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    遥か遠い色    

 

彼女は覚えているかどうかも定かではない。

数年前。
医者としての俺はまだ駆け出しの域を出なかったが、商いの方では既に元締めと呼ばれており、その日は王宮に初めての取引にやってきていた。
王宮の出入り商人になるのは容易くない。
雇用試験のようなものがあり、並の商人なら見た事もないような希少で手に入りにくい品物を短期間で用意しなければならない。
そもそもその試験だって自由に受けられる訳ではなく、向こうから名指しで依頼が来る。
古参の狸どもを差し置いて紋章入りの封筒を頂いたはいいけれど、達成出来なければ、笑い者。
実際にそれで落ち目になった大物商人も沢山いる。
流石に頭を抱えるほどの難題だったが、何とか期限内に手に入れることが出来たのは、運も多分に関係していた。
けれども、金とコネを湯水の如く使って運をモノに変えるのが実力だ。

勇んで足を踏み入れた王宮は砂の国だという事を忘れそうなほど緑に溢れ、きらびやかで何もかもが高く大きく、迷うくらいに広い。

「…………くっそ…ここはどこだ?」

実際、迷っていた。
来た時は用件を伝えると衛兵が先に立って案内してくれたのだが、初めて入った自国の中心を物珍しく見物しながら歩いていたので道順を覚える事を忘れていた。
新しくできた病弱な弟は、慕ってくれてはいるがまだまだ他人行儀。
病室から出られない彼に話してやるのにちょうどいいとそればかり考えて、窓の外の噴水だの咲き乱れる花だの無駄にデカイ扉だのを見ながらついて行ったのだ。

手に入れた品は取引相手は満足させ、また大きな仕事を貰えた。
さて帰ろうかと気分良く廊下に出たら、案内してくれた衛兵は既に持ち場に戻っており、その内誰かに会うか見覚えのある場所に出るだろうと楽観視してずんずん進んで行ったのだが、出口どころかどんどん奥に迷い込んでしまった。
登ったり下りたりはしていないが、通路の広さも柱の太さも一定で入り組んだ造りは方向感覚を狂わせ、方角さえも分からなくなる。

「ヤベえ……ひょっとしてここらへん入っちゃ駄目なとこなんじゃねーか?」

庭に面した石造りの廊下や建物の装飾が、だんだん政事の雰囲気では無くなってきた。
左手の庭園にはこぢんまりした東屋や果樹がまばらに点在しているだけ。
警備兵でもいればと目を凝らすが、見当たらない。
困り果てて角を曲がると、一本の木の下に人影を見つけた。
一瞬警戒して息を詰めるが、ひらひらと風に舞うドレスの裾にホッと胸を撫で下ろす。躊躇したけれどこのまま闇雲に歩いていても仕方がない。
様子を窺いながらゆっくりと歩み寄り、声が届く程の距離に来ても人影はじっと木を見上げ動かなかった。

「………え〜と、すんません……」

後ろ姿に声を掛けると、彼女はさほど驚いた様子もなくゆっくりと振り返った。

子供か……。

自分はあまり子供受けする顔ではない。
注射だの薬だののイメージもあるだろうが、子供の患者はことごとく泣き喚くので小児科は不得手だ。
木の下の少女は身体的特徴から、十かもう少し下に見える。
髪は黒っぽいが漆黒の自分とは色味が違い、薄いヴェールの付いた髪飾りと装飾品は金。
どう見てもいいとこのお嬢様。
幼児ではないので泣かれはしないだろうが、怖がって逃げられるかも知れない。
もしや深窓の箱入りで、失神されたりしたらどうすればいいんだ。
しかし少女は自分を興味深そうに上から下まで見て、それからもう一度木を見上げる。

