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「恋愛小説が書きたいあなたに10のお題」
04. 恋占い(九郎×神子)

 

 

かたん、と高く通る音がした。

それは注意を喚起されるほど大きな音ではなかったが、九郎は没頭していた思索からふと呼び覚まされ、顔を上げた。
兄の名代として、処理しなければならない書状はいくらでもある。剣にばかり執心するわけにはいかない、と自らに課した仕事だったが、それにしてももう長い時間が過ぎたようだ。
休憩するのに良いきっかけだと思い、彼はきちんと文箱に書状を片づけて部屋を出た。


少し歩くと、庭の中ほどにある池のところで、神子が庭石に座り込んで一生懸命なにかしているのが見えた。
稽古の後なのだろう、隣の石に彼女の剣が置かれていて、その下に鞘が落ちている。
先程の音は、それが跳ねた音だったのかもしれない。

(まったく、武具の手入れは基本中の基本だというのに)

心中で呟きながら縁側を降りて近づき、落ちている鞘を拾い上げる。
そのまま彼女の前に立ち、それで頭をコツンと叩いて初めて、神子は驚いたように顔を上げた。

「あ…、九郎さん」

何故か妙に狼狽えている彼女に、九郎は厳しい顔をした。

「こら、望美。鞘を地面に落として気づかないとは何事だ」
「え?あっ!」
「音が部屋まで聞こえたぞ。武具を疎かにするとは、武人の風上にも置けん」
「ご、ごめんなさい!ちょっと集中してて……」

彼女が本当に申し訳なさそうに頭を下げたので、彼は表情を緩めて笑い、彼女の手元を覗き込んだ。

「何をしていたんだ?」

見ると、二つの手桶に水が張ってあり、片方には茎がついたままの花、片方には花びらだけが入れてある。一体何をしているのか、彼には全く想像がつかない。
その顔色を読んで、神子は慌てて説明した。

「朔が持ってきてくれたんです。縁家でお花の剪定があったらしくて、もったいないからお風呂に入れようって」
「花を風呂に入れる?」

目を丸くした彼に、笑ってみせる。

「ええ、お花の種類によっていろいろ効能があるんですって。弁慶さんのお墨付きですよ」
「なるほど……菖蒲や柚子ならば聞いたことはあるが、それと同じなのだろうか」

心得顔でひとつ頷いてから、九郎は急に真面目な顔をした。

「……おまえにしては女らしいことをしているんだな」
「どういう意味ですか!」
「いや、他意はない。誉めたんだ」
「本当ですか〜?」
「まあ、追求はするな。それでずっと花を摘んでいたのか?鞘を落としても気づかないとは、よほど熱中していたんだな」
「え、あ…それは……」

何気なく言われた言葉に俯いて、神子は少しだけ頬を染めた。
鞘を点検し、そこに剣を収めている彼をちらりと見て逡巡した後、小さく言う。

「……あの、私の世界の占いなんです」
「占い?」
「はい。こうやって花びらを一枚ずつ取っていきながら念じて、結果を見るんです。
 私の世界では誰でも知ってることで、こんなに花があるのを見ると嬉しくて、つい」
「花で占いができるのか?すごいな、俺も寺にいるときに少し卦を学んだが、そんな方法は知らなかった」
「あ、あの……そんなたいしたものじゃなくてっ」

大いに感心した様子の九郎に、神子は慌てて言い繕う。
学術的な根拠があるものではなく、どちらかというと遊びのようなものだ、と説明すると、九郎の眉がつと顰められた。

「おまえの世界を悪く言う気はないが、占いとは本来神聖なものだ。いい加減な気持ちで扱っては後が怖いぞ」
「いい加減なんかじゃありません!」

むっとして、神子は彼を見上げて反駁した。

「そりゃ、ちゃんとした占いみたいに根拠とか理屈はないけど、でも、それを頼りにしてる人もいるんです。
 占いって、当たるか当たらないかじゃなくて、出た結果をどう努力に結びつけるかが大事なんじゃないですか?」
「それはまあ……そうだろうが」

いつもより余計にむきになっているその姿を、不思議そうに見て。
ふむ、ともう一度頷き、持っていた剣を桶の横に丁寧に横たえる。
立ち上がり様、明るい髪に絡まっている薄桃の花びらを見つけた九郎は、それを取って神子の手に置きながら目を細めた。

では、結果が出たら俺にも教えてくれ。おまえの努力を見せてもらうとしよう」

え、と目を見開いた彼女に花びらとぬくもりを残して、彼はゆっくりと歩み去っていった。



「……やだ、どうしよう。今やったらほんとに当たりそう……」

一人残された少女は赤い顔で呟いて、手桶の中の花に真剣な瞳を向けた。

 

END.

 

 

 

 

なんだかまだ九郎が掴めてなくてあれなのですが。
九郎はこういう天然に笑うとか天然に神子を魅了するところが好きです。あの口開けた笑顔が好きだ…!
あとせんせいに対する犬のような忠実さが好きだ!(笑)そんなにせんせい大好きでも、せんせいは神子のことしか考えてないんだよ。という可哀想さも(あれ、不幸属性?)
えー、最初は神子が恋占いだということを教えて、試しにやってみてるのを『試しとはどういう意味なんだ』『相手は誰なんだ』『結果はどうなるんだ』と後ろからハラハラしながら見ているというネタだったのですが、それじゃ天然なのは神子の方になってしまうので挫折しました。
まあ好き嫌いの占いは占いとも言えないので、神子が気軽にやっても問題はないのでしょうが。恋占いったらこれしか思いつかなかったよ!