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    小さな姫君    

 

ぱたぱたと走る音に、周りの視線が集まる。

それでも、喧嘩も揉め事も始まらないと分かれば、それはすぐに興味を失って逸らされてしまう。殺伐としているかもしれないが、今はその殺伐さがありがたかった。
わたしは人々の間を縫って、目的地へと急いだ。
下町も下町、ほとんどスラムに近い場所。北地区と南地区が接する境界線に近いそこは、かろうじて北地区の管轄にある。
それが、もっと心情的な何かを表しているようで。そんな思いつきにますます涙が込み上げる。
首を振りながら歩調を緩め、一軒の家の前で立ち止まった。壊れかけたドアを押し開けると、人の住んでいない荒れた室内には大きな木が立っている。
砂漠の国には有り得ないほど育った幹が、部屋の天井を貫いて上に伸びているのを見て、少しだけ気持ちを緩めることができた。

大好き。
わたしは、この木が好き。
この辺りでは珍しい広葉樹の、青々とした葉や瑞々しい枝は心を落ち着かせてくれる。ギルカタールではない別の所にいるような気持ちにさせてくれるから。

幹に別れを惜しむように階段を上がると、枝葉の向こうの窓から街と王宮が見えた。
少し高台に建っているせいで、二階の高さでも見晴らしはいい。けれど今は、それはあまり見たいものではなかった。
自分は今、あそこから逃げてきたのだ。あのきらびやかな王宮から。

「………っっ」

思い出して、わたしはとうとう堪えきれなくなった。
ほとんど意地だけで我慢してきた雫が、面白いように服へと落ちていく。ぼろぼろと零れる涙を無感動に見ながら、わたしはゆっくりと背中を木に預けた。

「……!」

瞬間、産毛が逆立つような感覚に襲われて、咄嗟に袖から暗器を取り出す。
音もなく振り向いてそれを構えると同時に、背後の気配が明らかになった。

「誰」

殺気は感じないが、油断は出来ない。
暗殺者や誘拐者などざらにいるこの国だ。殺気を悟らせないなんて簡単なことだろう。ましてや、自分の身分は彼らをおびき寄せたとしても不思議ではないのだ。
そう思って身を屈め防御姿勢を取ったの、だけれども。

「あれ?」

姿を現した男は、間の抜けた驚き顔でわたしを見返した。
ドアを開けた格好のまま、体も顔も固まっている。まさか刺客がこんな醜態を晒したりはしないだろう。
わたしはひゅっと風を切りながら、武器を手の中に隠した。

「あんた、誰?なんでここに?」
「……それはわたしのセリフ」
「は?」
「この家はわたしの持ち物よ。あんたこそ、ここで何をしているの」

それは嘘ではなかった。
数年前、街を探検しているときに見つけたここは、長い間三人の隠れ家として使われていたのだ。
もうずっと住人がいないこの家と木が気に入ったわたしに、『こんな汚い家を欲しがるなんて理解できない』と文句を言いながら所有を移してくれたのは……今はもう、目を合わせてもくれない幼なじみのひとり。

「……泣いて、るんすか?」

また新たに溢れた涙を見て、男の視線が気遣わしげになった。
そんなもの、見たくない。心配して欲しいわけじゃない。
こちらへ伸ばされそうになった手を払いのけるように、わたしはぴしゃりと言ってやった。

「子供だと思って、見くびらないで。同情して欲しいわけじゃないわ」

泣いたまま不敵に笑うと、驚いたように男の動作が止まる。

ただ、泣きたいだけ」

王宮に、わたしが泣く場所はない。
自分が何者か、何故泣いているのかが分かる者ばかりだ。自室すら例外ではなく、篭ればお付きの女官が様子を伺いに来る。
例え見透かされていたとしても、泣いているところを見られるのはいやだった。プリンセスとしての自負というよりも、それはこの国に生まれた者としての自負だった。
そういう点では、目の前の男はまだましだ。どうやらギルカタールの者ではないようだし、こちらの身分も知った風ではない。
醜態を晒しても、王宮や国の人間に比べればまだ我慢できると思った。

「……しっかりしてますね、そんな小さいのに。もしかしてあんたっていいとこのお嬢様?」
「あんたには関係ないわ」
「そうっすね。俺には関係ないことです。でも、プリンセス」

