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薩摩の二英傑 第七話

※をマウスオン/クリックで標準語訳(適当)が出ます

【薩摩藩】中村 半次郎


パタパタ、と外から聞こえてきた足音に、書を捲っていた指がぴくりと震えた。
その隙に掴んだはずの紙片はするりと逃げ、読み終えたばかりの文字が目に入る。

板間を足袋で歩く軽い足音、歩幅から言っても男子では有り得ない。けれども藩士よりよほど速い歩調で、小走りと言っても良いような軽快さで行き来する。
このような足音を立てる者は、女中にも藩士にもいない。

そこまで考えて、ふ、と思わず笑みが漏れた。
理路整然と結論を出さなくても、耳にした瞬間に指ひとつで悟ってしまったというのに。
どうも書を読んでいる時は理屈っぽくなってしまう。凝った肩を少しだけ解して、懐を押さえながら部屋の障子を開けた。

「えっ、そんな、だめです!」

途端に聞こえてきた声に、思わず足を止める。
目をやると、五間ほど離れた渡り廊下の曲がり角で、予想した通りの人物が誰かと話をしていた。

「そんなもの、いただけません!」
「おや。お気に召しませんでしたか?」
「そ、そうじゃなくて……大久保さんにもらっちゃだめって言われてるし。それにこれ、すっっごく高そうだし……」
「勿論、大久保様には許可をいただいてありますよ」
「え。こ、これも!?」
「はい。近頃は外に出られることも増えてきましたし、訪問着の数も必要でしょう。
 それに、大久保様ご自身が湯水のように贈っていらっしゃいますからね。私に文句は言えないはずです」

話している相手は見えないが、くすくすと小さく笑う声はこちらまで届く。

「……確かに最近、大久保さんがやたらと着物を届けてきますけど……」
「私も仕事の傍ら、珍しい装身具など探すよう頼まれています。和装から洋装まで」
「そういえばかんざしとか櫛とか鏡とか、あとなんか使い道がわからないものまでいっぱい来てました」
「何かご心境の変化でもあったのでしょうか?例えば、お嬢様のお嫁入り道具……とか」
「えっ!?」

「!?」

心底驚いたように声を上げた彼女と、全く同じ心持ちで息を止めた。
嫁入り道具?───彼女の?

「やだ、今津さん。わたしはお嫁とか行きませんよー」

彼女はすぐにおかしそうに笑って、目前の男の腕を叩く。

「おや、そうなのですか。だとしてもおかしくない支度だと思いましたが」
「なんか新しい呉服屋さんが来たから、ついたくさん買っちゃったみたいですよ。ストレス発散ですかね?」
「ストレス発散?とは?」
「ああ、ええと、むしゃくしゃしてるときにパーッと買い物したら気分がすっきり、っていうことです」
「なるほど。それであのような量になっても不思議はない、ということですか」
「はい。だから大久保さんはともかく、今津さんに色々もらうわけには……」
───では、私もストレス発散のためにあなたに贈り物をしましょう」
「は?」

平然と言い返す声に、ぽかんと呆気にとられる。
このようなやりとりに慣れていないのだろう。普通の女子であれば笑って受け取るか興味なさそうに突き返すかの二極であるのに対して、彼女は心の底から困った顔をした。

「あなたの笑顔は私の幸いです。つまらないものですが、どうぞお受け取りください」
「ちょ…、今津さん……どっからそういうセリフが出てくるんですか」

困りながらも頬を染めた彼女に、男が着物を差し出す。
柑子と江戸茶の細かな柄を組み合わせたその仕立ては、ありふれてなく粋で、しかも彼女に似合うもののように見えた。

しばらく渋った彼女が、『お願いですから今回だけで』と念を押して受け取るのを確認して。
静かに障子を閉め、ため息をついた。

 

◇     ◇     ◇

 

【主劇】小娘


今津さんにもらった着物をいったん部屋に置いて、わたしはまた同じ所に戻ってきていた。
もう、今津さん、ああいうのやめてくれればいいのに。
大久保さんもそうだけど、着物やアクセをやたらとあげたがるのってなんでなんだろ?
この世界って数の勝負なのかなぁ。そりゃ、着物って洋服と違っていろいろ決まりがあるみたいで、同じ服でコーデしにくいのは確かだ。でもこんなにいろいろもらってしまういわれはないと思う。

それに、あんなことを言われると、正直気が重い。
大久保さんはまだ、『私の世話している者が粗末な衣服を身につけるなぞ恥だ』とかって言ってくれるから、その本心が思いやりだと知ってても『しょうがないから着てあげます』って言えるけど。
あんな風に言われたら、着てみせたりお礼したりしないといけないんじゃないかって、気を遣ってしまう。

