「おーい、望美〜。もう朝だぞー、さっさと起きろー」
適当な節をつけて幼なじみを呼びながら、将臣は渡殿を歩いて彼女の部屋へ向かっていた。
賄い所から失敬してきた総菜をくわえつつ、ためらいもなく襖を開ける。
「望美、起きろよー。おまえが起こせって言ったん……」
だろ、と言いかけて。
中の光景を見て、口を閉ざす。
一瞬悩んでから、すたすたと彼女の寝ているそばに行って、将臣は困ったように肩をすくめた。
「……こいつは全く、どういうつもりで……」
呟きながら、出るのはため息ばかり。
目の前で仲良く熟睡しているのは、彼女と自分の連れであるはずの男。
その真横にしゃがみ込んで膝に頬杖をつき、将臣はあきれ顔で煮染めの端を囓った。
「明日の朝は起こしてね、っつっときながらこれかよ……これで隠せてると思う方がおかしいんじゃねーか?」
『花嫁の父ってのはこういう心境かねえ』と年齢不相応な感想を思い浮かべ、彼女の鼻を指で弾くと、その眉がわずかにひそめられた。
構わずペチペチと額を叩く。やがて、ううう、と苦しそうな呻きが洩れて、眉間の皺が深くなった。
「うー…やだ、ねみゅいの……まさおみくーん……」
「……………」
情けない声がそう呟いた途端、額を叩く手がぴたりと止まって。
ほんの少し驚いた顔をした将臣は、次の瞬間、一気に破顔した。
くくく、と声を殺して笑いつつ、彼女の頬を思い切り引っ張る。
「望美。起きろって」
「……うー……ううううう、……まさおみ…くん…?」
「よ、おはようさん。今日は起こせっつったろ」
「………うん………」
「とっくに朝メシもできてんぞ。口開けてみ」
「あー…?」
素直に開けられた口の中に、将臣は残った半分の煮染めを放り込んだ。
もぐもぐと気怠げに口を動かした後、彼女の瞳がようやくうっすらと開く。
「……これ…なに?」
「朝メシのおかず。うめーだろ」
「うん……まさおみくんは……もうたべた、の?」
「だから起こしに来たんだろ。起きねえなら先に食うぞ」
「……じゃあ……おきるー……」
将臣の腕を掴んで、よろよろと身を起こす彼女をいつものように抱え上げて。
『結局こいつの面倒は俺が見るのかよ』と心中で呟くその表情は、決して満更でもなさそうに見えた。
END. |