君が眠るまで 2 |
彼に連れてきてもらったその庵は、夏の始めには鈴虫の声に溢れて賑やかささえ感じた。 彼が来ない事は分かっているのだ。 「待ってるって約束したのに、こんな所まで来て……わたしって馬鹿だ…」 膝を抱いてそう呟いた時だった。 「………まさか…三優か…?」 闇の中から聞こえた声に、彼女は我を忘れ雪に飛び降りた。 「こんな所で何をやってるんだ!!」 駆け出した足が凍り付いたように止まる。 「まさかと思って来てみればっっ……夜盗でも出たらどうするつもりだったんだ!?供も付けずこんな寂しい所に、一人で!!」 余りの憤りに、彼女は為す術なく身体を縮め、立ちすくんだ。 「……ごめ…んなさ………近くにっ…居たかった…の…」 そのちいさな声が、ふと空気の緊張を解き、続けて泣き声が響く。 「…ごめんなさい……っっ…逢いたかった…の………ごめんな…さ…っっ…」 手に顔を伏して泣く彼女に、友雅が近寄る。 「三優…………無事で、良かった……」 しっかりと胸に抱き込まれ、初めて聞く余裕のない友雅の声に、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれる。 「こんな…酷い事を言うつもりじゃなかったんだ。けれどここに灯りが点いているのを見て…もし君が居て襲われた後だったらと考えてしまったものだから……もしも、君がいなくなったら私は…私は……」 存在を確かめるように込められる力に、息苦しさと申し訳無さと、同時に訪れる幸せ。
しばらく後、友雅が驚いたように彼女を抱え上げる。 「裸足じゃないか!…こんな薄着で…まったく君って娘はなんて無茶をするんだ。」 急いで家に入り彼女を抱いたまま囲炉裏を見下ろして溜息を吐いた。 「薪もくべずに…炭なんか燃やしてもここではちっとも暖かくならないだろう?いつからここにこうしていたんだ?風邪を引くじゃないか。」 ぶつぶつ言いながら土間に積み上げられた薪の前で彼女を抱いたまま立ち止まる。 「三優、すまないがそれを取ってくれないか?」 そう言った彼女に、友雅が拗ねたように首を振った。 「…嫌だ。せっかくこうして、やっと逢えたのに。私は君がいないと眠れないと言っただろう?一ヶ月ろくに寝てない私に、それでも君は離れろと?」 有無を言わせないその一言に、彼女が諦めたように薪を抱えると友雅が幸せそうに笑って、囲炉裏端に引き返した。 「何を笑ってるんですかっ、手際が悪いとか言ったら承知しませんよ。友雅さんが離してくれないからなんですからね!」 不思議そうに首を傾げる彼女に、教えてあげようか、と優しい微笑みを浮かべる友雅。 「けれど、これは教えられたらその人の北の方にならなければいけない習わしでねぇ…」 素っ気なくそう言われて、彼女は悔しそうに頬を膨らませた。 「北の方になるって、イヤな事ですか?」 その質問に、彼が呆気に取られてやがてくっくっと笑い出した。 「また笑ってる!だって、しょうがないでしょうっ!」 睨む彼女に、何とか笑いを治めた友雅がよしよしと髪を撫でる。 「そ、そうだね。…私は北の方にはなれないよ。ただ、君が私の北の方になってくれたら嬉しいけれど。」 真っ直ぐ自分を見上げる無邪気な瞳に、一瞬言葉に詰まった友雅が溜息を吐いて微笑んだ。 「……いや、やはりやめておくよ。知らないのをいい事に約束させても仕方ないしね。…私もヤキが回ったねぇ……」 ずるい、ずるいと騒ぐ彼女を何とかなだめ、友雅が彼女の耳元で囁く。 「私が、三優に北の方になって欲しいと思っている事だけ憶えておいてくれればそれでいいよ…」 そう言って頬に口づけて、彼女を抱いたままあっと言う間に眠りに落ちていった。
元旦の朝遅く屋敷に戻った彼女は、心配していた藤姫に叱られながらも緩んでくる頬を抑えられず辟易していた。 「私、本当に心配しましたのよ!市から戻るなり日の出を見るって早々にお休みになって夜明け前に起こしに行ったら、書き置き一つ残して居ないんですもの!供も付けずに暗い内から出歩くなんて危険すぎますわ!聞いているんですのっ、神子様!」 堪えてもこみ上げてくる笑いに、呆れたように藤姫が大きな溜息を吐いた。 「もう!私怒っていますのに…何かそんなに良い事があったんですか?」 FIN. |
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