ぐ、と膝を抱え上げると、しどけなく横たわっていた彼女がびくりと跳ねた。
先程から挿入されたまま追い上げられ続けている身体は、かたかたと震えて限界を告げている。
潤んだ瞳がこちらを見上げる。桜色に染まった肌に、汗が滴っていく。
粘った音を立てて一度突き上げただけで、彼女はきゅっと彼の肩を掴んで、小さく首を振った。
「……も、ゆ、…ゆる…し…っ」
かすれた声で哀願されると、妙な気分になる。
今、目の前の女を征服しているのは自分なのに、涙ながらに乞われているはずなのに。
むしろ自分の方が囚われているようなこの瞳に縫い留められているような。
どこか落ち着かない気分になる。
「俺が……欲しいか?」
「……っ、んん…っ」
問う言葉に、返されるのは羞恥の表情。
「や、……あぁっ!」
急かすようにもう一度腰を打ちつけると、少女は堪えきれなくなったように彼の首にしがみつき、その耳元で小さく答えた。
クッ、と楽しそうな笑みを浮かべて、知盛は彼女の首筋に噛みつくようなキスを落とした。
「いい返事だ」
◇ ◇ ◇
「……この傷はどうした?」
さむい、と文句を言いながら猫のように丸まってすり寄ってきた彼女に、ふと問う。
右の肩口から胸の上まで、ざっくりと一直線につけられた刀傷。戦場に舞う神子たる彼女であれば時には傷も受けるだろうが、それにしてもそれは見惚れるような傷痕だった。
「おまえほどの者にこのような深手を負わせるとは、かなりの達人……だな」
「え?」
「迷いのない、良く見切った剣だ。おまえと有川の他に、このような剣技を持った者がいるのか」
「……………。」
珍しく感心したような彼をしばらくまじまじと見返した後、彼女は弾けたように笑い出した。
「……なんだ」
不機嫌そうに眉目を寄せた彼に、懸命に息を整えて言う。
「ご、ごめん。そうだよね、わかんないよね。こういうのも自画自賛って言うのかな」
「……?」
「ううん、なんでもない。この傷はね、今まで出逢った中で一番の強敵につけられたんだ」
「ほう……」
まだ少し不可解そうにしながら、知盛はすっと傷痕を指でなぞった。
「……平家の者か?」
「ん、うん。そうだよ」
「今の平家に、おまえに対向できる者がいるとは思えんが……」
「変?」
「そうだな……おまえらしくはない、な。油断でもしていたか」
「そうかもね。その人、ものすごく面倒くさい人でね」
「……面倒?」
「周りのこととか、わたしのこととか、なんにも考えない人だったんだ。馬鹿みたいにひとつのことしか見えてなくて」
遙か遠い昔を思い出すような顔をして、そっと目を伏せる。
それをしばらく黙って見つめてから、知盛は囁くような声音で尋ねた。
「そいつは……どうした?」
ほんの一瞬だけ、俯いた彼女の瞳が揺れた気がした。
「斬ったよ」
しかし、顔を上げてそう答えた彼女の声にも瞳にも、迷いはなく。
「私が斬った。この剣で」
だからこそ、その相手を守りたかったのだということが、言葉に依らず理解できた。
「できれば生きててほしかったんだけどね。それがあの人のたったひとつの望みだったから」
「だから、斬ったのか?……随分と殊勝なことだな。おまえは常に自分の望みを貫く強かな女だと思っていたが……
それほどまでにそいつを好いていたのか」
声に少しだけ面白くなさそうな響きが混じったので、彼女はまたくすくすと笑った。
「仕方ないよ、あの人の望みは私の上にはなかったから。……知盛は違うでしょう?」
「俺が?」
訝しげに問い返すと、彼女のすべらかな視線が淀みなくこちらを見た。
もう、過去を思い返す色はどこにもなかった。
「あなたは死に急いではいない。生に執着はしてないけれど、少なくとも死ぬことが唯一の道だと思ってはいない。
だから私は選んだの、このあなたを。私が望みを貫くのはあなただけ」
「……………。」
「だから、あなたには容赦しないよ。龍神の加護も神子の神力も全部、ほしいならあげる。
その代わり、私の許可がなければ死ねないように」
挑むような瞳がきらりと光って、言霊の神気が立ち昇るように彼女を包んだ。
「あなたに呪いをかけるから」
裸の胸にぴたりと当てられた指が、熱をもって心臓を射抜く。
甘い痛みを味わいながら、知盛は唇に笑みを浮かべた。
相手を呪縛しているのはどちらか。執着しているのは、どちらの方か。
その答えが自分に必要だろうか?
知盛は胸元に置かれた手を掴むと、笑んだまま指先に口づけた。
「余計なものは要らん。おまえの頭と体が在ればそれでいい」
END. |