「…………おあつらえ向きだわ」
「…………は?」
「ちょっとお願いがあるの」

ちょいちょいと手招きされて訝しく思いながらも膝を折り体を近づけた。
お姫様に跪いた騎士のようでどうにも居心地が悪い。

「……失礼」
「!?」

いきなり背中に重みが掛かった。
慌てて倒れないように草の上に手をつき、支える。
そうしている間にも髪に小さな手が乗っかって顔の脇には足が投げ出された。

「……いいわよ、立ってちょうだい」
「………一つ聞いていいか?」
「なぁに?」

足がぷらぷらして頭上から答えが降ってくる。

「………何やってんだ?」
「肩車に決まってるじゃない」
「いや、それは分かる。……何の為にか聞いてるんだが」
「とりあえず、立ってよ」

つんつんと髪を引きながら馬の腹でも蹴るようにどん、と踵が胸を打った。
このままだと焦れて肩の上で立ち上がりかねない。
落ちて怪我でもさせたら大事だ、と舌打ちしながらゆっくりと立ち上がった。

「………っち…これでいいのか?」
「もっと右」
「あぁ!?」
「右だって、み、ぎっっ」

ぐっと毛束が引っ張られ、否も応も無い。
どうやら木になっている果実が欲しいらしい。
右に歩くと、行き過ぎだ今度は左!と指示が飛んだ。

「引っ張んな!ハゲる!」
「……んん〜〜………もうちょい……」

肩の上でひょいひょいと体重が移動して危なっかしい。

「……………やっ…た!取れ……あ」

指先で落とした果実を両手で受け止めたらしく頭から手が離れ、同時に肩の上の重みがぐらりと揺れた。

「ちょっっ…うわ、わっっ!!」

しがみつけばいいのに少女は重力に任せて傾いていく。
足を掴めば落下はしないだろうが、ふわふわのドレスで逆さまにぶら下げるのは、いくら子供でもマズイ。
一瞬の判断で自分から地面に俯せた。

「……〜〜〜っっ…あっ…ぶね〜〜……」

ぐしゃりと突っ伏した自分の上に少女の体重が乗っているのを確認して、それから自身の両手を握ってみる。
外科医にとって手は命だ。
緻密な手術をするのには少しの違和感も許されない。

「……大丈夫?どこか痛くしたの?」

異常がない事を確認していると、少女が背中から這ってきて目の前にぺたんと座った。

「あのなぁ!………」
「ごめんね……手が痛い?」

心配そうに覗き込む顔、間近で見た瞳は紺碧で、切れたはずの堪忍袋の緒が何故か簡単に結ばれてしまう。
薄桃色の果実は大切そうに胸に抱かれていた。

「………手離したら落ちるのは当たり前だ。怪我してないのか?」
「うん、大丈夫。………でも…」
「何だよ、どっか打ったか?」
「……もうひとつ、いるの」

少女が果実に目を落とす。
自分が欲しいというよりは、使命感のようなものが垣間見えた気がした。
二つ要るという事は、兄妹か両親にでも持って帰りたいのかも知れない。
自分には血の繋がった家族はもういないけれど、何かを渡して喜んでくれる事がとても幸せだと知っている。
立ち上がってもう一度木に向かった。

「……よっ………」

背伸びすると何とか一番下の枝に手が届く。
懸垂で上半身を乗せ、葉の隙間の実で色づいたものを探す。
目星を付け二、三度枝を移ると、果実をもぎ取って飛び降りた。

「……ほら。最初っからこうすりゃ良かったんだよ」

差し出された果実を目を丸くして見て、少女が笑う。

「……ありがとう。わたしアイリーン。アイリーン=オラサバルよ。あなたは?」
「シャーク=ブランドンだ……って、オラサバル?おまえもしかして……王女様なんじゃねえの!?」
「ええ、そうよ?おかしくないわ、だってここはわたしの家だもの」
「そりゃそうだが…っ…」

一国の姫君を肩車して落っことしそうになった……冗談ではない。
苦労して掴んだ地位が水の泡どころか、悪くすれば首が飛ぶ。
落とさなくて良かったと青ざめる自分を気にも留めず、少女はにこにこと機嫌良さそうな顔で果実を見ていた。