いや、プレゼントされたんだからお礼をするのは当たり前で、自分でも何様?とは思う。
でも本当の本心を言えば、あんな高そうなものをもらってもわたしにはお金がないから返せないし、お金がかからなくて見合うお返しって何にも思いつかなくて、本当に困ってしまうんだ。
高杉さんならお菓子や未来のお話で喜んでくれるだろうし、龍馬さんならちょっと抜け出して一緒にお散歩するだけで笑ってくれるのを知っているけど、今津さんとかよく知らない人が何を喜ぶかなんてさっぱりわからない。
次は絶対断ろう、口実になるから大久保さんにもしばらく控えてもらおうと心に決めて、わたしはようやく足取りを軽くした。

目的の場所について、障子の枠をとんとん、とノックする。
障子をノック、というのもおかしいんだけど、いきなり声をかけるという習慣になじめなかった頃、わたしが思わずしてしまったこれを『隠密の合図のようじゃで』と笑ってくれたから、ここに来る時はときどきこうしてしまう。
何より、これだけでわたしだと気づいてもらえるのが、なんとなくうれしい。

「お嬢さぁ?」

するり、と障子が開いて、半次郎さんが顔を出す。
いつもの時間を過ぎてしまったからいないかもしれない、と思っていたので、わたしは笑顔で彼を見上げた。

「こんにちは!半次郎さん、お昼ご一緒しませんか?」
「…………」

いつもなら笑顔が返ってくるのだけど、今日の半次郎さんは少しだけうろたえて、口ごもった。

「あれ?もうお食事済ませちゃいました?」
「いや……」
「あ、お仕事ですか?すみません」
「いや、そうじゃね。……お嬢さぁこそ、まだじゃったか」
「?はい。お誘いしようと思ってきたんですけど……?」

なんだろう。何か、半次郎さんの反応が変?
視線が落ち着かないし、ほんのちょっとだけど口がへの字になってる。
嫌なことでもあったのかな?あ、気分が悪いとか!

「あの、体調でも悪いんですか?もし食べたくないなら、お粥とか作ってきますよ」

言いながら、背伸びしておでこに手を伸ばすと、簡単に手が触れて逆に驚いた。
剣術に長けた半次郎さんなら、反射的に身構えそうなのに。そんなにも体調が悪いの?

「ん、熱はないみたいです。ちょっと汗かいてますけど」
「……じゃっか」……そうか
「どこが痛いんですか?おなか?頭?」
「いや、どこいも。……強いてゆっば胃が痛か」いや、どこも。……強いて言えば胃が痛い
「胃?」

冗談みたいに笑って言うから、本当かどうか分からなくて首を傾げる。
胃の辺りに手をやって服の上から撫でると、今度は驚いた顔をして身を引いた。
うーん。おでこがよくって胃はだめってのがよく分からない。そりゃ、心臓の辺りは守らないといけないけど、それだったら頭だって守らないといけないんじゃないのかな。
でもとりあえず、体調は悪いってことだよね。

「わかりました、お粥とお薬用意して……いや、先にお医者さん呼んできますっ」
「あ……ま、待っちくやい!」あ……ま、待ってくれ!
「わ、!?」

言い置いて走り出そうとしたとたん、手を掴まれてつんのめった。
振り向くと、半次郎さんが真剣な顔でこっちを見ている。
わたしも見返したら、また目がそらされて、迷うように視線がさまよった。
何か……、言いたいことでもあるんだろうか?

「半次郎、さん?」
「……医者は、要らんで」
「あの。わたしでいいなら、なんでも言ってください。もし言いにくいことなら、誰か他の人を呼んできますから」
「……なんでも?」
「はい。わたし、なんにもできませんけど……半次郎さんの力になりたいです」

一生懸命、気持ちをこめてそう言うと、半次郎さんは目をまんまるにして。
それから苦笑いとため息が混じったような表情を浮かべて、懐に手を入れた。

───なら、こいを受け取ったもんせ」───なら、これを受け取ってくれ

何かが取り出される気配に、反射的に手のひらを持ち上げる。
両手のまんなかにそっと置かれたそれは、桜の形をした小さな飾りだった。

「わぁ……きれい」

淡いピンク色の石?貝がら?みたいなものに細かい彫刻がされていて、きれいに編み込んだ飾り紐に鈴がついてる。
形は携帯ストラップにそっくりだけど、桜も紐も鈴も細工がすごく細かくて、ぴかぴかしてきれい。

