「……………」
「……………」
部屋は長い間、沈黙に満ちていた。
二人とも、何も言わない。気まずい空気が流れているのは感じるが、なんとなく黙っている。
しばらくそうした後、たまりかねたように、一人がおずおずと口を開いた。
「………………あの。……プリンセス?」
「……何よ」
「この状況って、その。……あのう……」
ベッドに押し倒された自分の上でもじもじしているロベルトを見て、ため息をつく。
ここに来るまでは驚くくらいスムーズに事を運んできた彼が、いざこの体勢になって躊躇するのは、なんだか鬱陶しく思えた。
ちゃっちゃと終わらせて帰らないと、明日も予定が詰まってるのに。
そんな考えまで頭を過ぎり、プリンセスはじろりと彼を見上げた。
「何?」
「その、ええと、あの、俺」
「ああ……もしかして、酔いが醒めた?どうしてこうなってるのか思い出せない?」
「思い出せないっていうか……」
戸惑いがちに目を瞬かせている彼に、イライラがますます高まる。
興醒めだ。なんだこのタイミングは。流された自分がものすごく馬鹿馬鹿しい、というか、本当に馬鹿だ。
それともこれは、手に入れたら興味を失うという彼の性分ゆえなのだろうか。誘ったら簡単に陥ちた、容易く手に入るものはつまらないと軽んじられている?
そう思うと、黒い怒りが腹の底から込み上げてくるような気がした。
「そう。じゃあ教えてあげるけど、あんたは酔った勢いで私をここに連れ込んだわけ。一晩付き合えとか言って」
「え……えと、その」
「目が覚めたなら、私帰るから」
「ええ!?いや、ちょっと待ってくださいよ!」
「待たない。……ほんっと、あんたってどこまでもズレてるわよね。むかつく」
「プリンセス!違、違うんです!」
眉を顰めて起きあがろうとする彼女を、もう一度力任せに押し倒して。
身を起こせないように、顔を近づける。
「酔った勢いで連れ込んだ、じゃなくて!」
「……………」
「その、連れ込んだのは当初の計画通りっていうか、いや計画とかそんなあくどいもんじゃないですよ!?
そうじゃなくて、俺は元々こういうつもりでしたけど、その、ちゃんとあんたの同意を得たかなあ……って……」
「……は?」
ますます眉を寄せた彼女に、ロベルトは情けない顔で耳を垂れた。
「俺。ちゃんとあんたにOKもらいました?その、こういうことしてもいいって」
「……………」
そこが思い出せないんですけど、と言いにくそうに口ごもる。
思わずあんぐりと口を開けたプリンセスは、判決を受ける罪人のような顔をしたロベルトに、再び盛大なため息をついた。
「だから、あんたはズレてるっていうのよ」
「……え?」
「その気もないのに、こんな夜中に王女が酔っぱらった婚約者候補の部屋に来ると思う?」
「え、ええと、」
「しかも、今あんたとそういうことになるっていうのは、お父様とお母様の思惑にまんまと乗せられるって事よ。
ほんっとむかつく。なんでわざわざこんな朴念仁と。むかつくわ、最低!」
「最低はひどいっす……」
ぼやきつつ、ようやく安心できたらしいロベルトは、そのまま文句を言い続けそうな唇にキスを落として言った。
「じゃあ、朴念仁じゃないって証明しますから。続き、してもいいですか?」
「……訊くところがすでに朴念仁なのよ……」
ちゅ、ちゅ、と頬や額に口付けられながら、小さく呟く。
それに構わずしゅるりと衣擦れの音がして、上着とチュニックが同時に緩んだ。
は、早っ!てか、今のどうやったの!?
この服は、見かけは単純だがそれなりに手の込んだ作りになっている。隙間に暗器やツールを隠すためだ。
もちろん今はそんなものを忍ばせていないが、外から見て分かる構造はしていないはずなのに。
「あの……ねえ、ロベルト……?」
「なんですか?」
「ええと……ロベルトって、彼女いないって言ったわよね?」
既に下着まで脱がしかかっていたロベルトが、その言葉に半眼でプリンセスを見上げた。
「いますよ」
「え!?」
「俺の彼女は、あんたです。あんたがそこまで俺を好きじゃなくっても、俺が彼女って言えるのはあんただけです」
「……う、うん。それはその、うれしい、んだけども」
彼女いないなら、なんでこんなに手慣れてるのよ……?