「これはねえ、ライルにあげるの。ライルって、わたしの先生よ?怖かったり意地悪だったりするけど、お勉強がちゃんとできた時にはほめてくれるの」
「……ふ〜ん」

そんな事より、一刻も早くここを離れた方がいい。
王女がいるという事はここは王族の居住区域かも知れない。
嫌な汗が背中に伝う。

「それでね、これはあなたに」

片方の実を差し出して微笑む。

「……俺に?」
「そうよ、肩車のお礼。報酬はきちんと支払うわ。タダより高いものはないもの」

この国では正論で真っ当な理屈だが……こいつ本当にお姫様なのか?
王族なんて傅かれて当然の顔をしているものだとばかり思っていた。

「ひとつが先生でひとつ俺に渡したら、あんたの分がねぇじゃねーか」
「わたしはいいの。また兵でもつかまえて踏み台になってもらうから」

にぃ、と笑って自分に実を押しつける。
自分は知らなかったからこそだが、これを王女だと知っていて肩車してくれるやつなどいないだろう。
自分と同じように騙され、屈み込んだ所に乗っかられて青ざめる警備兵の姿が目に浮かぶ。

「じゃあ有り難く貰っとくが……それより、道教えてくれねえか?」

本題を思い出してきょろきょろと辺りを見渡すと、少女が不思議そうに首を傾げた。

「道?どこに行きたいの?」
「……いや、帰りたいんだが、分かんなくなっちまって」
「迷子になったの?いいわ、わたしが案内してあげる」
「い……いいって、道順だけ教えてくれりゃ自分で行くから」
「だってきっとまた迷っちゃうわ、同じような眺めばっかりだから」

つまんないのよね、と肩をすくめてからキラキラした目で腰の愛刀を眺める。

「あなた、砂漠行ったことある?モンスターを倒したことは?」
「そりゃ……商人だしそれぐらいは」
「わ、お話して!」
「は?お話って、そんなヒマ……」
「……してくれるわよね?このままだといつまでたっても帰れないわよ?」

お姫様はどうもご退屈なさっているらしい。
そして自分は光栄にも暇つぶしのお相手に選ばれた、と。
…………正直嬉しくない。

「マジかよ〜……勘弁してくれ」
「ダーメ。歩きながら、出口まででいいから……ね?」

頬の所で手を合わせ小首を傾げる。
そうしていれば本当にプリンセスらしくて可愛い。
それに、これからの商売を考えると無下に断る事も出来なかった。
取引相手の嫁子供が結構重要な位置付けなのは商いの基本だ。

「……あ〜〜もう………んじゃ出口までだからな?」
「ええ分かったわシャーク。行きましょ」

子供に呼び捨てにされて頭を掻きながら、すたすたと歩き出した少女の後に続いた。



「………いい加減にしろよ王女様…」
「え?何が?」
「何がって、もう夕方じゃねーか!あっっきらかに遠回りしてるだろ!?あの置物見たの三回目だぞ!?」
「一時間も歩いてて気付かない方が悪いわ」

辺りは金色の光に照らされて、さらりと言い放つ少女と自分の影を真っ直ぐな廊下に長く映している。

「……これ以上は駄目だ」

昼の仕事は何とかなるが、夜は病院で当直しなければならない。
夜間訪れる患者は緊急性が高く医療の経験値を積むのに持ってこいだし、このところじっくり診れなかった弟の容態も気になる。
見上げる少女に目を合わせ、真剣に言った。
瞳は夕日を受けても吸い込まれそうな深い海の色。

「弟が病気なんだ……行ってやらねえと」
「………………」

ふぅ、と残念そうに息をついた少女はくるりと反転し、元来た道を戻り出す。
広間を抜け、角を三つ四つ曲がり芝生を突っ切って生け垣をくぐると、あっさりと大きな開け放された扉の脇に出た。
間違いなく一番最初にくぐった扉だ。
扉を守っていた兵が少女を二度見して仰天し、声を荒げる。

「王女様!?アイリーン様っっ!どうしてこの様な所に!!?」
「お客様をご案内してきたの。失礼よ、下がりなさい」
「……はっ、申し訳御座いません」

駆け寄って来る衛兵を冷たい目で制す。
今の今まで半信半疑だったが、間違いなく本物の王女様のようだ。
この態度を先に見ていたら疑う事も無かったが、自分の方に向き直った少女はまた悪戯っぽい顔に戻る。

