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薩摩の二英傑 第五話

※をマウスオン/クリックで標準語訳(適当)が出ます

【主劇】小娘


薩摩藩邸には、秘密の部屋がある。
奥の書斎の隣、ほとんどの住人に知られていないそこには、真向かいにある裏庭から漂っていつも花の香りがしていた。


「……あれ?」

いつも通り和訳のお手伝いをするのに、こちらの辞書と比べてみようと思い立って、今津さんに許可をもらった。
普段は使わない書斎に予備があるというので、忙しい今津さんの同行を断って一人で来てみたのだけど。

「あれ、もしかして……半次郎さん?」

書斎の一番端のつきあたり、近くまで行かないと分からないような薄暗い場所に、見知った人を見た気がした。
何の気なしに近づくと、振り向いたのは確かに半次郎さん。

「お嬢さぁ……」
「やっぱり、半次郎さんだ。こんなところで何をしてるんですか?」

そう訊くと、半次郎さんは戸惑ったような困ったような顔をした。
ん、なんだろ?

「あ、お邪魔でした?ごめんなさい」
「んや、邪魔というわけでは……その」
「???」

要領を得ない答えに、首を傾げる。
ふと書棚を見てみると、そこには英語の本ばかりが並んでいた。辞書だけではなく、様々なジャンルの写本や草子、数は少ないけれどわたしの世界で見るのと同じような本もある。

「もしかして半次郎さん、英語……えげれす語の本を読まれるんですか?」
「お、おいはそういったもんは……」
「あっ!すごい、ロミオとジュリエットがある!」

思わず半次郎さんの言葉を遮って、わたしはその本を取り出した。
筆記体で読みにくいけど、確かに『ロミオとジュリエット』と書いてある。

「わー、ここにもあるんだぁ!なつかしー!……あ、ごめんなさい、お話の途中で」
「いや、構いもはん。知っている話ですか?」いや、構いません。知っている話ですか?
「はい!これは、わたしのところでもすごく有名なお話なんです。恋愛物なんですけど」
「恋愛……」
「ロミオっていう男の人とジュリエットっていう女の子がいて、二人は家が敵同士なのに、ある日許されない恋に落ちちゃうんです」
「…………」
「ロミオは敵の家に忍んでいって、バルコニー……えっと、上の階にある縁側?みたいな所にいるジュリエットの独り言を聞くんです。
 そのセリフが有名で。『ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの?どうぞ家名を捨てて、愛を誓って。私も家を捨てますわ』」
「………!」
「『私の敵は名前だけ。名前にどんな意味が?バラの名前が変わろうと、香りに違いはありません。名前を捨てて、私を奪って』
 それでロミオが、『あなたをいただきます、ただ一言、僕を恋人と呼んで下されば。あの美しい月に誓って、あなたを愛しています』
 『いけませんわ、日ごとに形を変えるような不実な月に誓っては。誓いを立てるなら、どうかあなた自身に誓ってください』 って……」
「お、お嬢さぁ!」
「え?」

昔見た素敵な映画を思い出してひたっていたわたしは、遠慮がちに掛けられた声にふと本から顔を上げた。
そこには、頬を染めて耐えられない!という顔をした、半次郎さん。

「そげな話、お嬢さぁが口にすっもんじゃあいもはん!」そんな話、お嬢さんが口にするものじゃありません!
「へ?そんな?」
「恋だの愛だの、そいこっは、その、遊女や女郎がゆこっで!」恋だの愛だの、そういうことは、その、遊女や女郎が言うことです!
「え?普通の人は恋とか愛とか言わないんですか?じゃあ、好きな人にはなんて言って告白するんですか?」
「こ、告白……?」
「男の人に、好きです!恋人になってください!って言うときです」

簡潔に説明すると、赤かった半次郎さんの顔がますます赤くなった。

「ま、まさか……お嬢さぁのとこいでは、女子が男いそげなこっ言っとか……?」ま、まさか……お嬢さんの所では、女子が男にそんなことを言うのか……?
「はい。普通に言いますよ?女の子から告白する日、なんて記念日もありますし」
「…………」
「えっ!まさか、女の子は男の人に告白しないんですか!?じゃあどうやって恋人になるんですか!」
「お……おいに聞かんでくやい!」お……俺に聞かないでくれ!
「えええー!」

びっくりした!女の子は好きとか言わないなんて!
半次郎さんの反応からすると、女の子から告白なんてはしたない、って感じ?
でもじゃあ、どうするんだろ?男の人から告白されるのを待つだけ?それとも、親が嫁ぎ先を決めるから恋愛しないとか?