どき、と心臓が弾む。
まさかこいつ、知っている?知っていてわたしの跡をつけてきた?
手の中の暗器が重さを増した気がしたが、それは杞憂だった。

「あんたのような可愛らしい姫君に、涙は似合わないっすよ。気が済んだら笑ってください」
「……………」

からかうような軽い口調で、男がへらりと笑った。
彼もまさか、わたしが本当に王の娘だとは思わないのだろう。だが、しかし。
サムイ。
この国の人間ならば、どんなに小さい子に対してもこんなことは言わない。なんだこいつは。童話か小説の読み過ぎじゃないのか?
そんな寒気立ったわたしの心情に気づきもせず、彼はただくり抜かれただけの窓に歩み寄ると、そこにあった古い木のベンチをハンカチで払った。

「泣くにしても、立ちっぱなしは疲れますよ、プリンセス。ともかくこちらへどうぞ」
「……ありがと」

少しぎこちなくハンカチの上に座ると、その男も隣へ腰掛ける。

「それでですね。俺はこの国の者じゃありません。昨日ギルカタールに着いたばっかりで」
「それはわかるわ。浮いてるとまではいわないけど、雰囲気がちがうもの。旅行者?」
「相棒がこの国の出身なんです。でもそいつ、俺を放って実家に帰っちまいまして。全くひどい話だと思いません?
 宿代もねえもんだから、少しばかりここで寝泊りさせてもらってたんです。あんたのもんとは知らずに失礼しました」
「誰のものでも、勝手に入ったらだめでしょう」
「だあって、こんな荒れた家に人が来るとは思わないじゃないっすか。それに、一日二日の予定でしたし」
「その先はどうするの?また旅に出るの?」
「いえ。半日あれば宿代くらい楽勝で作れますよ。ちょっと調子に乗りすぎて、一ヵ所で出禁食らっちゃいましたけど」

てへっと照れたように笑う男に、醒めた視線を突き刺す。
どうやって稼いだか知らないが、おそらくまともな方法ではないだろう。そもそもこの国にはまともな方法の方が少ない。
どうでもいいことだったので聞き返さずにいると、男はくるりと目を向けてわたしを見た。

「それで?」
「?」
「それで、あんたは?なんで泣いてるんですか」
「……べつに……たいしたことじゃないわ」
「別にっつーことはないでしょう。そんな顔をして」
「わたし、そんなにひどい顔してる?」
「ええ、この世の終わりみたいな顔をしてます。あれっすね、察するに甘く切ない恋の悩みっすね!?」
「……………」

がくり、と体から力が抜けた。
この男は、どうしてこうも乙女チックなのだろう。少なくとも自分より5つ6つは年上に見えるし、とてもこんな夢を見るような歳ではないはずなのに。もしかしたら脳が沸いているのかもしれない。

「……お願いだから、そういう言い方はやめて……」
「えー、なんでですか!プリンセスの恋に障害は付き物っすよ!悪い大臣とか魔法使いに邪魔されてるんですよね!?」
「邪魔されてない。ていうか、恋とかじゃないから」

そう、恋ではない。あいつを好きなわけじゃない。
わたしたちは幼なじみで友達で、仲間だった。みんな平等に仲間だったわけではなく、いつも一歩遅れていたのは自分だったけれど。
でもそれでも、三人のうち誰がこうなっても、残った二人は同じように力になりたいと思ったはず。
恋ではない。ただ、無視されるのが哀しいだけ。突き放されるのが辛いだけだ。
『おまえの助けなんか必要ない、邪魔だ』と真正面から言われるのが、痛いだけ。

「………ぅ」

また、体の奥から熱いものが溢れてきて、小さな嗚咽が抑えられなかった。
少しでも言葉が話せれば、出て行けと言えたのに。一瞬そう思ったけれど、次の瞬間にはどうでもよくなった。
どうせもう、泣いているのは見られているのだ。こんな下町のボロ家に勝手に住み着くような奴には、今後王宮で会う心配もないだろう。
そこまで判断してから、わたしは涙腺を思いっきり緩めた。

泣けるだけ泣いて、二時間後には戻らないと捜されてしまう。そんな冷めた判断を、頭の隅で疼かせながら。

 

◇     ◇     ◇

 