「シャーク、ありがと。楽しかった」
「いいえこちらこそ王女様」

心にもないが衛兵の手前、そう言っておく。

「それと……ごめんね、さっきの木の実返してくれる?」

歩き疲れて腹でも減ったのかと苦笑して果実を渡すと、受け取ってもう一度握らされた。

「………はい。病気の弟さんに、お見舞い」
「………………え?」
「会ってみたいから病気が治ったら遊びに来てって伝えてね」
「…あ……あぁ、分かった。言っとく」
「………それと」

また手招きされてぎょっとするが、この辺りに木は無い。
油断して背後に回られなければ大丈夫だと思いおそるおそる腰を屈めると、ちゅ、と頬に口付けられた。

「!!?」

自分も驚いたが、どうみてもお姫様の友人には見えない自分を警戒してしたらしい衛兵達もどよめく。

「肩車のお礼の代わり、タダ働きはいやでしょう?」
「……あ〜、まぁ…」

それよりも、目を皿にして自分を凝視している兵の視線が痛い。
しかしそんな事は全く意に介さない様子で、少女が微笑んだ。

「わたしもタダ働きは嫌いなの。……道案内してあげたわ」
「……は?案内ってか、ありゃ連れ回されたっつうか……それに色々話したろ!?」
「あら、あれは世間話じゃない。だまって歩くの変でしょ?………またお話に来てくれるのよね?」

どうやら道案内の報酬に、次回も暇つぶしの相手をしろと言っているらしい。
にぃっと笑う様は、いかにもギルカタールのプリンセスらしい悪巧みに満ちたものだ。
しかしこの場で断れるはずもなく、仕方なく頷く。
次に請け負った仕事の為王宮にはまた来るが、子供のいう事だ、その時にはきれいさっぱり忘れているかも知れない。
一時間歩き回ったおかげで大体の位置関係も把握したし、もう迷う事もないだろう。
………そんな考えを見透かしたかのように少女が衛兵に向き直って仰々しく告げた。

「わたしのお友達のシャーク=ブランドンよ。彼が来たら間違いなくわたしに知らせて」
「いっ!!?」
「り、了解しました」
「………取引成立、ね♪」

あどけない顔が悪魔に見えた。





「………あんた成長してねぇな」

ぼそりと呟く。
聞き咎めた彼女がムッとして口を尖らせた。

「どういう意味よ、それ」
「……そのまんまだよ…」

オアシスの水辺で座り込んだまま、はぁ、と大袈裟にため息をつく。
女に唇を奪われて動揺する自分も情けないが、こいつは小娘の時からずっとこうだ。

「聞き捨てならないわね……どこが成長してないっていうの?」

ずいっと膝を割って密着し、上目遣いで見上げてくる。
あの時から、上等のはずの青い宝石がどれも色あせてしまったほど他に類を見ない色。
自分が青を身につけない理由がその両目にあった。
これと同じ色の石があったらいくら金を積んでも惜しくない。

「そういう意味じゃねえよ!……ちょ、おいどけって」
「じゃあどういう意味なのよ?成長してないかどうか……分からせてあげましょうかぁ〜?」
「わ、分かった。成長した、してる!」
「んん〜?心がこもってないわね?」

じりじりと迫ってくる彼女。
木を背にしてついに逃げ場が無くなる。
膝から体を伸び上がらせて、彼女が耳元で囁いた。

「…………ほら、背が伸びたでしょう?ちゃんと成長してるわ」
「〜〜〜っっ……!」
「さっ、行きましょ。日が暮れちゃう………男の子の事情でまだ休んでたいなら先に行ってあげるけど?」

するりと脇をすり抜けて体を離し、意味ありげに微笑む。
あの時のまま……いや妖艶さが増した分、悪魔感倍増だ。

「前言撤回!!あんた、性格の悪さだけはめっっちゃくちゃ成長してるぜ!」

あはは、と笑いながら離れていく後ろ姿に、ありったけの声で叫ぶ。
小さかったお姫様は大人になった。
本当に色んな意味で。

 

END.

 

 

 

 

ネタはあったのになんだか苦労しました……。
有るか無きかの文章力が底辺を彷徨ってる感じです。
しかも最後はさじを投げましたw
もう最初から書き直した方が早い。
それなら次の話書いた方が楽しい。
………というわけでまたもシャーク話が出来るかも知れません。
この子はこれでいい!後で読んだ時の味という存在意義なの!