「珊瑚じゃ」
「さんご……知ってます!わたしの誕生石なんです!」
「たんじょう、せき?」
「えっと、誕生日の月ごとに決まってる石があって、それを持ってるとお守りになるんです」

そう答えたら、半次郎さんは驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。

「じゃっか、そやつごんよか」そうか、それは都合がいい
「これ、どうしたんですか?」
「その……礼に」
「礼?お礼にもらったってことですか?あっ、誰かにもらったけどいらないからくれる、とか?」

目を上げると、思ったより近くにあった顔が慌てて首を振る。
しゃらりん、と特徴のある鈴の音が鳴った。

「ちご、そいは……そいはこん前の、礼、で」違う、それは……それはこの前の、礼、で
「この前……?」

お礼って、わたしに?なにかお礼を言われるようなことがあったっけ?
本気で分からなくて戸惑っていると、言いにくそうにぽつりと教えてくれる。

「そのう、こん前、『ぴあの』を聞かせっくれちょった礼やと。もろてくやい」そのう、この前、『ぴあの』を聞かせてくれた礼だ。貰ってくれ
「えっ」

思い出した。あの秘密の部屋で、大久保さんと半次郎さんにピアノを聞かせたんだっけ。
けど、それってけっこう前の話だし、あの時ちゃんとお返しはもらったはずなのに……どうして、今頃?

「でも、お礼はいただきましたよ?ほら」

今も着物の下に着けているペンダントを引き出して見せると、半次郎さんは少しだけ複雑そうな顔をした。

「そいは大久保さぁが差っしゃぐったと。おいの礼ではなか」それは大久保さんが差し上げたものだ。俺の礼ではないよ
「あ、そういうことで……えっ!?じゃあもしかしてこれ、わざわざ買ってきてくれたんですか!?」
「……そ、そげなこっ、聞かんでくやい!」……そ、そんなこと、聞かないでくれ!

髪をがしがしと掻きむしるようにして、真っ赤になった顔を隠す半次郎さんに、思わず私の頬も熱くなった。
───うそ。半次郎さんが?このどう見ても女物の、可愛らしい桜の飾りを?自分で?
どんな顔をして買ってきたのかと思うと、嬉しすぎて笑い出してしまいそうで、そんなことをすれば誤解しそうな人を前にわたしは表情を引き締めた。

「……気に入らんやっとか?」……気に入らないだろうか?

それでもやっぱり心配そうに覗き込んでくるから、どうしても口元が緩んでしまう。
わたしは首を振って、せいいっぱい品よく笑った。

「ううん、すごく嬉しいです……。ありがとう、ございます」

手の中の桜を見る。わたしのために、わざわざ選んで買ってきてくれたんだと思うと、見ているのすらもったいなく思えた。
あんまりじっと見すぎたせいか、半次郎さんが照れくさそうに頭をかく。

「女子は、着物や簪のほが喜ぶか思たんじゃっどん……どげなもんがよかとかさっぱい分からんで。
 子どんみてじゃて笑わるっかとせわやったと」女子は、着物や簪のほうが喜ぶかと思ったんだが……どんなものがいいのかさっぱり分からなくて。
子供みたいだって笑われるかと心配だった

「ふふ、半次郎さんもそうなんですね。わたしも着物、ぜんぜんわからないです」
「お嬢さぁも?女子なんに?」お嬢さんも?女子なのに?
「だってわたし、ここに来て初めて着物着たんですよ?生地が高そうとか、その程度しかわからないです」
「そいじゃ、むいに選ばんで正解やっとな?」それじゃ、無理に選ばなくて正解だったな?
「はい。わたし、これの方がずっとずっとうれしいです。大事にしますねっ」

あ、着物さっぱりわからないってことは内緒ですよ?と念を押して唇に指を立てると、半次郎さんはわたしの背に合わせて身をかがめて、同じ動作をした。
ほんと、よかった。着物だったら毎日同じもの着られないし、大久保さんにそれはどうしたって聞かれそうだもんね。
あれ、大久保さんといえば……半次郎さんからのプレゼントは、大久保さんに言わなくていいんだろうか?
わたしが叱られるのはいいけど、半次郎さんが何か言われたりしないのかな?

「……うーん」

でも、大久保さんが言ってたのは『お嬢様が心付けを受け取るわけにはいかない』って意味だから、これは違うよね。
これは、『薩摩藩邸で預かっている武家のお嬢様に』じゃなくて、『わたしに』くれたものだから。
藩邸の中で、大久保さんと半次郎さんだけは、難しいこと考えなくてもいいんだよね?
うん、そういうことにしとこう!