「……落ち着きました?」

どのくらい時間が過ぎただろう。
涸れるくらい水分を流して、変に癖がついた横隔膜に難儀していると、ふと隣から忘れていた声がかけられた。
同時に、柔らかいハンカチが差し出される。
この男は何枚ハンカチを持っているんだと思いつつ受け取ると、彼はするりと立ち上がって部屋の隅にあるテーブルに向かった。

「あったかいものを飲むと、しゃっくりも止まりますよ。ちょっと待ってください、今お湯を沸かしますから」
「……そんなものまで持ちこんでるの?」
「どんな場所にいても、ティータイムは素敵でしょ。まあ、茶葉やカップは粗末なもんですけどね」
「てぃーたいむ……」

相変わらず不思議な物言いをする彼の姿を、改めてじっと見る。
どう好意的に見ても胡散臭い。妙にきちんと整えられたきれいな金髪、なのに趣味の悪い腕輪をしていたりスーツを着崩していたり、一貫性がない。本物かどうかわからないが、手首には高級なことで知られるブランドの時計が嵌っていた。
或いはあちこちから盗んだものなのだろうか、と思いながら、お茶の用意をしている彼の所作を油断なく観察する。
毒や睡眠薬を入れられてはたまらない。殺すならそのチャンスは十分にあったはずだが、理性が戻れば警戒を怠るわけにはいかなかった。
手渡されたカップを、念のため適当な理由をつけて交換させてから、口をつける。
確かにそれは上等なものではなかったが、水気の抜けた体に暖かいお茶は嬉しかった。

「もう、帰らなきゃ」
「え……」

一気にカップを空にして、わたしは礼を言ってそれを返した。
彼の顔があからさまに落胆するものだから、思わず噴出してしまう。本当に、この男は自分などよりもよっぽど子供みたいだ。

「心配しなくても、しばらくならこの家にいていいわ。そのかわり、ここで見たことは誰にも喋らないって約束して」
「……この身に代えてもお約束します、プリンセス」
「よろしい。じゃあね、さよなら」
「あ、待って!あの、あんたの名前、教えてくれないですか?」
「名前?……いやよ」

いくら顔が知られていなくても、名前を聞けば王女であることがばれてしまう。
王女がスラムの荒れ家で泣いていたなんて噂にでもなったら、格好悪いことこの上ない。

「ここはわたしの家なんだから、不法侵入者に名前を教える義理はないわ」
「それはそうっすけど……これっきりってのも、寂しいじゃないですか。なんかこれ、運命の出逢いみたいなのに」
「……………」

テレテレと頭を掻く男に、思わず目を剥く。
まだ少女と言えるような歳の女に、何を言っているんだ、こいつは。ロリコンなのだろうか。

「そうね。……あなたの名前なら聞いてあげてもいい」

目を掛けるつもりではないが、もし今の出来事を周りにばらすようなら手を打たねばならない。
そんな理由で訊ねたわたしに、彼はぱっと笑みを浮かべると、気取った仕草で胸に手を当てて身を伏せた。

「ロベルト・クロムウェルと申します、プリンセス。いつかまた出逢う日まで、どうぞお見知りおきを」



数ヵ月後、新しい家庭教師の友人として訪ねてきた彼がわたしを見たときの反応は、それはそれは楽しい見世物だった。

 

END.

 

 

 

 

妹のちびプリ見たら、ロベルトでもちびプリが見たくなったらしくパクりました>夢監督が
こうも連日アラロスの創作夢だと楽しいのかなんなのか。まあ楽しいんですけどw

私的イメージでは、この頃プリンセス12歳。幼なじみが崩壊した直後。
スチュ事件→それに伴いタイロン離脱→幼なじみ崩壊→ライルが帰国して家庭教師に(おそらく王・王妃も見かねたんだろう)→ロベルトもギルカタール入国、てかんじかな。
そんでプリンセスは14歳くらいの時に「もう子供じゃないんだから!」って旅の男と付き合って、ライルにぶち壊され今に至る。今18〜19歳くらいのイメージです。

しかしプリンセスの初体験はその男だったんだろうか。どう考えてもそうだよね。ゲーム中でも経験あるって言ってたし……あれで攻略キャラと初体験だったらそれはそれで怖いし。
うわーあちこちから刺客が来るぞwめっさやばいw
でも、カーティスのとこの暗殺者でも殺せないなら、マイセンみたいな人間だったんじゃないのかなー。殺しても死ななさそうな。