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    ひとりじめ    

 

帰路を急いでいたのは確かだった。
内心で困っていたのも、確かだった。
けれど。


「そんなに迷惑そうな顔しなくてもいいだろ」
「……え?」

さっきまで、軽い調子で『前から可愛いと思ってた』だの『付き合わないか』だの言っていた目の前の男子生徒が、いきなり態度を翻したことに、少女は驚きを隠せなかった。
不機嫌そうに眉根を寄せた彼は、ふんと鼻を鳴らして続けた。

「大体、知らない奴とは付き合えないって、何様のつもり?
 まだ彼氏がいるっていう方がマシな言い方じゃねえ?気分わりー」
「……っ」

自分はそんなにも迷惑そうな顔をしてしまっただろうか。
思い返してみたけれども、そうは思えない。ただ、断る理由にいちいち彼が反論してくるので、それを改めて断っていたら長くなってしまって。
話すうち、どんどん彼の機嫌が悪くなっていったのはよく分かった。

「えっと……あの」

なんでそんなことを言われなきゃならないの、と言いたいのをぐっと堪えて、言葉を探す。

思ったことをすぐに口に出せばどういうことになるかは、あの世界で身をもって学んだ。
思っていても口に出してはいけない状況も、幾度も経験した。
それらを破ることは、時に手痛い反動となって彼女の想いや大切なものを奪っていったから、彼女が外見年齢にそぐわない聡明さを身につけているのは当然といえたかもしれない。

けれど、目の前の男子生徒にとっては、彼女の理性的な反応はむしろ苛立ちを増幅するばかりだったらしい。
チッと舌打ちの音がしたかと思うと、少女の制服の胸元が強く掴まれた。バカにしてんじゃねえよ、という低い声が脅すように耳を掠める。

ほんの一ヶ月前までは日常だったそんな状況に、少女の体は反射的に動いた。
いつでも抗えられるよう足を踏みしめ、相手の利き手を警戒しながら、気圧されることなく至近の目を見返す。
強い眼光に彼が怯むのと、無意識に腰元で剣を探った彼女が苦笑するのとが、同時だった。
その時。


私の神子に触るな!」


どん、と音がするほどの衝撃が二人の間に割って入り、男をよろめかせた。
少しだけ驚いて、自分を守るように立ちはだかった彼に視線を向ける。

「白龍?」

名を呼んでも、背中を向けたまま答えない。こちらからは顔は見えないが、おそらく苛烈な怒りを露わにしているのだろう。
その体から神気の名残が立ち昇り、それが見えるはずもない男子生徒は、おびえたように後ずさった。

「わたしの、みこに、てをふれるな」

万物に命令するような口調で言い、彼は穢れを払うように手刀を切った。
少女はもう一度、苦笑した。

「……白龍。もう、神子じゃないでしょ?」

そっと肩に両手を置く。振り向いた彼に笑いかけると、とたんに透明な喜びがその表情を満たした。
膝を落とし、視線の高さを合わせる。手を伸ばしてくる小柄な体を抱き留める。
琥珀色の瞳を覗き込んだとき、その中に微笑む自分が映ってみえた。

「そうだね、あなたはもう神子ではない。神子である必要はない。
 神子でなくても、あなたは私の、たいせつなただ一人のひと」

ちゅ、と音を立てて口づけられた頬が、少しだけ熱くなるのが分かった。
それを誤魔化すように立ち上がると、少女は彼に手を取られたまま、呆然と事態を見守る男子生徒に向き直った。

「ごめんね。私、好きな人がいるから、あなたとはつきあえない」
「みこー、早く帰ろう。今日は一緒に『えいがかん』に行くんでしょう」
「そうだね、早く行かないと遅れちゃうね。じゃあ帰ろっか」
「うん!」

バイバイ、と手を振る少女と、もはや自分に全く関心を示さない少年が見えなくなるまで見送ってから。
彼は、気づかずに詰めていた息を吐き出しながら、その場にへたりこんだ。

 

END.

 

 

 

 

白龍は人になったら独占欲がでてくると思います。
龍の時は、「神子が好きな人ならわたしもすき」ってイメージなんですが、人になったら「わたしがいちばんみこをすき」ってイメージに。
ちびが当然のように神子を守ろうとするのってものすごく可愛い。なでまわしたい。映画館でも「暗いからあしもとに気をつけて」って手を引かれると思います。