「知盛って、噛むの好きだよね」
体のあちこちにつけられた痣や歯形を見ながら、神子は嫌そうに顔をしかめた。
特にひどい右肩の傷を手で擦ると、じわりと血が滲んでくる。
「肉食ってゆーかなんてゆーか……ほんと、ケダモノ」
今すぐ保健所に送りたい、と呟くと、汗で乱れた髪をかき回していた知盛が興味を惹かれたように振り向いた。
「ほけんじょ、……とはなんだ」
「私の世界で、あんたみたいな躾のできてないバカ犬をいれるとこよ」
はあ、とため息をついて夜着を羽織る。
もう時間も遅いけれど、宿の人間に頼めば湯殿の用意をしてくれるかもしれない。気温は高いのだから盥で行水でも別に構わない。いくつかの戦場を歴すると自然、そういうことにも慣れっこになってくる。
とにかくこの汗と血を早くなんとかしたくて、神子はそそくさと立ち上がった。
「お風呂はいってくる」
それだけ言い捨てて部屋を出ようとすると、間一髪のところで夜着の裾を掴まれた。
ずる、と衣が脱げかけて慌てた隙をつかれ、また床へ逆戻りさせられる。
「童でもあるまいに、そんな格好で外に出るものじゃない……」
「こら!いい加減にしなさい、知盛!」
「……甘い血の臭いがする、な」
怒りの言葉などどこ吹く風で自分を組み敷く彼に、神子はむっとして眉を顰めた。
「あんたが見境なしに噛みつくからでしょ、この駄犬!」
「これは酷い言われようだ……俺は常に神子殿の望むことをしているつもりだが」
「どこが?」
「こうして夜更けに訪ねてくるのは、情事を期待しておいでなのだろう?……それに」
胸元に唇を落とすと、彼女の身体がぴくりと反応した。
「おまえは、こうされるのが好き、なんだろう?」
「痛っ…!」
右肩の傷口に歯を立てられて、激痛に思わず悲鳴を上げる。
知盛は楽しそうに瞳を細めた。
「舐られるよりも、噛まれる方が悦いのだろう?主人の意を汲む忠実なる僕に、その仰りようは心外…だな」
「ひ、あぁっ…!」
声を堪える間も抵抗する暇もなく、長い指が体内にねじ込まれて、天井を擦り上げる。
無意識に彼女の腰が浮き、指が肩口に爪を立てた。
「あ、や、…っやだ、ぁっ…!」
「……嫌、か。おまえのそれは口癖……だな」
「ん、っあ、…そ、んな…こと…っ」
「クッ……嫌がる振りをしても、すぐにこうなるくせに、か?」
「あっっ!」
卑猥な音を立てていた指を引き抜くと、掌まであふれた露がぽたぽたと音を立てて滴り、床に染みを作った。
それを彼女の目の前まで持って行き、荒く息をしている唇に塗りつける。
「う、…んんっ」
ふるふると震えながら恥辱に耐える瞳が背けて閉じられ、途端に彼をかすかな焦燥が襲った。
そんな自分を、少しだけ嘲笑するように。
「濡れぬ先こそ…露をも厭え、…か」
「……?」
小さく呟かれた言葉にふと見上げると、知盛は彼女の唇を味わうように舐め、いつもの笑みを浮かべた。
「さあ、欲しければ強請ってみろよ。おまえの忠実な僕は、仰せの通りにしてやるぜ……?」
「……!」
かあっと一気に頬を染めて、神子は自然とにじむ涙を振り切りながら、恨みがましい視線を彼に投げた。
「この…狂犬っ…!」
「光栄だ」
クク、と彼が喉を鳴らしたあとに響くのは荒い息遣いと濡れた音だけ。
それは、夜が更けて彼ら以外起きているものがいなくなっても尚、続いていた。
END. |