「……うわー。わたし直情型だから、つい言っちゃって引かれそう……」
「!!」

思わず呟くと、半次郎さんが眉を顰めて何か言いたげな顔をした。
あああ、さっそく引かれてる。ていうか、この反応は『はしたない』ってレベルじゃなさそう。あれじゃないのかな、あの……『ふしだら』てやつ。
───好きな人に好きって言ったら、ふしだらなのか……。
はあ〜、と、なんとなく憂鬱なため息が漏れた。
わたし、この世界で好きな人ができたらすっごく大変そう。特に藩薩摩邸ではお嬢様ってことになってるんだもん、普通の子よりも言っちゃいけない度が高いよね?

「薩摩藩の人、でないことを祈ろう……それとも武士の人じゃなければいいのかなぁ?」
「!??だ、だいかそげな相手が!?」!??だ、誰かそういう相手が!?
「え?相手って」

勢い込んだ半次郎さんの言葉に、本を閉じながら答えようとしたとき。
がたん!と音がして、書棚の横にある壁の装飾としか思えなかった木枠が、突然開いた。

「へぁ!?」
「!?」

思いもよらない場所が動いたせいで、間抜けな声が漏れてしまう。
そこはドアになっていて、中には小さな部屋があった。こちらに来てから一度も見たことのない、様々な外国製っぽい家具が見える。
そして、部屋からするりと滑るように出てきたのは、舞踏会に行くような礼装をした男の人だった。

「あ……」

黒いタキシードを着て、白い蝶ネクタイをして、手には白い手袋を持っていて。
ラフに撫でつけられた前髪がゆるやかに後ろへ流れて、絶妙なバランスを保っている。
薄暗くてよく見えないけど、すっごい綺麗な人だ。なんというか、美形すぎる。俳優やアイドルみたいじゃなくて、どちらかというと王族とか貴族とか、セレブの匂いがする。

「……ご、ごめんなさい!」

黙ってこっちを見ているその人の綺麗さに圧倒されて、わたしは思わず謝った。
だ、誰だろう。藩邸では見たことない。外国のお客様だろうか?

「あの、わざとじゃなくて、辞書を取りに来て……あの」
「お嬢さぁ、こいは」お嬢さん、これは

あたふたと言い訳しようとすると、半次郎さんが何か言いかけたけど、その人が手で合図をするとすぐに口をつぐんだ。
うわっ、半次郎さんが従うってことはえらい人なの!?もしかして関係国の大使とか!?

「あ、あの、こんにちは……あ!もしかして日本語分からないのかな?えっと、Hello.Can you speak Japanese?」
「…………」
「あ!オランダとかポルトガルの人だったら英語じゃだめかも!うう、でもポルトガル語なんてカステラと金平糖しか知らないよー」
「…………」
「ぐ、ぐーてんもるげん……はドイツ語だ!ボンジュールはフランスだし、ええとええと」

混乱するわたしを尻目に、その人はしばらく何かを考えた後、すっとわたしに手を差し伸べる。
えっ、と驚く暇もなく、手のひらが優しく持ち上げられて。

───お姫様に謁見する騎士のように、彼は姿勢を低くして、わたしの指先に唇を寄せた。

「……っっっ!」

薄暗い書斎の中、少しだけ差し込む陽の光に浮かぶそれは、一枚の絵画のようで。
中世のヨーロッパに迷い込んだみたいな───そう、まさにバルコニーでジュリエットに愛を囁くロミオみたいな、非日常的な光景だった。

多分、真っ赤になってしまっているわたしを、彼が下から見上げる。
近くで見ると、本当に綺麗だ。彫りが深くてすごく整っている。柔らかく細められた下がり目だけが子供のように輝いていて、そのアンバランスさがかえって魅力的に思えた。
でも、外国人じゃないみたい。ハーフ、なのかな?

