「……朝、か」
微かに聞こえ始める鳥の声に、知盛はうっすらと目を開けた。
久々に感じる朝靄の白い光を眺め、継いで傍らを見下す。
彼の隣には、くうくうと軽い寝息を立てて気持ちよさそうに眠る源氏の神子の姿。
「何か意図があるかと思ったが……」
この寝顔から言って、とてもそうとは思えなかった。
自分ほどではないが十分眠りに貪欲らしい神子殿は、昨夜から一度も目覚めていない。乱暴された体を風呂で癒した後、懲りもせずここに戻ってきたことにも驚いたが、問答無用で床に潜り込んできたのにはもっと驚いた。
この馴れ馴れしい振る舞いは或いは策かと、戦乱の世の将である彼が考えたのはむしろ当然と言えたのだが。
「……分からんな」
そんな疑いをものともせず、神子は知盛の傍で安心しきって眠っている。
敵の前でこんなことをするのが策ならば、随分勇敢だと誉めるべきかもしれないが、呑気に涎を垂らしている顔を見ると一晩中それを眺めていたのが馬鹿らしくなってきた。
彼は寄せていた眉を戻し、小さく笑った。
「……まあ、退屈はしなかったが」
ククッと声を漏らし、彼女の口元に零れた唾液を舐め取ると、ふと寝息が止んだ。
構わずに唇を塞ぐ。しどけなく流れた髪を除け、手首を戒める。
「…ん、ぅっ」
がり、と舌先に咬みつくと、かすかに呻いた彼女がゆっくりと瞳を開けた。
「……と…も……?」
まだ寝惚けているらしい神子は不明瞭な言葉を呟き、ぼーっと至近距離の瞳を見つめている。
その隙に、知盛は手早く夜着の合わせを寛げ、指を這わせた。
「……ぅん…?ふあ、ぁっ」
少し触れただけで、昨夜は聞けなかった甘い喘ぎが洩れるのを聞いて、我知らず笑みが浮かぶ。
そのまま帯を解き、彼は眩い光の中に彼女の裸体を晒した。
「良い声で啼くじゃないか…?もっと、聞かせろよ」
「やあっ……あ、ん、…ああぁっ」
力の入らない腕がぽすぽすと彼の腕を叩くうちにも、あちこちに唇の痕がついていく。
昨夜つけた痣が薄くなっているのを見て、血が滲むほど吸い上げると、彼女の身体がびくりと跳ねた。
その時。
「……おーい。知盛、ー?」
「!!!」
部屋の外からよく知った声が聞こえてきて、とたんに彼女の瞳がバチッと開いた。
それを残念そうに見た知盛が、面倒くさげに応えようとするのを、かろうじて抑え込む。
両手で彼の口を塞いだまま、彼女は慌てて上体を起こした。
「……あ、あの、将臣くんっっ」
「お、ここにいたか」
「う、うん、あの、ちょっと、こっち来ないでね!?」
「なんだよ、まだ寝てたのか?ったく、こっちは徹夜だったんだぞー」
「そそそそうなんだ?大変だったね、ご苦労さま!」
「おー。それはそうと、知盛知らねーか?」
「えっ?!」
「あっちの部屋にもいないんだよ。どっか出かけるとか、そういう話聞いたか?」
「き、聞いてはない、けど」
几帳の向こうから問う言葉にあたふたと答えると、将臣はやれやれとため息をついた。
「まぁたどっかに消えやがったか。あいつにも困ったもんだ、少しは俺の身にもなれってんだよ」
「……………。」
(知盛!お願いだから黙ってて!)
知盛が不満そうな顔で何か言いかけるのを、小声で諌めながら必死で止める。
静かな攻防を繰り広げた後、知盛は何かを思いついた顔をして、瞳だけで分かるような笑みを浮かべた。
「……!」
彼女が不穏な空気を感じるのと同時に、口を押さえていた掌の内側を濡れた感触が滑った。
気づいてみると、自分は身体に何も纏っていない状態で手が使えず、彼の方は両手が空いているという最悪の事態。
神子はすうっと青ざめた。
(や、やめて、知盛!)
「……………」
(やだ、待って!こら、待てってば!)
いくら言っても、彼はにやにやと笑うだけで止めようとはしない。
胸の形を確かめるように丸くなぞられ、神子は思わず唇を噛みしめた。
そこから一間と離れていない縁側で、外の天気を見ていた将臣が、もう一度問いかける声が聞こえた。
「そういや、今日はどうする?」
「……う、うん?」
「知盛はいつ帰るか分からねえから、あいつ抜きで散策に出てもいいぜ」
「う、…っん」
「けど、俺もゆうべは寝てねえし、昼にまた使いが来るから……出掛けるなら昼飯食った後くらいがいいけどな」
「……ん、……っ!」
「?」
潤んだ喘ぎが漏れるのを懸命にこらえながら返す返事に、将臣が不思議そうな声を出した。
「どうした?なんか声、おかしくねーか?」
「そ、そう、かな?」
(待って!おねがいだから、まってってば〜!)
文句が言えないのを良いことに好き勝手動き回る指を制しながら、彼女は泣きそうな顔で懇願する。
それを楽しそうに見つつ、知盛は尚もそのへんを撫で回す。
「風邪でもひいたのか?おまえ、暑けりゃすぐ布団を蹴り出すからな」
「ううん、だ、大丈夫だよ?」
「無理すんなって。ここんとこずっと遠出してたし、今日は一日休むか?俺もその方が助かるし」
「う……」
その言葉を聞いた途端、彼の指がつい、と脇腹をなぞって。
意味ありげな瞳が細まり、それはゆっくりと降りていく。
ぞくぞくと背筋を這い上る感覚に耐えながら、無言で語られる強制に首を振っていた神子は、やがてそれが足の付け根で止まるのを感じてきつく目を閉じた。
そこに触れられたら、どうやっても声を抑えることはできない。
「……う…ん。……休む……」
しばらくして、敗北感を感じながら小さく呟くと、将臣はそっか、と答えて几帳の陰から手を振った。
「じゃあ、俺はあっちの部屋で寝るぜ。何かあったら来いよ」
「……うん…ありがと……」
足音が遠ざかって消えるのを確かめてから、神子は無言で剣を取り上げて、おかしそうに笑う彼の頭を思いきり殴りつけたのだった。
END. |