「あんたは?どうなんですか?」
「……へ?」
「旅の男と付き合ってたんでしょう?その前は、スチュアート=シンクを好きだったんでしょう」
「!」
ロベルトの目が、きらりと光る。
それはいつもの子犬のような彼ではなく、カジノで獲物を追い詰める時の狩猟者の顔だった。
「そいつらにもこういうこと、させたんですか?」
「きゃ……」
突然胸を掴まれて、驚きの声が上がる。
気づけば、彼女はヴェールや腕輪さえ剥ぎ取られて組み敷かれていた。
「させたんですよね?こういうことも?ここも?」
「あ、や、っや……あっ、ちが、スチュアー、トは、……んんっ……子供のとき、でっ」
息を荒げながらスチュアートの名前を口にすると、ロベルトの眉間の皺が濃くなり、そのまま唇の端がかすかに上がった。
「……へえ。じゃあ、前の男にはされたんだ?」
「ひゃ……!あ!」
ぎゅ、と彼の肩を掴み、きつく目を閉じる。
抵抗する気がなくても、乱暴なことをされるのは怖かった。
言えば怒らせるだけかもしれないが、自分は嫉妬されるほど経験が豊富というわけではない。少なくとも、こんなことがさらりとできる彼ほどには慣れていない、と思う。
ギルカタールの王女なのだから誰にも弱味を見せたくはないけれど、まるでどこがどう感じるのか熟知しているような手の動きに、知らず瞳が潤んだ。
「や、あ…!ロベルト、っあ、やめ……痛…っ」
「痛い、ですか?……こんなに濡れてるのに?すげぇぐちょぐちょですよ」
「っ!っあ、ぁっ!」
「プリンセス……」
ぽろぽろと涙を零す彼女の頬に、また口付けが落ちる。
むりやり目をこじ開けると、ぼやけた視界には乱れた金髪。
言動は優しくないのに、翡翠の瞳だけがいつかと同じ気遣わしげな光を放っていた。
「……あんたに初めて会った時も、そんな顔をしてましたね」
同じことを思い出したのか、ロベルトの声音が緩む。
「あの時は、スチュアート=シンクを想って泣いてた。でも今は、俺のことだけを考えていますよね?」
「ん…っ、あぁっ、ロ、ベルト、っあっ」
「プリンセス……俺は、あんたのことが……」
短い呼吸の合間に囁かれた言葉は、うまく聞き取れず。
聞き返すように見返した彼女にくすりと笑い、ロベルトは小さく唇を舐めた。
「入れますよ、プリンセス。痛くしませんから力を抜いててください」
「……!ばかっ……そんな、こと、言わな……ああぁっ!!」
ぬるりと這いずるように挿入されたそれは、確かに痛くはなかったけれど。
いっぱいに押し広げられ張り詰めたような感覚が、ぞくぞくと背筋を駆け上って頭まで貫く。
根元まで埋め込んでから、ロベルトは詰めていた息をわずかに吐き出した。
「……うわ、キツっ……すげ……」
「あ…あ、や……んんっ!だめ、まだ動かなっ…!」
「いや無理、っす、あんたの中、なんかスゲ、気持ち良、っ」
「あ、や、っやだ、っ…!」
「嫌、じゃないっす、よ、ね?ほら」
「ひっ……あ、あっ、ああっ!」
粘着質の音が室内に響き、二人分の体液がシーツを汚す。
きゅうっとそこが彼を締め付けるのが分かって、恥ずかしさでまた涙が零れた。
その雫を掬い取り、荒く息をついて。
「プリン、セス、俺……もう」
「ん、ああっ、あ…っ!」
「す、みませ、もう、……先に、出、」
「や……ば、かっ…いちいち言、うなあっ!」
好い様に揺さぶられながら、居たたまれない気持ちで叫ぶ。
どうしてこんな恥ずかしいことを言うのだろう。無言でやることだけやればいいじゃないか。
恥ずかしくて恥ずかしくて、脳内が焼き切れたかのようにずきずき痛んだ。
置いた手で肩に爪を立て、息を上手く吸うために力を入れた瞬間、自分の上の体がびくり、と痙攣した。
「……く…っ!…っ!」
「っん、ふ……っうぅ……う…っ」
ぶるぶる、とそれに合わせるように、勝手に体が震える。
酸素を確保するのに必死で、何がなんだか分からない。真空に放り出されたような気がする。
しばらくして、今まで見た中で一番疲れ果てた顔のロベルトが、汗の雫を滴らせながら覗き込んできた。その途端、ふっと我に返る。
「……大丈夫、ですか?意識あります?」
「だ、……いじょぶ……じゃない……」
「え?」
焦った彼を見ないように両手で顔を覆って、また強く目を閉じた。
声が涸れている。首筋や胸元がひりひりする。汗だくで、拘束されていた手首が痛くて、掴まれた胸も脚も痛くて。下腹部にはまだ濡れそぼった感触。
恥ずかしい。こんな、初体験の時よりもよっぽど恥ずかしいなんて予想外だ。
あの時はさらりと大人の態度を取れた。事実、相手は自分に経験がないことに気づかなかったくらいだ。
なのに。
「プリンセス?だ、大丈夫っすか!?どこか痛くし」
「あーもうっっっばかばかばか!この童貞野郎ーーーー!!」
「……な!??そ、そんな!俺、違いますっっ!!!」
垂れ耳が復活したロベルトが、その汚名を返上するために再び彼女に触れることを許されたのは、明け方も近くなってからだった。
END.
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