わたしはますますご機嫌で鼻歌なんか歌いながら、ペンダントの留め金を外した。
何をするのかと見つめる視線の先で、まず花のペンダントトップを半分外して、飾り紐をほどいた桜を鎖に通してから戻す。
まんなかの少し大きな花と鎖の隙間に、小さな桜はきれいに収まった。
うん、色も合ってるし、別々の飾りを組み合わせたにしてはバランスもいいと思う。紐と鈴はポーチにつけちゃえ。

「ありがとうございます、半次郎さん!」

薄紫とピンクのペンダントを握りしめて弾むようにお礼を言ったら、半次郎さんはまだ赤い顔をしながら笑ってくれた。


【薩摩藩】中村 半次郎


よかった。本当に、よかった。
まさか迷惑そうに突き返されるとは思っていなかったが、それでも、義理で受け取ってくれるだけかもしれないとは思っていた。
先程、あのように高価で趣味の良い品ですら、さほど心を動かされなかったのを見たばかりだったから。

いや、それはきっと、彼女の言う通りたまたま分からないものだったんだろう。
そして、自分の用意したものがたまたま好みのもので、たまたま『たんじょうせき』でできていて、たまたま主の贈り物と合わせることができた、ただ、それだけだ。

困った様子も、渋る様子も一切見せずに喜んでくれたことを、深読みするべきではない。
そもそもこれは礼なのだから、受け取ってもらえて当然だ。何も、おかしいことはない。

「半次郎さん。ごはん行きましょう!」
「……っ!?」

頭の中で埒もないことをつらつらと考えていたら、突然、手を引かれて驚愕した。
そんなことは遊女がすることだ、と言いかけて、前にそれを言った時の哀しそうな顔を思い出す。

きっとこれも、彼女の世界では普通のことなのだろう。好きな男には好きだと言い、先を促すのに手を繋ぐ、心のままに行う所作が不愉快だとは思わない。
他の者が見ていない限りは、思う通りにさせたって問題はない。要は、先入観を除けばいいのだ。
そう思うと同時に、すでに彼女と関わる者は随分前からそうしていると気づいて、少しだけ決まりの悪い心地がしたけれど。

「早く早く、おなかすきましたよ!」

童女のように笑う彼女が、そう言って自分を導くから。
それでいいんだと、素直に思えた。

 

つづく?

 

 

 

 

今津さんのセリフになんか聞き覚えがあるなと思ったら、グリーンリバーライトの決め台詞でした。←まず言うことがそれか

ちょ、推敲するごとに半次郎ができあがってきて、どうしようかと思いつつ。まあできあがったって、してることは大久保さん今津さんレベルでは今更なのですが……でも半次郎がやることに意義があるよね!
ピアノのお礼は、あれからずっともやもやしていると思っていました。大久保さんがあまりにスマートにお礼をあげちゃったので、今更自分が、しかも彼女が気に入っていつもつけてるあれより素敵なものは到底贈れない、とさんざん悩んだ末に飾りを購入。さんざん迷った末にやっと渡す。という感じで、非常に面倒くさい御仁です。

だがそれがいい!

大久保さんはすでにお父さん化。勘違いした半次郎が対決しに来る日を予想して、どうやって分からせてやろうかと楽しみにしていると思います。
今津さんはまあ、多分奪えれば奪うつもりなのでしょうが、大久保さんと同じくからかうのが楽しいからやってる気もします。半次郎、小娘ちゃんに尊敬されてることで逆恨みされまくりw
とりあえずこんな感じでイチャイチャしてればいい。半次郎に人前で手を繋がせたら勝ちだ!(何の勝負だ)←あ、今、遙か3の「弁慶を意外がらせたら勝ちだ!」と思ったことを思い出しました。

次回はまだほのぼの話でしょうか。まだできているだけで3山くらいあるんだけど、シリアスよりほのぼのしたいです。
あ、でも、林檎娘と大久保さんルートも進めたい。特に林檎娘。特殊設定まで行き着きたい……。

 

 

【ツールチップが使えない場合用の薩摩弁解説リンク】

……そうか

いや、どこも。……強いて言えば胃が痛い

あ……ま、待ってくれ!

───なら、これを受け取ってくれ

そうか、それは都合がいい

違う、それは……それはこの前の、礼、で

そのう、この前、『ぴあの』を聞かせてくれた礼だ。貰ってくれ

それは大久保さんが差し上げたものだ。俺の礼ではないよ

……そ、そんなこと、聞かないでくれ!

……気に入らないだろうか?

女子は、着物や簪のほうが喜ぶかと思ったんだが……どんなものがいいのかさっぱり分からなくて。
子供みたいだって笑われるかと心配だった

お嬢さんも?女子なのに?

それじゃ、無理に選ばなくて正解だったな?