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  咲き誇れ愛しさよ 2 

絶対に嫌だ。
どうしても、他の何がどうなろうとそれだけは駄目だ。
片膝を着いた板の床から、紅蓮の炎が音を立て自分を包んだ様な気がした。
この感情が何なのか、どうしてそう思うのか、を考える前に。
例え神子が望んだとしても、黙っている事など……出来なかった。

「なりませんっっ!神子殿は何を考えておいでですか!!!」

刀に掛けた手を僅かに引き、重心を置いた片膝を沈ませる。
反射的ではあるがそれは明らかな戦闘態勢。
剣技に長けた者でないと分からない微妙な動きを見た瞬間、友雅の右手も同様の反応を返す。
その時に、解ってしまった。
自分が護りたいのは。
絶対渡したくないのは。
命を賭けても傍に居たいと願うのは…『龍神の神子』では無い、と。

「……え……あの……ごめんなさ…い…」

きつい視線と雰囲気を気に掛ける事も出来ず、次第に少女が俯いていくのにも気が付かなくて。
怯えたような驚いたような藤姫の瞳と、咎めるような友雅の目と、まともに見合う。
やがて小さな嗚咽が聞こえ始めて、はっと我に返った。

「…ねや…って………分からな…く…てっ……喧嘩しないで、下さい…ごめんなさっ…」
「………え?」

まさか………。
最悪の事態が頭をよぎる。

「………神子殿…その……閨が何かは…?」
「…行ってはいけない…場所…なんですよ、ね……知らなく…って…」

殺気が消えたのを見取り、友雅が息を吐いた。

「……頼久…確かに私の悪ふざけが過ぎたのは認めるが、女性にそういう態度はないだろう?」
「そうですわ、急に大きな声を出して…びっくりするじゃありませんか。」

向けられる二つ分の抗議よりも痛い、床に落ちる雫。
何とか口を開けても、言うべき言葉が見つからない。

「……私はこれで失礼するよ。明日までに神子の笑顔が戻っていなかったら一条の河原に真剣を持って来るんだね。」
「頼久、見損ないましたわよ。…責任持ってお慰めしなさい」

さわさわと衣擦れの音をさせて二人が出て行くのを呆然と見る。
ぽつぽつ、と床から聞こえる音は止まらない。

「神子…殿……」

嗚咽しか返って来ない。

「申し訳ありません、神子殿…私の勘違いなのです。…どうか……」

爪が食い込む程拳を握っても、鉄の味がする程唇を噛んでも、こちらを向いてくれない。
命を賭けてもいいさえと思っていても、いきなり怒鳴っては嫌われるに決まっている。
何故もう少し冷静に問わなかったのか頭をよぎるのは後悔ばかりで何の解決策も浮かばない。
解ける誤解なら解いて、許してくれるまで謝りたいのに…どうすれば話せる状態になるのか?
彼女の傍にしか、自分の未来はあり得ないというのに。

「…………っっ………殿っ…」
「……………」

固まっていた彼が思いついたように一縷の望みをかけて小さく呟く。
風の音にさえ紛れそうな声に、泣き濡れた瞳がふと、上げられた。
その吸い込まれそうな色を見て。
言葉が、考えるより先に出てしまった。

「私は……貴女が他の男に触れられるのは、我慢ならないのですっ…」
「………え…?」
「私は……私は、……殿の事を…何よりも大切に思います……謝りますから、どうか…泣かないで下さい……」
「…えっ……と……」
「………殿は、私の事を嫌ってしまわれましたか…?」

ぶんぶんと首を振って少女の顔がみるみる染まった。

「あ、の……いつも護って下さるし………誰よりも頼もしく思っています…でも……」
「…でも…何でしょうか?出来ることなら何でも…」
「………それは…わたしが龍神の神子だから……では…?」

少しの安堵と新たな疑問との狭間でしばし葛藤する。
少女が不安に揺らめいている様に見えるのは欲目だろうか。
今、自分が伝えたい事。
それを言っても良いのだろうか?
言っても今までのように傍に居る事が出来るのだろうか?

「頼久さん……」

瞳に新たな雫。
普段なら誰であろうと許さないけれど、今流されている涙は自分のせい。
自分が不甲斐ないせいだとそう思いたい。

「………………っ…の…事を…愛しているのです、誰にも渡したくないのです!どうか私以外の男に触れさせないでください!」

八葉という名誉をかなぐり捨ててもいい。
仕事や役目でなくても、彼女は自分が護りたい女性。
もし、駄目でも……彼女の為に生きる事だけは揺るがないから。

「……本当に……わたし……でいいんですか…?」

覚悟を決めた自分に降ってきた言葉は、鈴のように静かに響いた。

「わたし…頼久さんと並んでも…おかしくないですか…?」

消え入るような声色。
一緒に少女も消えてしまいそうな気がして。
それを聞いた途端に、少女を腕に閉じこめてしまった。

「私は…逃げていました。恐れ多い事だと、自分に言い聞かせて。けれど…けれど、どうしても貴女を龍神の神子とだけ見ることに耐えられなくなりました。」

胸に預けられる重みと暖かさを感じて、息を吐く。

「…………どうか…貴女の名を…私だけのものにしてくださいませんか?」

確かにこっくりと頷いた、少女から柔らかに匂う梅花。
胸に深く刻まれる、幸せな香り。
もっと早く気付けていれば、と歯痒く思いながらも目を閉じた。



「やれやれ……藤姫の頼み事のおかげで危うく斬られるところだった。」
「それは友雅殿が言い過ぎたからでございましょう?普段の言動が知れますわ。」
「はは、まぁ上手くいったようだし、終わり良ければ何とやら……という事で約束の報酬をしっかり頼んだよ?」
「自分でお書きになれば宜しいのに…」
「君の文の方が受けが良くてね…私の筆は五年後の君の為に取っておく事にするよ。」
「結構ですわ、私は浮気で調子のいい男性に引っかかる程世間知らずではありませんの。」
「…本当に手厳しいねぇ、諦めがつかないじゃないか。」
「どうぞ、御勝手に。」

髪に伸ばした手をぱちんと払い、何事も無かったかのように自室に戻る小さな影を見送って。
昨日届けられた文を懐から出し、惜しむように眺めて呟いた。

「やはり…女性からの文には花がないと寂しいね。」

FIN.

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