恋仲でもなく、さりとて興味がない訳でもない小娘の裸を見てもスルーが許されるのは大久保さんだけだと思います(本気の目)。
大久保さんなら勢いで云々とかそういうのはない気がするので!

いやいや、大久保さんはルパンダイブなんかしないわ!という意味ではないです。ただ彼は、ルパンダイブするにしてもその前に、起こりうる問題や小娘の感情なんかについて可能性のあるパターンと解決策と持っていき方を完璧に組み立ててると思うんです。
ルパンダイブがどんなにまずかろうが、解決する自信があって実際解決できるからこそやっている、という信頼性みたいなものが飛び抜けて高いですよね彼は。
だからルパンダイブする時はもう、脳内でいろいろ完成されていると思います。
て、今だけでルパンダイブって何回言ったんだろうルパンダイブ。真面目な(?)話なのにこんな例えですみません。どうでもいいですが今、脳裏にルパンダイブ大久保さんがリアルに浮かんで吹きました。

あとなんか、半次郎の立ち位置というか、小娘をどうしてあげたいのかだんだん見えてきた気がする。
ただ優しくしたいとか笑ってほしいじゃないんですよねーたぶん。この世界と元の世界とのギャップを埋めたい?というか。
小娘が一番ダメージを受けている部分を無意識に埋めていって、そのうちに半次郎自身が小娘の支えとかこの世界での存在意義みたいに自動的になっていくような感じかと。
プレゼントすらあんなに迷った半次郎なので、小娘の髪を結ぶとか恥ずかしがりそうなんだけど、その大事な部分は逃さないのは好きすぎるからなのか。でもダメージ受けてる小娘は子供扱いしてる可能性も否めない。わからん!

この先どうなるか乞うご期待!(自分に!)
といいつつ次は待ち望んだ龍馬さん登場の予定ひゃっほおおおおおお!

 

 

【ツールチップが使えない場合用の薩摩弁解説リンク】

そ……それを、皆が揃いで着るのか?

泳、ぐ?……お嬢さんのところでは、男子も女子も一緒に学ぶと言ってなかったか?

お嬢さん。その服は……ちょっと良くない。部屋の外に出るのは控えた方がいい

そ、そのう、ここでそんな格好をしていたら、男には目の毒だから

そう……だ、な。……違うかどうかと言われれば……違うな

お嬢さんの所では、変わらないんだろうが。ここでは、女子の腕や足首がちょっと見えただけで大事なんだ

でも、その格好だけじゃない。浴衣の時も部屋の外には出てはいけない。庭へ行くなんて以ての外だ。
その……襦袢も足袋も履いてないから、そこらの男は血相を変えるぞ

い、いや!お嬢さんが謝ることじゃない!俺なんかが差し出がましいことを言って申し訳ない。
できれば好きにさせたいけど、万一お嬢さんの身に何かあったら取り返しがつかないから

君の気に入ったって服、どんなものか見せてくれるか?俺には分からないと思うけど、それでもいいなら

お……お嬢さん!これを、これを本当に着ていたんですか!?

ち、違う!俺の姉さんや妹たちがしてたんだ!

そうだ、特に妹は不器用でな。小さい時はさんざん結ばされた。もしかするとお嬢さんより上手いかもしれないぞ

お嬢さんの好きな服は、ここじゃ着れないが……

これで、今は我慢してくれ