「あ……えっと……離して、くださいっ」

じっと見つめられて、ようやく我に返って手を引くと、わたしと同じように顔を真っ赤にして途方に暮れていた半次郎さんが大きくため息をついた。

「いい加減にしてくいやい。知たんもんにそげんされては、お嬢さぁが困いもす」いい加減にしてください。知らない者にそのようにされては、お嬢さんが困ります
「は、半次郎さん!この人どなたですか?外国の人?」
「すいもはん、こん方は」すいません、この方は
「……くく」

半次郎さんが答えるより先に、優しく微笑んでいた口角が急に引き上げられて。
意地悪そうな口元。馬鹿にしたような笑いを堪えた瞳。
あれ……なんか、見覚えがあるような……

「え……えっ?あれ、もしか、し、て」
「おまえは、あれだけ世話になっとる人間の顔も覚えていられんのか」
「お、……大久保さん!??」

一分の隙もなくタキシードを着こなしたその人は、なんと、わたしがとてもよく知っている人だった。

 

◇     ◇     ◇

 

「え……あ、うわっ!」

脳が目の前の人を認識するのと同時に、まだ繋がれていた手をひったくって一目散に下がる。
半次郎さんの後ろに隠れてその大きな体を盾にすると、もうすっかり本性を現した大久保さんがふんと鼻を鳴らした。

「なんだそれは。私は怪物か?破落戸か?もっと色よい反応はできんのか」
「できるわけないでしょう!何やってるんですか!セクハラです!」
「西洋ではこのように挨拶するのだろう?おまえが不埒にも私を見間違うから、応えてやっただけだ」
「わたしだって、外国の人だと思ったからおとなしくしてたんです!」

あっちとこっちで文句をぶつけ合うと、間に立った半次郎さんがまた、ため息をついた。

「大久保さぁ。あまり騒ぐと目につきもす。着替えたもんせ」大久保さん。あまり騒ぐと目につきます。着替えてください
「そうだな。他の者に見つかっては事だ。小娘、おまえも中に入れ」
「え、えっ」

そう言って、大久保さんは隠し扉の中へわたしを引き込んだ。
小部屋と言っても、わたしの感覚では十分な広さがあるそこは、改めてみるととても素敵な部屋だった。

「わあ……」

バロックとかロココとか、わたしにはよく分からない様々な様式の、ソファやテーブルやキャビネット。
かわいらしい猫足のついた宝石入れや、文字盤にローマ数字が使われた振り子時計、小さいクラシカルなピアノに天蓋のついたベッドまで。
アンティークと呼ばれるような美しい家具が、所狭しと並んでいる。
───外国の子供の、秘密の屋根裏部屋みたい。

「西洋の家具は素晴らしいぞ。小娘に目利きなどできんと思うが、これらはみな王室に献上されるほど質の良いものだ」

ぼうっと部屋を眺めているわたしに気をよくしたのか、そう笑った顔がいつになく嬉しそうで、子供っぽくて。
そのとき初めて、大久保さんは西洋家具を好きなんだと知った。

「きれい……。自分の部屋に飾らないんですか?」

そう訊くと、大久保さんは途端に顔をしかめて首を振る。

「客にも藩邸にも、外国製品なぞ見せられない者は多くいる。もしもを考えると隠しておかざるを得ん」
「あ、なるほど……わたしのセーラー服と同じですね。その服はコスプレですか?」
「こすぷれ?」
「えーと、外国の雰囲気を楽しむために、外国人と同じ服を着てるんですか?」
「違う、これはただの試着だ。仕事の関係上、夜会に呼ばれることも考えて作らせた」
「夜会!そんなのもあるんですね。でも、めちゃめちゃ似合ってますよ」
「そんなことは知っている。徳の高い者はどんな装いをしてもそれなりの風格が出るものだからな」

えらそうに言ってるけど、今の格好だと全く否定できない。というか、直視できない。
この部屋にいる大久保さん、本当に日本人離れしてる。前に想像してた時は爆笑できると思ったのに、実際はこんなにかっこよすぎるなんて、反則だ……。
タイとジャケットをわずらわしそうに投げて、大久保さんは長い脚を放り出すようにソファに腰掛けた。

「大体、外国に関わるものは全て憎むという風潮も理解できん。外国に日本を制圧されないことと、文化を交流することは別の話だ。
 私とて外国人に日本をくれてやる気には全くならんが、今の情勢では外交をしないことは不可能だろう。
 なのに、いまだに国外品と見れば盲目的に嫌悪する奴も多い」
「へぇ…」
「半次郎とて、私がこれらを集め始めた時は良い顔をしなかったぞ?西洋の家具を集めるなど軟弱だと言って」
「えっ!?半次郎さん、そんなこと言うんですか!?」
「む、昔ん話を蒸し返っしゃんな!」む、昔の話を蒸し返さないでください!
「半次郎は西洋の物が嫌いだからな。いや…嫌いだった、と、言うべきか?」
「あ……やっぱり。お茶とかクッキーとか、だめだったんですね。ごめんなさい」
「い、いや、昔ん話じゃで……大久保さぁ!」い、いや、昔の話だから……大久保さん!
「ふん。どちらが軟弱なのか、小娘に問うてみればいいんだ」

これを手に入れるのにどれだけ苦労したと思っている、とピアノを撫でる大久保さん。
その手があんまり愛しそうだったから、わたしは思わず口を滑らせてしまった。

「それじゃあ、ここで一人で弾いてるんですか?」
「馬鹿を言うな。私が楽器なぞ弾くと思うか?」
「え?ってことはもしかして……飾ってあるだけ!?」
「当たり前だ。おまえは蒐集品というものを分かっていないな」
「もったいない!ピアノは弾かなきゃ意味ないですよ!」

それだけで、大久保さんには何かがバレてしまったようで。
きらりと瞳を光らせた彼は、ソファにふんぞり返って足を組んだ。

「では、弾いてみせろ」

そんな乱雑な動作ひとつでもものすごく決まっていて、思わず目をそらしてしまったわたしに、大久保さんはこともなげに言う。

「は、……はい?」
「弾けるのだろう?何でもいいから弾いてみろ」
「えっ!わたし!?いやわたし、バイエル位しかやってないし!」
「ばいえる?何でもいいと言っているだろう。早くしろ」
「ええええ〜…」

子供ピアノ教室レベルに、なんだかすごい期待を寄せられている気がする!
でも、いつもの大久保さんと格好が違うから、いつもみたいに突っぱねられない。ううう、イケメンが得っていうのはこういうことなの……?
───こ、これは、やらなきゃ駄目なのかな。
助けを求めて、ちらりとドアの側に控えている半次郎さんを見ると、なんと大久保さんと同じような顔をしていた。
───う……こっちからも期待を感じる……。

孤立無援。
わたしは仕方なく、椅子に座ってピアノを開けた。
一音鳴らしてみると、わたしが知っているものよりかなり音が小さい気がする。弾くの大変かな?でも、音が外に響かなくていいのかも。
『わたしの使っていたものと違うので』と逃げられないかなあ、と最後のあがきを考えたけど、大久保さんたちを見たらそれはもう目がキラキラしていて、無理を悟った。
まあ、他にピアノを弾く人がいないなら粗も目立たなくていいや。
そう思って、わたしは二人に一応の断りを入れた。

「じゃあ、弾きますけど。上手くはないので期待しないでくださいね?」
「拝聴しよう」
「たのんみゃげもす!」お願いします!

うーんと、一番ましに弾けるものってなんだろう。家にアップライトがあるからたまに自己流で弾いてはいたけど、大久保さん音とかにうるさそう。
おなら体操を歌付きで弾いたら怒るんだろうなぁ……と思いながら、鍵盤を端からなぞってみる。
うん、ちょっとぼんやりしてるけど、大丈夫。

わたしは簡単な曲を選んで、一曲通しで弾いてみた。
うちのピアノとは違う、素朴で弦の響きが強調されたような音がする。
久しぶりだから時々つっかえちゃったけど、同じピアノなのにこんなに音が違うんだ、ということを素直に楽しんで演奏できた。

───そしたら、後ろの人たちはもっともっと感動していたようで。

パンパン、という甲高い音にぎょっとして振り向くと、大久保さんがイヤミも何もないまっすぐな笑顔で、半次郎さんが何か計り知れない御業をご覧になったような驚き顔で、それぞれ一生懸命に拍手をしていた。

「え!?ちょ、なに、」
「素晴らしい!まさか、本当に弾けるとは……おまえは私が思っているより遙かに教養が深いのだな!」
「おや感動しもした!今ずい聞いたこっなか音色で、ほんのこっみごてか!」俺は感動しました!今まで聞いたことのない音色で、本当に美しい!
「や、やめてください!!」

やばい、粗が目立たないどころの話じゃなかった!
きっと、ここにはピアノが弾ける人が全然いないんだ。大久保さんのこのイヤミのなさからすると、本気の本気で絶賛してる。
近所のピアノ教室で、しかもバイエルだけでやめた人間が、まるで有名な演奏者のように賞賛されるとものすごく居心地が悪い。いたたまれない!

「疑って申し訳なかった、もしよければもう一曲聞かせてくれ!」
「お嬢さぁ!」
「そ、その低姿勢の強要やめてください!恥ずかしすぎる!!」
「嫌なら弾け!」
「えええええ!」

いつになく興奮している大久保さんに笑顔で脅迫され、わたしは結局、日暮れまでぶっ続けで弾かされることになった。
お抱えの『ぴあにすと』として雇ってもいいな、という恐ろしい言葉は、聞かなかったことにした。

 

◇     ◇     ◇

 

「今日は、小娘のおかげで大変有意義な一日だった。礼を言う」
「……それはそれは、よかったです……」

へとへとになったわたしは、ふかふかのソファに半分埋もれるようにしながら目を閉じた。

どうも、大久保さんはピアノを持ってはいても一度も聞いたことがなかったようで、文献でしか知らないその音がいたく気に入ったらしい。
すぐにクラシックのレパートリーがなくなって、J-POPやアニメや洋楽も尽きて、最後には童謡や唱歌まで弾いた。
やけくそで「ふるさと」とか「仰げば尊し」を弾き語りした時の反応は、そりゃもうすごかった……。半次郎さんなんて号泣してたし、大久保さんも『静かにしろ!』とか言いながら涙ぐんでたもん。
もう弾ける曲がないというと、もう一度あれを弾けこれを弾けとリクエスト大会。

楽しんでもらえて嬉しいけど、もう、二度とやりたくない……。
ぐったりと身を伏せるわたしをさすがに申し訳なく思ったのか、大久保さんは奥のクローゼットから白い大きな箱を出してきて、目の前のテーブルに置いた。

「なんですか……?」
「開けてみろ。今日の礼だ」

だるい手を動かして箱を開けると、そこには白い紙に包まれた、薄い紫色のイブニングドレスが入っていた。
さらさらと透ける布地が何重にもなったドレスの表面に、一見それと分からない刺繍がたくさん施されている。
今日はことごとく中世ヨーロッパな気分になる日だ。なんだこのゴージャス夜会服は。いや、素敵だけど、すっごく上品で綺麗だけど、でも。
───これ、どこで着ろっていうんでしょう?

「誰も普段着ろとは言っとらん。そのうち舞踏会にでも招かれた時は、おまえも同行するがいい」
「えっ!?それ、仕事じゃないですか!ぜんぜんお礼じゃないですよね!?」
「やかましい。このような破廉恥な着物を着て毛唐の会合に出る女子など、おまえくらいしかおらんだろう。諦めろ」
「ううう……踏んだり蹴ったりだ……」
「礼は、こちらだ」

唸りをあげるわたしに、大久保さんは箱の隅にあった細いビロードのケースを開けてみせた。

「わぁ…!」

中から取り出されたのは、花のような形の小さな宝石がいくつも集まった、細い鎖のペンダント。
アメジスト、かな?ドレスに合わせてはあるんだけど、全体的に作りが小さいせいで、普段着でも使えそうなデザインだ。まあ、着物には似合わないかもだけど。
わたしは思わず起きあがって、それに手を伸ばした。

「かわいい……これほんとにもらっていいんですか?」
「現金なことこの上ないな。礼だと言っている」
「今日初めて、大久保さんがいい人に見えました!」
「ほう。私が誰か分からないほど、見惚れていたのではなかったのか?」
「人間、容姿より人柄ですからねぇ……」
「おまえの場合は利害だろう!」
「相手によります〜」

言い合いをしながら金具を外してつけてみると、鎖は結構長めで、襟の合わせよりも少し下に来る程度。
あ、これだったら中に入れれば隠れるかも。
しゃらりと音を立てて懐に入れてみると、大久保さんが怪訝そうな顔をした。

「なんだ?小娘のところでは、それは衣服の中に着けるものなのか?」
「いえ、普通は外にしますよ。着物には合わなくても、こうして中にしてればバレないかなーって」
「……隠して常に身に着ける、ということか?」
「ん?別にそれでもいいですけど……ってか、外国製品を見られたらまずいんですよね?」

大久保さんが言いよどんだ気がしたので、不思議に思って見上げると、大久保さんも後ろの半次郎さんもさっと目をそらした。
なんだろ?またこの世界の風習に合わないとかかな?正直、めんどくさいなあ…。

「ああ、ダメだったらやめますけど」
「いや、構わん。着けていろ」
「お嬢さぁ……飾いば隠しっいっでんかっでん身に着けうっこっは、親ごや許嫁にもろたもんで……」お嬢さん……飾りを隠していつも身に着けるってことは、親や婚約者にもらったもので……
「半次郎!」
「いっでんか?ってなんですか?」
「何でもない!」

牽制だ、とか訳わかんないこと言いながらほんのり赤面する大久保さんは、突っ込んだら色々面白そうだったんだけど。
疲れてたし、本気怒りして取り返されても嫌だったから、そうですかーって適当に終わらせておいた。

 

つづく?

 

 

 

 

いやいやバイエルでやめますよね!凡人は!
既にもうドレミの歌しか覚えていません。でもこれ書いてキーボード買う気になったチョロイ私w 楽しむ程度なら1万も出せば買えるってすごい……。
あと「ふるさと」がなんかツボにはまってずっと聞いてました。日本人なら郷愁を感じる曲ですよねー。幕末志士は泣くと思います、歌詞的に。

そして今回、ロミオとジュリエットのくだりはHTMLファイルに移してからの最終推敲段階で初めて出てきました。
半次郎全然しゃべらないな〜と思って、本棚で見つけるならロミジュリかな?と思って、後はざーっと。行き当たりばったり素晴らしい。
たしかロミジュリはこんな話だったと思います。「恋に落ちたシェイクスピア」がすごく好き。ウェストサイド物語も好きだけど。

というか、半次郎いろいろすまんやった。反省はしていない。俺一体どうしたらいいの感は出ていたでしょうか。
そして大久保さん。絶対似合うと思う。スーツもものすごい似合ってるし!
あの着替えイベントは見ている人を悶絶させるために設けられたイベントですよね、龍馬さんの隊服もすごい好きだー。

 

 

【ツールチップが使えない場合用の薩摩弁解説リンク】

いや、構いません。知っている話ですか?

そんな話、お嬢さんが口にするものじゃありません!

恋だの愛だの、そういうことは、その、遊女や女郎が言うことです!

ま、まさか……お嬢さんの所では、女子が男にそんなことを言うのか……?

お……俺に聞かないでくれ!

!??だ、誰かそういう相手が!?

お嬢さん、これは

いい加減にしてください。知らない者にそのようにされては、お嬢さんが困ります

すいません、この方は

大久保さん。あまり騒ぐと目につきます。着替えてください

む、昔の話を蒸し返さないでください!

い、いや、昔の話だから……大久保さん!

お願いします!

俺は感動しました!今まで聞いたことのない音色で、本当に美しい!

お嬢さん……飾りを隠していつも身に着けるってことは、親や婚約者にもらったもので……